◆書く/読む/喋る/考える◆

言葉の仕組みを暴きだす。ふるい言葉を葬り去り、あたらしい言葉を発見し、構成する。生涯の願いだ。

ソウルキッズ …3

2005-07-01 07:15:21 | 創作
 おれは背にした七階建て雑居ビルの裏にまわった。つみあげられたポリ袋を押しわけ立てかけられたエアコンを蹴りたおして非常階段にたどりついた。錆びたステップと手すりがきしんで揺れて黒猫が逃げだした。抜けたステップを飛びこえ、かけ上がった。チェーンで扉が閉鎖されている。カッターで切断して蹴りあける。鉄わくの錆がボロボロと落ちかかり、目のまえに屋上の闇がふるえた。
 死んだ樹林さながらビルをつらぬく鉄骨が突きだしてアンテナがところ狭しと立っている。テレビ受像機、旧式のビデオデッキが何台も捨てられ、フタのない洗濯機には黒いビニール袋がつっこまれている。手を伸ばせばチョンダー・マンションに届きそうだ。柵のない屋上の縁から下を覗く。クサビ形に落ちこむ空間の底に細く路地が見えた。バッグからガス銃をとりだす。
 携帯にミゲルを呼ぶ。
 ――配置についた。いつでもいいぞ。
 ――こっちもオッケー。ゴーッ!
 ひじを洗濯機に固定して斜め上方に銃をかまえた。
 ズコォォォ――nn…! 煙幕弾が白煙をひいて飛び、チョンダー・マンション十五階の一番左側のガラス窓をつき破った。
 小さな悲鳴。
 ドゴォォォ――mm…! 今度は催涙弾だ。銃にガスを補充した。
 窓から白煙が噴きだす。チョウのコレクションがパニックを引き起こす。あちこちから悲鳴がわき、住人が煙突状の階段をあわてて駆けくだる。口々に火事だ、戦争だと叫んでいる。各階は横には逃げられない。トンホアンの古い建物はみんなそうだ。階段とエレベーターがとおる煙突のまわりに各階の部屋がブドウの房のようにくっついている。高層住宅は、この房が何本か集まったような構造だ。日本の団地もほとんど同じだとミゲルはいった。
 八階下を覗く。マンション左側の出入り口から猫や犬が扇状に飛びだしてくる。ここからじゃ見えないけど、きっとゴキブリもネズミも一緒だ。そのうち白煙がふきだして人も飛びだした。たいていはパジャマ姿だが、きちんと服をきてボストンバッグをさげた外国人もいる。
 ミゲルから連絡。
 ――ここじゃない。つぎだ!
 左から二番目の煙突階段をねらう。
 ガラス窓を割って煙幕弾が飛びこむ。催涙弾にそのあとを追わせる。
 ミゲルから連絡。
 ――つぎだ、つぎ!
 狙撃の位置をかえた。皮製のバッグがかるくなってる。おれたちの明日もかるくなってる。突きでたブロックの陰から、五回目のトリガーをひく。足の裏から不安がよじのぼってくる。口に入れるまえに、自分のブタマンだと安心するのは間抜けな紳士だけだ。ヤツはここじゃなかったら? ここだとしても、ちょうどナンつきカレーを喰いに出かけたあとだったら? 
 六回目の狙撃。
 窓わくに催涙弾が跳ねかえされ、くるくる回って落ちていく。
 ミゲルから連絡。
 ――ヤツだ! 追跡する! 

