◆書く/読む/喋る/考える◆

言葉の仕組みを暴きだす。ふるい言葉を葬り去り、あたらしい言葉を発見し、構成する。生涯の願いだ。

ソウルキッズ …22

2005-10-16 08:28:29 | 創作
 開け放たれていたドアから、マダム・ドビングが入ってきた。
「アナタ、お客さま」
 博士が眼鏡をズリ上げる。
「なに? わしが帰ってるのはだれも知らないはずだが」
「少佐よ、アリさん少佐。リョウに会いたいって」
「なんだって!? 彼なら、まだ再生プールでプカプカ……」
 マダム・ドビングの後ろで、兵士がピシッと姿勢を正して敬礼した。ドアからはみだす頭の部分だけを屈め、獰猛そうな黒い顔が部屋の中を覗く。
「お邪魔します、リョウのお見舞いに来ました!」 
「ウワッ、アリのほんものだ! 動いてるし!」
 おれはベッドから跳ね起きた。
 キャベツさえ一飲みできそうな口がグワラと開き、赤い喉チンコがプルプル振るえた。
「ヴァハハハハ、元気そうだな! あんなところで、いつまでもクロコダイルしてるわけにはいかないよ。ぼくだって忙しいんだ」
「だれが許可した!?」と博士。
「ああ、博士。今日までありがとうございました。もちろん退院許可は自分で発行いたしました!」
「勝手なヤツラばっかりだ! まだ完全には穴が閉じてなかったはずだが……」
 アリの着ているシャツの袖口を博士がまくった。
「なんだ、こりゃ!?」
「ピップ・エレキバンですよ。お蔭さまで、もうカスリ傷くらいまで再生してます!」
 すぐピンときた。アリの回復力は研究所の予想を裏切ったんだって。
 ビリーが口をはさむ。
「博士、いま研究所のマザーAIが喋ってます。2時間と16分31秒まえ、そこにいるアリはプールから脱走した、生命に異常をきたす危険があるので研究所まで連行するように。とのことです! 時刻は現在時間に修正ずみ」
 ブラック・ボックスに緑の光が激しく行き交う。末端AIとマザーAIがネット回線で通信中なんだろう。
「脱走!? ったく、お前は何をしたんだ!」と博士。
「なにもしてませんよ! ただ出てきただけです」
「その制服、どうしたの? サイズが合ってないみたいだけど」
 さすがメアリー。女の子らしい目のつけどころだ。
「ああ、たまたま見つけたんですよ。ってメアリーさんですよね。リョウのこれでしょ? いつも話は聞かされてました」
 アリが小指を立て、帽子をとって部屋に入ってくる。部屋が急にせまくなった。アリの陰でメアリーはクスクス笑ってる。アリは意外と顔色がいい、と思う。黒くて正確にはわかんないけど。
 ビリーが叫ぶ。
「あーっ! 全裸にされた警備兵がひとり昏睡状態らしいです! そのピップ・エレキバンは警備員質の救急箱から盗んだものだ、返せ。って、マザーが怒ってますよ!」
 アリがおれにウインクした。
「アイツ、まだ寝てんのか? ちょっと首の後ろをなでただけなのに」
「そのグローブみたいな手でなでられたら、ゴリラだって丸裸になるんだよ!」
 おれたちは笑った。こんなに笑ったのは久しぶりじゃないかな? 肩にいるミゲルも笑ってるような気がする。
「すまんがキャシー、アリの容態をみてくれ」
 キャシーはアリをソファに座らせた。
「ビリー、アリの脈拍って平均値は? 教えてくれない?」
「えっと……、セキュリティー・システム会社の資料によれば、一分間に36回が正常値のようです。すごい、スポーツ心臓だ!」
 腕時計の秒針を見ながら、キャシーはアリの太い手首に手をあて脈拍をカウントしだした。彼女の指が白くて細くなってる! 
 そのときだ、警戒警報が気が狂ったみたいに鳴りだしたのは。アリがキャシーの手を振りほどき、コルトを抜いた。
「抜き打ちの演習でもないみたいですね。前触れもないなんて、おかしい!」
 廊下の窓からMP5を持った警備兵が顔をだした。血走った目が、これは演習じゃないと告げている。
「あ、少佐。殉職されたんじゃなかったですか?」
「うっせーよ!」
「みなさん、早く地下室に退避してください。空襲です!」
 博士のバリトンが警備兵の頬を打ったはずだ。
「なにィ、空襲だと!? そんなことはありえん!」 
「しかし本部からの連絡です。アパッチとF16がすでに迎撃体制に入りました。お願いですから、早く地下室に移動してください! これから私も配置につきます」
 窓から警備兵の顔が消えた。メアリーが側にくる。おれは震える肩を抱いてやった。
「心配ないからね。セキュリティーは万全だ」
 なんかいっちゃって。知らないのに。
 ブラック・ボックスがチャカチャカと音を立てる。
「なんでしょう? ちょっと待ってください」
 とビリー。チャカチャカは、どっかの通信相手を探している音か?
「……セキュリティー本部の軍事AIと会話できました。ヘリが一機、こちらの制空圏に近づいているらしいです!」
「ヘリが? それも、たった一機で?」とアリ。
「どこのヘリか、調べられるか?」
 博士がビリーに訊く。
「ええっと、ですね。監視所から本部に送られる画像を拡大してみますね。……ちょっと待っててください」
 ゴクリ。と全員が生唾を飲み込む音が聞こえるようだった。
「これ、民間のヘリみたいですねえ。なんか垂れ幕を引きずってますよ。……『スシならスシづくしチェーン』って書いてます。あああっ、機体に赤い龍のマークが見えます!」
「なにィ! 赤龍人!?」とおれ。
 しまった、よけいメアリーが震えだした。
 アリが吼える。
「赤龍人なら許さない! 全員、抹殺してやる!」
「待て、待つんだ。なぜ、たった一機なんだ? 我々と戦っても勝ち目はないだろうに」
 また博士はビリーをふり向く。
「ジャックインできないかな? ちょっと待ってください……」
 緑のランプが点滅する。ビリー、なにしてんだろ?
「専用無線にアクセスできました! 博士、私のマイクで彼らと話せます!」
「よし!」
 両手で博士はマイクを握った。
「聞こえるか? ヘリ、聞こえるか?」
 ザーザーと流れる空電音に混じって、流暢な英語が聞こえてきた。
「何回も同じことをいわせんじゃねーぜ! おれたちは武器を持ってないんだ!」
 何回も? ハハン、すでに管制塔とは連絡ずみなんだ。
「アパッチもF16も迎撃準備ができている。赤龍人よ、お前たちなんてお呼びじゃない。すぐ引き返せ! このまま制空圏を犯すなら火達磨さんになると思え!」と博士。
 火達磨さん、はないでしょう。案の定、ものすごいノイズに笑い声が混じった。
「あんた、だれ?」
 ビリーが割り込んで、ヘリに警告する。
「あと三分で、こちらの制空範囲に到達します。そろそろ攻撃を開始しますよ!」 
「攻撃しないでくれ! 引き返すにも燃料は片道分しかないんだ。それより、早くドビング博士と話しがしたい。つなげてくれ! 一刻を争う!」
 なに!? おれたちは互いに顔を見合わせた。ビリーを除いて。 《続》


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