◆書く/読む/喋る/考える◆

言葉の仕組みを暴きだす。ふるい言葉を葬り去り、あたらしい言葉を発見し、構成する。生涯の願いだ。

ソウルキッズ …4

2005-07-25 21:20:25 | 創作

【前回までの粗筋】

 海に浮ぶトンホアン自治区の倉庫で、パソコン・ヲタクのリョウは、友人のミゲルと一緒に海外のゲーム・ソフトを翻訳、コピーする闇の仕事をはじめた。ハッキングの罪で投獄された前歴をもつ彼に喰っていける仕事はなかったし、リョウの育ての父はスペードと呼ばれるホームレスだった。といっても、この国ではそれほど変わった経歴ではない。
あるとき友人のミゲルは、「赤龍人」というヤクザ組織から、潜入していたスパイを消せという指令を受け取る。ミゲルは赤龍人の影、暗殺請負人でもあった。ターゲットの名前はアリ。ところが追われる直前、アリは、リョウたちが作ったゲーム・ソフトの海賊版を持ち去っていた。奪って行方をくらませたんだ。怒ったリョウは、ミゲルに協力してアリを追った。武装警察隊との銃撃戦のすえに彼を捕獲したリョウたちだったが。どういうわけか、警察とは関係なさそうな者たちが襲いかかってきたのだった。


【本編】

 途中、通りかかった犬を見つけて首輪に発信機を貼りつけ、おれたちは倉庫に向かった。車の燃料が残りすくなくなってきたし、回転軸のベアリングでも割れたのか、三個のパラボナ・アンテナはルーフの上で悲鳴をあげていた。倉庫にはガソリンも機械部品もタップリある。ヤバイ系とつきあっていたんだ。脱出用の秘密ルートもつくってる。こんなこともあるかなと、チョウの地下室から運べるだけの武器を運んできた。屋上にマシンガン二挺をすえつければ、要塞だ。
要塞。……一度も考えなかった言葉だった。倉庫は、おれたちのラボだった。メアリーがいた夏は楽園だったし、ミゲルはときどき自分のハーレムにした。ネットにジャックインすれば、ガイアの一部になった。
 報道関係の車が行きちがった。狂ったように飛ばしている。TVカメラを乗せたルーフが戦車の砲塔みたいだ。
「現場に戻ってやろうか? 主演がいなくちゃ、スペクタクル映像にならないぜ」
 ミゲルが笑った。ルームミラーに、アリの頭に突きつけた銃が映っている。
「ミゲル、その引き金ひいちゃえよ。ジエンド、フィンだ。ソフトなら何とかなる。アリを片づけて、はやく終演にしようぜ!」
「バラすぐらい、いつだってできる。ゆっくり訊きたいことがあるんだ」
「赤龍人が期限を切った二十四時は、もうとっくに過ぎてるよ!」
警察にマークされて、そのうえ赤龍人に追いかけられるなんてシャレじゃない。
ミゲルが声を押し殺した。
「アリのことは、ぼくに任せてくれ。それよりリョウ。公園で片付けたふたりな、あいつら、スマイル・ブラザーズだ。赤龍人の本部で見かけたんだ」 
「赤龍人? なんで襲ってくるんだ!? しかしふざけた名前だな、スマイル・ブラザーズって。死んでも笑ってたけどね!」
「顔を整形したせいだ。チェチェン人のテロ攻撃で、顔の皮膚が溶けちゃったらしい」
「やつらの襲撃って、何時ごろだったのさ?」
「リョウのMP5が銃撃しはじめたとき、二十四時にまだ十分くらいあった。たしかだ。時刻が気になって、時計を何回もみてた」
「赤龍人たちの時計、全部ニセ・グッチェで狂ってんじゃない? コストパフォーマンスとかいっちゃってさ」
「きっとこいつがキーマンだ! なにもかも吐かせてやる!」
 ミゲルはアリの頭を銃口で何回もなぐった。アフリカンはおとなしくしていた。気絶していたかな。信号と監視カメラがない裏道を選んで、車を走らせた。
どう考えても、わからない。ミゲルに、アリを探しだして消せといってきたのは赤龍人たちだ。その期限が今日の24時まで。ああ、ダッシュボードの時計じゃもう十分ほどすぎた。アリと一緒に狩られるほうになった? なぜ!? 背中に氷の塊りを入れられた気がした。

