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憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

―伊勢の姫君― 18  白蛇抄第13話

2022-09-05 09:31:12 | ―伊勢の姫君―   白蛇抄第13話

飽かず眺めている主膳である。

半刻、傍らに伊三郎は墨を磨っては筆をなめさせ待ち受けている。

まだ、名前がきまらぬのである。

赤子の名前を決める。

いいだしては、主膳はかなえと赤子を眺める。

ふやあと泣き出した赤子を抱くとかなえが乳をふくませる。

かなえが綺麗だった。

やさしくて、柔らかい、かなえが

もっと柔らかいものをそっと抱き寄せる姿は

―綺麗だった―

「主膳様・・」

催促するわけではない。

が、名前を決めると言い出したのは主膳である。

飽かず眺める主膳同様。

伊三郎も母子を眺めるが、これまたなみだがうるんでくる。

―おしあわせでございまするな―

母子の姿は麗しい。

それが主膳のしあわせなのである。

それが、主膳のものなのである。

もう、しばらく墨を磨る日が続くかもしれぬ。

主膳は姫に極上の名前を選ぶあまり考え付かないでいる。

墨が乾き始めると吸口から水をたらした。

半紙の僅かな湿気も乾き床の敷布の上でそりかえりそうである。

「勢がよい・・」

主膳がつぶやいた。

赤子が乳を飲む。

その姿に勢いがある。

「ああ。そうだ。勢がよい」

かなえが主膳をそっと見た。

「かなえ。勢・・。勢にきめよう」

「せい?」

「ああ」

伊三郎の筆をひったくると、半紙に―勢―とかいてみせた。

「そうだ。勢。生きる事への勢い、人を愛し、己を愛してゆく」

赤子は無心に乳を吸う。

「勢いのある生き様が・・みえてくるようじゃ」

「勢・・」

確かに乳を吸う赤子の力強さを感じながらかなえは繰り返した。

「伊勢の勢でもあるしの」

通いつめた恋の縁。

伊勢の名はまた主膳には特別な思い入れがある。

「ほい。ほい」

伊三郎は赤子をあやすように主膳の握り締めた筆をよこせと促す。

渡された筆に墨を含ませると

達筆である。

したためた。

白紙に三枚、勢の名を書くと一つは床の間に、

一つは勢の元に、残る一枚を持って

「海老名老。ついてまいられよ」

老は余分だが、

「どこに・・・?」

「きまっておろう」

さあ。それからがめまぐるしい。

城中の人という人の目に見せる。

伊三郎は命名紙をずいと押し出すだけでよい。

海老名はすぐさまに

「勢姫さまであらせられる」

と、かぶせてゆかねば成らない。

最後門番の所まで行くと。さらに伊三郎がいう。

「これからが本番じゃ。ゆくぞ」

おまけに

「走るぞ」

「老体・・無理をなさるな」

門番に門を開けさせると、途端、伊三郎は韋駄天かと思う。

「ま、まちやれ」

追いつくのも、敵わぬ。爺のくせに妙に早い。

「はよう・・報じようぞ」

伊三郎がはしって行く先は、産土様である。

「はよう、お伝えして加護をえねばならぬ」

「もう・・いっておるわ」

落ち着いて答えて見せたが

「それは、まだどこのだれべえかわかっておられぬだろう。

勢様とお伝えして、確かに・・」

そこまで、産土様も阿呆ではあるまいにとおもいつつも、

名こそ綾なす。

呼ばれ呼ばれて名が染みてゆくように、産土様の加護も名こそあれ。

ひいひいと、息をつきながら海老名もやがて走り出した。

勢様が這い、歩き、やがて走るやんちゃ盛りまで、

走る事ももうあるまいと思っておった。

だが、伏兵という者はどこにでも居る。

「どうも・・この男にくわせられる」

ぶつぶつ、つぶやきながらも、こやつより歳であってなるものかと、

海老名も必死の形相になった。

産土神社の森に入り、堂の扉を開ける頃には、

ぜいぜいという声しかない。

三拝九拝で祭壇に命名紙を差し上げると、やっと、伊三郎が一息ついた。

「やれ・・安心」

信心こそ、加護に叶う。

「産土様」

海老名も勢様の加護を祈った。

そのあと遅くに用事があると海老名は外にでた。



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