もし、チュンロン市の電子住民台帳に掲載されたら……。悪夢だ! 当ったり前じゃん!?
ベッドの上でアイスになった。
「博士! おれ、ムービー・スターじゃないですっ!」
全員がおれに注目する。目が点になってるし。わかってないね、みなさん。
「マスコミのマイクじゃないって話ですよ!」
眼前にホログラムTVの光景がボワーンと浮かんでる。焚かれつづけるストロボで、夜の街角は真昼間だ。
記者たちが口々に質問してる。おれを責めたてるように。
――ですからですねー! ちゃんと全国の視聴者にですねー、説明してくださいよ!
――たった、一週間ですよ! 視聴者のみなさんの前で婚約発表してからっ!
――そうそうそう! そこでしょ!? カメラに向かって説明してくださーい!
目深にかぶった黒っぽいニット帽と、濃色のサングラスで、ムービー・スターのおれは顔を隠したつもりだった。そこを運悪く、ハラジュク周辺の店で番組の打上げやってたTVクルーと記者たちのゴロツキ集団に見つかっちゃったんだ。同じ店に入り、しかも隣の席に座ってしまったんで。ウルセーやつらだ、ふいっと振り向いて固い視線を投げたのが失敗だった。バレた! あわてて店から飛びでるムービー・スター。その後を追うゴロツキ集団。しかし、店の前を通りかかったホームレスを突き飛ばしてモタモタしているうちに、ゴロツキ連中に囲まれた。真っ赤なコートを着た女が横にいる。メアリーじゃない。
――だ、だからですね、ここへは遊びっすよ! この人、ただの友だち! なんにも疚しいことなんかしてませんからね、ボクはっ! もう勘弁してくださいよってんだ!
――おたくの遊びって、女遊びのことですか!? 釈明しろ!
――記憶に、ございませーん。
――いつから解離症になったんですかっ!?
「リョウとムービー・スター、関係ないでしょ?」
あ? メアリーのひとことで、ささやかな白昼夢はプッチンプリンと消え去った。
現実にもどり、おれの不安感が増殖した。
「来るって! 来るんだよ、絶対!」
「なにがです?」キャシーとビリー。
「だから、派手にパトカー連ねて警官隊がブッ飛んできてねー。マイクのかわりに45口径の大型拳銃と手錠を突きつけるんだ! 赤龍人たちかも知れない!」
お喋りビリーが口をはさむ。
「博士。リョウはまだ妄想が激しそうですね。次の治療プログラムは、延期しましょうか?」
クソタレ! いじめっ子AIなんか壊しちゃうぞ!
博士がチョチョッと眼鏡をずり上げた。その眼鏡がずり落ちて傾く。自然科学者のファッション感覚って、きっとだれにも理解できない。
「すこし被害妄想的になってるかな? 点滴の影響かもしれない。抗幻覚妄想剤の混入はストップさせよう」
「そんなもの入れてんですか!? 訴えてやるぅ!」とおれ。
「まぁまぁ!」と博士。
「まあまあ、じゃないでしょ! 博士、さっきの話をつづけてください。気になってダメになりそう!」
「だから落ちついてから、にしようじゃないか?」
「やだ! 話してくれないなら脱走する!」
「ふうむ。どうするかな……」
「おれ、明日はいませんから!」
「うーむ、うーむ……」
「今夜の24時には、いないと思ってください!」
「けっこう難問だよなあ、これが……」
「訂正します! 脱出は23時までに決行! ってことは22時までには準備完了しなくちゃ」
博士が飛び散った髪の毛をかきあげる。
メアリーがソファから立ち上がった。両手がグーになってる。
「リョウ、あんまり博士をいじめちゃダメよ!」
「いじめてない! 電子住民台帳に名前が載ったら、住所がバレるってことでしょ? いま、どこにいるかわかっちゃうじゃん! だから逃げなきゃ!」
「なるほど」
と博士がいった。
「リョウの心配がやっとわかったよ。当たり前だと思いこんで、気がつかなかったんだ。すまん。そうだな、話はいろいろ多岐にわたるんだが……。これだけはいっておこう。人体組織再生処置の途中にある検体の安全は、101%保障されてる」
「ひゃ、101%!?」
この人の話はわからない!
「まず、一般的なセキュリティーを保障する。その上に、リョウの特別ボーナスが1%だ。これで納得してもらえんかな?」
「博士。何故、そんなにおれのことを!?」
「チャットで話したはずだろ、お前がまだ倉庫で孤立していたときにね。わしらが集めた子供たちのほとんどが死んだって。その後の調査では、直接の死因が自然死だったのは3%だ。残りの97%は人為的な死だった!」
こんどは重量級のキャシーがソファから飛びあがった。ソファがボヨンと跳ね上がる。
「殺された!?」
「そういってもいい。なかには自殺もある、事故死も飢餓死もね。しかし、もっとも大きかった死因は刺殺、銃殺、撲殺、次いで爆死だったんだ。リョウも危うく殺されそうだった!」
ベッドの上で、おれは横を向いた。
「この国じゃ、普通ですよ」
「そうかな? それが通時的な一般性だとは、わしには思えんのじゃ」 《続》
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ベッドの上でアイスになった。
「博士! おれ、ムービー・スターじゃないですっ!」
全員がおれに注目する。目が点になってるし。わかってないね、みなさん。
「マスコミのマイクじゃないって話ですよ!」
眼前にホログラムTVの光景がボワーンと浮かんでる。焚かれつづけるストロボで、夜の街角は真昼間だ。
記者たちが口々に質問してる。おれを責めたてるように。
――ですからですねー! ちゃんと全国の視聴者にですねー、説明してくださいよ!