 CNガスにたっぷり味つけされた煙の下で人々はわめき、咳きこみ、泣き叫び、ついに遠くで緊急車両のサイレンが鳴りはじめた。連中のご到着は火事なら建物が燃えつきてから。マフィアの抗争なら、まき散らされたカラ薬莢と死体の山が静寂を取りもどしてから。それがここトンホアン自治区の公務員のやり方だ。そしておれたちは、のどかな連中が車列をとめて降りるころにはヤツを狩り、ニンジャのように姿をくらましている。ワゴンにもどって待つ。そういう手はずだ。バッグの口を閉じようとして半ばでジッパーが引っかかった。クソ! 
 何度やりなおしても、同じところで引っかかる。チョウの武器庫で道具をつめこみすぎたか。バッグが半開きのまま、ガス銃をもって非常階段にむかった。地上の喧騒が遠ざかる。鉄扉をくぐろうとして、フリーズした。階下のステップからきしみが聞こえる。足音を消したつもりで、慎重にのぼってくる者がいる。二人だ、たぶん。
 バッグをドアの陰におき、手を突っこんで残りの煙幕弾をさがした。ガス銃にこめる。腰のベルトから二十二口径のベレッタ〈イスラエル改造モデル〉を引き抜き、親指でセーフティー・レバーを押しあげる。スライドをゆっくり引き、マガジンから初弾が跳ねあがる音をたしかめた。下からも撃鉄をおこす音が聞こえた。手が汗ばむ。思いだせ、太極拳の呼吸法だ! 最後のステップを一人がふんだ。
 ドアからおどりでてガス銃を発射した。胸を直撃された人影は煙まみれの悲鳴をあげ、ステップをふみはずして階段をあお向けにすべった。うしろでガードする人影も悲鳴をあげる。二個の物体が折りかさなり、体をささえようとした手すりと一緒に落ちていった。バッグをもって、おれは一、二歩ステップをおりた。
 下から掃射音。コンクリート、鉄サビの無限ビート不協和音。非常階段の真下に、ほとばしる閃光。屋上にまいもどり、転がり、縁から下をのぞいた。あれか? 一階下のおどり場、ビルの壁に、人型のシルエットがひとつ貼りついている。隣のビルからもれる明かりに、もぞもぞ動いている。あっちからはよく見えないんだ。チョンダーマンションは停電し、空には星もない。屋上をてらす光源がない。無音のおれはベレッタでねらい、人型にフルオートの弾丸を集中させた。コンクリートの破片が舞い、階段の鉄片がすすり泣く。おれをねらった速射音、殺人閃光。闇のなかのスローモーション。ジャラジャラとカラ薬莢がばら撒かれ、至近距離で空気がひき裂かれる。
 なにもかも異時間のなかだ。時計はだれかが止めている。拳銃のスライドが後退して使用ずみ薬莢が飛び、また撃鉄が落ちる。そのくり返し。撃つたびに跳ねあがろうとする銃口を押さえこむ。もう何発撃ったのか。ベレッタの弾丸は十五発しかない。臓腑を墓場の冷気がなでまわし、ペニスが極小化して後退する。何発目かの銃弾が影に吸いこまれる。悲鳴があがり、階段をゆっくりと転がり、手すりを越えて落ちていく。サイレンが近づく。
 撃ちつくしたマガジンを排出する。バッグのポケットから新しいマガジンを取りだして入れかえる。銃口から熱風。目を暗視スコープにして、非常階段を見つめる。夜行動物の性交も覗ける。動くものはいない。撃鉄を起こす音もしない。おれはガス銃を見捨て、一歩一歩と非常階段をおりた。最後の数段を飛ぶ。積みあげられたゴミ袋に足をとられ、横ざまに倒れ、顔と首から血を吹きあげている武装警官のうえに覆いかぶさった。
 なぜ? おれの頭上で、巨大なビックリマークとハテナマークが仲よくならんで点滅する。警官の死体から武器一式を剥ぎとると、プンナンロードの人ごみにまぎれた。サイレンがうなり、通行人を蹴ちらしている。楽勝だ。

