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憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

お登勢・・33

2022-12-18 12:36:42 | お登勢

「このままじゃ、お登勢は外にも出られない。
おまけに、女将には、黙っていようとするお登勢だと
木蔦屋の旦那にとっても、
他の女を捜すより、
女将には話さないお登勢なら、
自分の立場も護れるし、
外に出て行ったお登勢だから、
女将の知らぬ所で、
旦那はいっそう、好き勝手が出来る。
こんな好都合な事はない。
って、事になる。
お登勢は喋らないことで
いっそう自分を窮地に追い込んでいるんだ。
俺のところに逃げ込んだって
何の解決にもならない外側の状況と
心のうちも不幸せ。
俺はそんなお登勢に
若頭を引き合わせるわけには行かない」
徳冶の元へ嫁ぐことになったとしても、
今のままのお登勢では、逃げであり、
ごまかしになると、晋太は繰り返した。
「おまえ・・・?まさか・・・」
「夫婦の喧嘩は犬も食わないというけど、
ましてや、
俺がしゃしゃり出る立場でもないけど、
話にいってこようと思う。
若頭が言うように、
お登勢にじかに話させるのは、
いかにも、むごいことだと思う。
だけど、影でこっそりじゃあ、
お登勢の考え方も変わらない。
お登勢が、
俺に話しに行ってくれという気持ちにならなきゃ、
埒があかないんだ。
俺は、まず、お登勢の気持ちを変えてゆく。
それから、後は、
話次第でお登勢が
他でもない自分から話したいというなら、そうするし、
女将に事実を告げるのも辛いし、
夫婦の間の溝ってものをうまく、話が付けられないなら、
俺が話しに行く。
木蔦屋夫婦にとっても悪いようにさせやしない」
徳冶はふと、『雨ふって、地固まる・・・なのだ』と、思った。
雨を降らすを恐れるのは、お登勢の境遇がさせることだ。
警告。示唆。
こういう雨のつもりが
もろい地盤に土砂崩れを起こさせかねない。
姉川の縁の下で、
脆くなかったはずの地盤が目の前で崩れ去ったのを
見届けたお登勢だ。
どんな些細なことでも
夫婦に叩きつける雨には、なりたくないのが本音だろう。
だが、それをすることが
お登勢を心のおしから開放することになると晋太は言う。
この雨は木蔦屋だけでなく
お登勢にも慈雨になるんだ。と、
徳治はもう一度、
『雨降って地固まる。そういう事なんだ』
と、自分に言い聞かせた。
「判った。
俺もそこまで聞けば、一緒になんとかしてやりたいのが、
本音だけど・・・」
木蔦屋の醜聞を外に漏らしたくないお登勢だろう。
「そのかわりといっちゃあ、なんだが、
お登勢ちゃんがどうするこうするは、別にして
木蔦屋の女将と話をつける時は
いつでもいってくれ。
お登勢ちゃんがじかにはなすことになっても、
木蔦屋の旦那はいないほうがいいだろうし、
お前もそのときにはついていってやるんだろ?
どうせ、夜にどこかに呼び出してなんてわけにゃあいくまい?
女将がどこかに出るに都合の良い時間なんてのは
昼間。
お前も仕事中って時間になるだろうから、
その時は俺にいってくれれば
身体をあかせてやる」
徳冶の采配に小さく頭を下げた晋太に、
いや、なんでもないことだと、徳治は首を振って見せた。
「こんなことを、今言うのもなんだが、
話がどう転ぼうと、俺にその結果を教えてほしい。
そして、
巧く、折り合いがついたなら、その時は
お登勢ちゃんに引き合わせてほしい」
今度は徳冶が頭を下げ返した。
「判ってます。
そうじゃなけりゃ、
俺もこんな話を若頭にしません」
だが、
徳冶がお登勢に与えるだろう幸せを
要る。要らない。と、決めるのはお登勢自身である。
お登勢のものでしかない巡り合わせを
晋太が自分の勝手に出来るものではない。
「判ってらっしゃると思いますが、
お登勢の気持ちを掴んでゆくのは
若頭自身です。
後のことは、俺の知らぬ所ですよ」
それでも、その前に
まずはお登勢自身の問題を解決してゆかねばならない。
「帰って、お登勢と話してきます」
立ち上がった晋太に
徳治が慌てて声をかけなおした。
「勘定は俺が払うから、そのまま帰りゃいい。
それから、帳場で折をもらってかえってゆけ。
お登勢ちゃんも腹を減らして待ってるだろうに、
引き止めて、すまなかった」
徳冶の配慮を思うと
やはりお登勢に伝えてやらねばなるまい。
と、晋太は考える。
だけど何でお登勢が晋太の所に居ることを知っているんだと
たずねられるだろう。
俺が貰った事にしてしまったら、
お登勢は不思議に思わないだろうが
徳治のお登勢を気づかう思いを話してやれなくなる。
木蔦屋の女将との話が落着したら
お登勢に徳治を引き合わせると言ったけれど
どうやら、
徳冶の思いだけは先に引き合わせる事になるなと
晋太は思った。
馬鹿正直で人の気持ちをまむこうから受け止めるのは
お登勢も晋太もさして、かわりがない。
生きるに不器用な、隠し事が出来ない性分ゆえに
お登勢の
やむを得ない出奔や
女将に何も話せない苦しさも
晋太は重に承知していた。