――たった、一週間ですよ! 視聴者のみなさんの前で婚約発表してからっ!
――そうそうそう! そこでしょ!? カメラに向かって説明してくださーい!
目深にかぶった黒っぽいニット帽と、濃色のサングラスで、ムービー・スターのおれは顔を隠したつもりだった。そこを運悪く、ハラジュク周辺の店で番組の打上げやってたTVクルーと記者たちのゴロツキ集団に見つかっちゃったんだ。同じ店に入り、しかも隣の席に座ってしまったんで。ウルセーやつらだ、ふいっと振り向いて固い視線を投げたのが失敗だった。バレた! あわてて店から飛びでるムービー・スター。その後を追うゴロツキ集団。しかし、店の前を通りかかったホームレスを突き飛ばしてモタモタしているうちに、ゴロツキ連中に囲まれた。真っ赤なコートを着た女が横にいる。メアリーじゃない。
――だ、だからですね、ここへは遊びっすよ! この人、ただの友だち! なんにも疚しいことなんかしてませんからね、ボクはっ! もう勘弁してくださいよってんだ!
――おたくの遊びって、女遊びのことですか!? 釈明しろ!
――記憶に、ございませーん。
――いつから解離症になったんですかっ!?
「リョウとムービー・スター、関係ないでしょ?」
あ? メアリーのひとことで、ささやかな白昼夢はプッチンプリンと消え去った。
現実にもどり、おれの不安感が増殖した。
「来るって! 来るんだよ、絶対!」
「なにがです?」キャシーとビリー。
「だから、派手にパトカー連ねて警官隊がブッ飛んできてねー。マイクのかわりに45口径の大型拳銃と手錠を突きつけるんだ! 赤龍人たちかも知れない!」
お喋りビリーが口をはさむ。
「博士。リョウはまだ妄想が激しそうですね。次の治療プログラムは、延期しましょうか?」
クソタレ! いじめっ子AIなんか壊しちゃうぞ!
博士がチョチョッと眼鏡をずり上げた。その眼鏡がずり落ちて傾く。自然科学者のファッション感覚って、きっとだれにも理解できない。
「すこし被害妄想的になってるかな? 点滴の影響かもしれない。抗幻覚妄想剤の混入はストップさせよう」
「そんなもの入れてんですか!? 訴えてやるぅ!」とおれ。
「まぁまぁ!」と博士。
「まあまあ、じゃないでしょ! 博士、さっきの話をつづけてください。気になってダメになりそう!」
「だから落ちついてから、にしようじゃないか?」
「やだ! 話してくれないなら脱走する!」
「ふうむ。どうするかな……」
「おれ、明日はいませんから!」
「うーむ、うーむ……」
「今夜の24時には、いないと思ってください!」
「けっこう難問だよなあ、これが……」
「訂正します! 脱出は23時までに決行! ってことは22時までには準備完了しなくちゃ」
博士が飛び散った髪の毛をかきあげる。
メアリーがソファから立ち上がった。両手がグーになってる。
「リョウ、あんまり博士をいじめちゃダメよ!」
「いじめてない! 電子住民台帳に名前が載ったら、住所がバレるってことでしょ? いま、どこにいるかわかっちゃうじゃん! だから逃げなきゃ!」
「なるほど」
と博士がいった。
「リョウの心配がやっとわかったよ。当たり前だと思いこんで、気がつかなかったんだ。すまん。そうだな、話はいろいろ多岐にわたるんだが……。これだけはいっておこう。人体組織再生処置の途中にある検体の安全は、101%保障されてる」
「ひゃ、101%!?」
この人の話はわからない!
「まず、一般的なセキュリティーを保障する。その上に、リョウの特別ボーナスが1%だ。これで納得してもらえんかな?」
「博士。何故、そんなにおれのことを!?」
「チャットで話したはずだろ、お前がまだ倉庫で孤立していたときにね。わしらが集めた子供たちのほとんどが死んだって。その後の調査では、直接の死因が自然死だったのは3%だ。残りの97%は人為的な死だった!」
こんどは重量級のキャシーがソファから飛びあがった。ソファがボヨンと跳ね上がる。
「殺された!?」
「そういってもいい。なかには自殺もある、事故死も飢餓死もね。しかし、もっとも大きかった死因は刺殺、銃殺、撲殺、次いで爆死だったんだ。リョウも危うく殺されそうだった!」
ベッドの上で、おれは横を向いた。
「この国じゃ、普通ですよ」
「そうかな? それが通時的な一般性だとは、わしには思えんのじゃ」 《続》
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