 ワゴンは路肩に駐車している。対抗車線を大型の消防車がなん台も通過していく。水と消防夫で満タンの車両が、ド派手な振動とサイレンで路上ライブをくり広げてくれる。まわりのビルは緊急灯の赤一色だ。街路樹も赤一色だ。歩道のあちこちでトグロ巻く観客は全身に血を浴びている。パトカーが通りかかり、おれはシートを倒してウインドウの下に顔をかくした。
 ここはプンナンロードの繁華街から北に1kmほど離れている。ショップは少なく、人通りもまばらだ。マンション、コンビニ、不動産会社、パソコン関係の子会社が、たちならぶビルの主なテナントだ。このあたりなら道路封鎖の恐れはないはずだ。香水つき煙幕騒ぎで周囲四、五キロも非常線は張られない。やつらにとっちゃ不審火か。助手席の牛革バッグを開けた。半分しか閉まらなかったジッパーが嘘みたいにスムーズに動く。なかに警官の死体から奪ってきた武器一式がはいっている。
 黒い血のシミが飛びちる防弾ベストを指でなぞった。眼孔大の凹みが三個ある。拳銃弾をはじき返した跡だ。これで十五発のうち五発が命中していたわけだ。フルオートの射撃にしては、まあまあのスコアってものか。それにしても、なぜ? この国にしては警官の到着が早すぎた。それに、武装していたってのは? おれたちの襲撃がバレていた!? 疑問が熱いポプコーンになる。頭のなかをパチパチはぜて飛びまわる。 
 ミゲルから連絡がない。でもこっちからは連絡できない。マナーモードにしていたって、仕事中に携帯が鳴りだすなんてコメディーだろ? あークソ、気にくわない。ぜんぜん気にいらない。ホンメの馬がゴール直前で落馬したみたい。銀行の顧客情報にハッキングしたつもりで、一般銀行員の名簿ファイルを読んでいたみたいな。好きになった女が一年前に製造されたアンドロイドだった、みたいな! 奪ってきたMP5にマガジンを装填した。
 このサブマシンガンが使う弾丸は9mmパラベラム弾だ。おれのベレッタと共有できて、なにかと都合がいい。でも、どこかおかしいだろ! おれたちの襲撃を警察が知っていたとしてもだよ。たかがゲームソフトの海賊版に、武装警官?
 携帯が鳴る。ミゲルからだ。
 ――アリを捕捉してる。中央公園の東側だ。車をまわしてくれ!
 ――生かしておくのか?
 ――予想外なんだ。今日はホームレスが多すぎる。場所をかえて、コイツの口を割らせなくちゃ。この煙、なに?
 ――了解! 二、三分でいける。煙? たぶんアップロードだ。
 おれはシートをもどして、ワゴンをスタートさせた。
 ――アップロードって?
 ――話はあと。いま、そっちに向かってる。
 やっぱり彼はこの国の人間じゃない。見たくないものは見なかったんだ。片手でMWI(マイクロウエーブ検出器)を起動させ、コーデック・プログラムも走らせた。パトカー無線がうなっている、シナリオどおり。
 突然、バッグのなかで武装警官のアラミド製ヘルメットが歌いだした。内部に装着されたヘッドホンから、しゃがれた男の声がもれてくる。
 ――こちらデルタ。聞こえますか? こちらデルタ、デルタ。
 ――スネークだ、感度はまあまあだ。
 ――公園の南側に到着しました。煙で視界がわるい。目標の位置は?
 ――東側に移動した。そこでフリーキックのボールみたいに止まってる。煙?
 ――ええ、なにかを燃やしているんです。
 ――注意しろ! イーグル班から連絡がない。キムのチームは失敗したんだ。
 ミゲルの位置が割れている! おれのペニスがまた極小化した。これは通常の警察無線じゃない。警察の専用波に同調させたMWIじゃひろえない周波数だ。こいつら、ただの武装警官じゃない! あわてて、おれは携帯をかけた。なにも知らないミゲル、カラスの餌にされる!
 ――ミゲルだ。もう着いた? どこ?
 ――そっちの位置が警察に割れてる! 東側は危ない!
 ――どういうわけ?
 ――可能性はひとつ。アリが、どっかに発信機をかくしてる! 北側に移動しろ。あと三十秒でつく。
 ――わかった!

