◆書く/読む/喋る/考える◆

言葉の仕組みを暴きだす。ふるい言葉を葬り去り、あたらしい言葉を発見し、構成する。生涯の願いだ。

ソウルキッズ …13

2005-09-16 11:45:14 | 創作
 白い大地がつづいてる。家も樹木も起伏もない。草も生えてないし、石ころひとつない。風も吹いてこなかった。画像から色を抜いたみたいな白い広がり。重たい足を引きずって歩いた。空は暗黒で、ときどき銀白色の十文字が光る。稲妻だ、雷鳴は聞こえない。するどい光線をあびて、何層にも空をおおう黒い雲が見えた。閃光に雲の端がジュージューと焦げ、黒い煙をあげる。燃えるタイヤのような異臭がただよって、息をするたび鼻に入る。粘膜が焼け、そっと呼吸しても鼻の奥が痛くて痛くて、涙がポロポロでる。口や喉の粘膜も焼けただれた。息が苦しい。体がとても重たい。前に道はみえず、おれの足跡は数歩分だけ残っている。
 ここ、どこだろう? ポケットをまさぐってもGPS付き携帯電話が見つからなかった。落としちゃったか? チーズのかけらもガムもない。マックで買ったはずのポカリスエットもコークも、ポケットにはなかった。なんとか重い足を踏みだそうとする。汗がダラダラしたたって目の中にたまる。何度も何度も、汗と涙を手でぬぐった。T-シャツはぐっしょり濡れて上半身に貼りつき、歩くごとにキュッキュッと皮膚にこすれる。ジーンズも汗をたっぷりふくんで重たい。これも太ももに貼りついて、歩行のじゃまをした。ジーンズの色はすっかり黒っぽく変わった。裸足なのに、足の裏になにかを踏む感触がしない。でも、とにかく重たい足を引きずって歩いてる。歩こうとしてる。おれ以外に、だれもいない。
 ズッゴォォォォォォ―――nn……! 遠くに電磁砲が吼え、何回も暗黒の空に木霊した。1トンの高性能爆薬を弾頭に詰めたステルス・ミサイルがプログラミング軌道に沿って飛ぶ。地平線のかなた。細いオレンジ色の帯がポッと浮かんで消えた。あの帯の下でいま、おびただしい数の住民と兵士が蒸発した。耳鳴りがする。空音の多い微弱電波が飛びかっているんだ。かすかだが、耳の中で悲鳴がざわめいて反響した。だれかの叫び声もまじった。ヤキ尽クセ、自由ノタメ……といってるようだが、ひどい雑音がかぶってる。気温がさがった。ずぶ濡れのT-シャツとジーンズが冷たかった。着替えをさがそうとして両手をみた。牛革のバッグがない。持ってきたはずなのに。寒くて体が震えだした。あごも震えて、ガコガコと歯が鳴った。
 砂に赤い自転車が埋まっている。小さいな。子ども用だな。でもほんとは、発見したときからわかっていた――ずっと探していた自転車だ。プンナンロードで拾ってくると、スペードが直してくれた。中央公園で後ろを持ってくれて。倒れそうになってもバランスを取ってくれる。と、すっかり信じていた。遠くから声が聞こえた。
「おーい、どこまで行くんだよ!」
 いつの間にか手が離されて、一人で乗っていた。自転車に乗れる驚きと喜び。博士たちNGOの学校に行くまでは着るものもなかったし、いつも腹をすかせて食いものしか考えていなかったはず。なのに、大切にしたいものがあったってこと。ほんの少しだけ体温が戻ってきた。これに乗っていこうぜ。
 自転車を掘り起こそうと、手で砂をすくった。何回すくっても、砂は手からフワフワこぼれるだけだった。もう子ども用には乗れないんだ。あきらめるのはとても悲しかったけど、こんなところで会えただけで幸せなんだ。風もないのに、砂にうずもれていた後輪がカラカラまわった。また歩きだした。地面にポタポタ雫が落ちる。血液? 体のどっかが壊れて流れだしてるのか。寒さが増して、全身が震えた。眠りたかった。
「リョオ…! リョオ…!」だれかが呼ぶ。 《続》



  戻る; ソウルキッズ …1 …2 …3 …4 …5 …6 …7 …8 …9 …10 …11 …12

最新の画像もっと見る

コメントを投稿