外は薄暗く、晋太の足は一層、速くなる。
お登勢はきっと、外に明かりが漏れるのを怖れて、
行灯の火をつけたがらないだろう。
俺が帰らなきゃ
家の中に誰かいるのはおかしいことだから、
お登勢は暗くなった家の中で
灯りもつけずに痺れを切らして待ってるに違いない。
家の前に立つと思ったとおり、
家の中は暗い。
お登勢は戸もあけず
蒸れはじめた家の中にこもっていた。
「お登勢・・・俺だ・・・晋太だ」
一声呼ばわれば家の中から
お登勢が晋張り棒を外す気配がする。
必死で逃げ出してきたときは
気にも留めなかった瑣末が生じているお登勢である。
旦那様が此処をつきとめるんじゃないだろうか?
うっかり、戸を開けて、中に入り込まれたら
それで、もう、何もかもが水の泡。
誰もいない振りをよそおいながら、
お登勢は
このままじゃ、駄目だ、と、思っていた。
こんな思いを抱えながら
隠れすむなんて、おかしな事だと思っていた。
あんちゃんが、帰ってきたら、
この先をどうしてゆくか、相談してみよう。
登勢には縫い物が一番、性にあうから、
出来れば、そんなことをして、たっきの道にしてゆきたいけど・・・。
仕立物を請合うと成れば、
見知らぬ人が、此処に出入りするようになる。
それが、一番、あやうい。
どこか、人の出入りの多い
食べ物商売とか・・・。
そんなところへ働きにいったほうが、良いと思う。
旦那さまだって、まさか、人前で
登勢に言い寄ってきはすまい。
あんちゃんなら、
そんな店を知っているかもしれない。
帰ってきたら、聞いてみよう。
そう、決めて、あんちゃんの帰りを待った。
そのあんちゃんが
やっと、帰ってきた途端、
「お登勢。腹がへったろう?」
にゅっとお登勢の前に折詰めが差し出されていた。
「あんちゃん?
わざわざ・・こんなものを・・・」
申し訳ないと頭が一層下がるお登勢である。
登勢が外に出れなくなっているのも
あんちゃんは良く分かってる。
晋張り棒の仕掛けだって、あんちゃんは
お登勢のために作ってくれた。
なにもかも・・・登勢の性分も
登勢がどうしているかも、
登勢以上にあんちゃんが分かっている。
「ああ。そりゃぁ、違う。
若が・・あ、ああ。
徳冶さんだよ」
「徳冶さん?」
「ああ。俺もちょっと、考える所があってな。
それは後から、話をするけど。
仕事を休ませて貰おうと思ってた矢先に徳冶さんから、
お登勢ちゃんがそっちに居るだろうって、たずねられて・・」
それで、徳冶さんが折詰めを寄越してくれたんだと
いう前に
お登勢の顔色は褪め始め
口調もおそるおそるのものになっていた。
「染物屋に・・・女将さんがたずねてらしたってことなんだろうか?」
徳冶さんは何も事情もしらぬまま、
此処をつたえてしまったのだろうか?
でも、それなら・・・。
既に女将さんが此処を尋ねてきそうな気もする。
それとも、
女将さんは、また・・・。
旦那さまを頼っているんだろうか?
「お登勢の居所が分かった。
お前さん、連れ戻してきておくれよ」と。
お登勢の不安を感じ取ると
晋太は
「いや。
徳冶さんは、別のつてから、お登勢の出奔をしっていたようでな」
「ああ・・そうなんだ?」
誰が?
登勢の出奔を徳冶さんの耳に入れる人?
「まあ、そのことはお登勢が、
徳冶さんから、じかにきけばいいことだから、
ちょっと、あとまわしということにして、
俺はお登勢にはなしがあるんだ。
まずは、その折詰めをたべてしまってから・・・。
茶でものみながら、
ゆっくり、はなそう」
徳治さんのつてがどういうことであるか、良く分からないが
あんちゃんは「心配する必要はない」と判断したんだろう。
「あんちゃんは?」
「ああ、徳冶さんにおごってもらって、
先にたべてるんだよ」
「ふふふ」
と、お登勢が笑い出した。
「どうりで・・・。
あんちゃん、ちょっと、お酒くさい・・」
「あはは?そうかあ?」
「うん」
うなづいたお登勢に
行灯の火を入れるように言いつけて
晋太は、
井戸水で身体を拭いてくると外にでていった。



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