 中央公園の北は遊園地だ。昼間なら、赤や黄色のプラスチック玩具であそぶ子どもたちであふれ返っている。おれの目が赤外線暗視スコープになった。アップロードの煙が、ここにもうっすらと漂っている。
 キーィィ……カタッ。左奥のシーソーがゆれる。
 しのぶ足音が落ち葉をふんだ。
 携帯が鳴る。ミゲルからだ。
 ――そっちが見えない。どこ?
 ――なん回か、ライターで火をつけろ。こっちからさがす!
 彼はこのへんの地理にはくわしくないんだろう。危険だが仕方がない。車内灯をオフにして、車からおりた。ボンネットの陰でMP5をかまえる。
 目が血走る。暗赤色の深い闇。
 ガシャッ……。ミゲルのジッポがフタをあけた。ライターの炎は見えない。
 ガシャッ……。もう一回。でもライターの炎は見えない。
 左奥の闇が動いた。男が飛びだす。バンダナを巻いた私服のふたりだ。顔が笑っている。足音を殺してこっちに走ってくる。拳銃をかまえている! おれはMP5の引き金をひいた。薬莢が舞いあがり、先頭の男が笑ったままで吹き飛んだ。もうひとりは地面を転がりながら拳銃を乱射する。サイレンサーだ。ワゴンのボンネットに弾丸がつき刺さる。こっちもMP5を乱射して弾幕をはる。相手は左にまわりこみ、車の向こう、おれの死角に入ろうとする。目標の動きがバージョン・アップされる。サブマシンガンはむなしく薬莢を排出しつづける。拳銃が沈黙した。そいつは弾幕のなかを転がりながら、グリップのマガジンを入れかえる。おれも入れ替える。はねるように起きあがると、低姿勢で樹木の陰に走りこもうとした。
 うぜぇーっ! おれはボンネットの陰から飛びだした。連射しながら突進する。笑う顔がふりむく。銃のレーザー光が目にはいる。その光線に突進する。連射する。目標がつま先立ってピノキオ・ダンスをはじめた。フルオートの拳銃弾が、おれの足もとのミミズを粉末にする。背中から地面に倒れこんだそいつは、血まみれのぼろ雑巾になった。笑っていたはずの顔から眼球が飛びだし、ピクピクと痙攣した頬が動きをとめた。
「リョー、どうなってんだよ!」
 右奥の闇のなかからミゲルが声をかけてきた。
「こっちもさっぱりだ! 早くズラかろーぜ」
「わかった。コラッ、あるけ!」
 樹木の陰から、ミゲルたちが姿をあらわした。おれはハッチバックのドアを開ける。ガムテープで両手と胴体をぐるぐる巻きにされたアフリカンが獰猛な視線を投げてくる。その口にもテープが巻きついている。
「はやく乗れ! てめえのビール瓶が使えなくなるぜっ!」
 アリの股間をミゲルは銃口でたたいた。ウグ、ウーゥゥッ! 内股になって貨物席に転がりこむ。おれは車を走らせた。
 うしろで、ミゲルはアリを拳銃のグリップで殴っている。
「発信機はどこだ! 死にたいか?」
「そいつの頭から足までさがせ。早くはやく!」
「オッケィ、おとなしくしてろ!」
 ミゲルはアリの下着まで剥ぎとる。
「あったあった! 両面テープで足の裏に貼りつけてやがった!」 《続》


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3 コメント

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頑張ってますね。 (KA-NA)
2005-07-02 17:23:13
こういう長い文ってやっぱり、縦書きが読みやすいですよね。
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KA-NAさんへ (わど)
2005-07-03 13:24:46
書くのもそうです。横書きと日本語の内容は、

なにか相互に影響しあう感じがあります。

ただ、おれの単純な思考と文体には、マッチ

している可能性も。
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いまさらですが、止むを得ないgooBlog事情 (わど)
2005-07-05 07:23:17
悪意の有無を問わず、記事の内容に関係がないとみなされる二、三のコメントを削除いたしました。

なお、他意のない連絡事項などはメールやBBSにて。
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