 おれたちがまだ何も始めていなかったころ、ゲームソフトのオリジナルを倉庫に持ちこんできたのが彼らだった。黒いグラサンかけてブラック・スーツ着た中国系の紳士。そいつが赤龍人だってことは、この国のものなら、ひと目みればわかる。眼鏡の奥から威圧する眼光、左脇のふくらみ、そしてダークブルーのネクタイに小さく刺繍された赤い龍がダメ 押しだ。ホンコン系マフィアの一派らしいけど、この国じゃ大きな顔して表を歩いてる。まだ開封されていないソフトの包み紙には、日本語が印刷されていた。有名なソフトが三枚はいっていた。
中国ナマリで、そいつがしゃべった。
「必要のもの、なんでもそろえてやる。おれたち、じっくり待つ」
「じっくりね、立派な態度だ。じゃあ十年ぐらい待ってろよ!」
 といったんだが、ミゲルはデスクにポーンと投げだされた札束に手を伸ばした。
「リョウ。幸運って、こんな形で訪れるものなんだよ」
金と一緒においていった名刺にも、赤い龍が印刷されていた。さっそくミゲルは名刺に書かれた番号に電話をかけ、おれが持ちこんだ三台のパソコンと五台のモニターを最新スペックの商品と交換した。仕事がうまくいきだすと、彼らはほかの販売ルート(つまり闇商人)も紹介してくれて、疑う気持ちも少しづつうすれていった。
赤龍人たちとは、ゴキブリとゴキブリホイホイのようにうまくやってきたはずだ。なのに、何故!? ときどき彼らが必要な情報をネットで探してやった。おもには警察関係の情報だったけど、依頼どうりの個人情報を盗み取てやったこともある。
ミゲルが、彼らにやとわれた影、工作員だと知ったのはいつごろだったのかな。まだメアリーには出会ってなかった。ソフトのソースにもぐりこんで、昼と夜の区別もつかなかったころだ。
彼が訊いた。
「リョウ。携帯電話の盗聴って、できる?」
「やれないこともないね。でも、なんで? だれを?」
「女。チャイニーズだ」
 麻薬捜査官だった。赤龍人の幹部の女になって、幹部から聞きだした取引の情報を警察に流していたんだ。証拠をつかんで、女を消すのがミゲルの役割りだった。失敗すれば僕のほうが消されるんだ、とミゲルは話した。おれは盗聴に協力した。
「ごめんよ、リョウ。ぼくは嘘をついていたわけじゃない。信じてくれる?」
「信じてやるよ」
 ミゲルを信じたんじゃないかもしれない。未来ってものをね、一回くらいはね。あのころスペードから電話がかかってきたんだ。脈絡もなく、かれはこういって電話をきった。いつものことだ。
 ――リョウ。いちど始めたゲームは、あんまり途中でリセットしないほうがいいぞ。それが本当の自己責任ってやつだな。
 リセットしたところで、なにがどうなるって決まってるわけじゃないだろ。トウモロコシ頭のミゲルと行けるところまで行くしかないんだ。スイカの種みたいに銃弾が突き刺さることになっても、留置所で暮らすよりかはずっといい。食い物もなく家もなく、プンナンロードのお宝をさがして歩くよりずっといいはずだ。ミゲルに頼んで、二十二口径のベレッタを手に入れた。イスラエルの改造タイプだよ、モサド用ね。といって彼は使い方を教えてくれた。 
 《続》


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