それから一ヶ月もすぎただろうか。
レフイスは中央のホールのど真中にたっていた。
渡されたシャンパングラスの中に船長が
「おめでとう」
と、言いながらシャンパンをそそいでいた。
順ぐりに側に寄って来た仲間も
レフイスの二十歳の誕生日を祝う言葉をかけて行った。
その中にはウォッチャ―を脱け出して来たアランもいた。
「おめでとう」
アランがレフイスに一言告げると
「あとでいく」
と、レフイスの部屋への来訪を告げてシャンパンをつぎたした。
「あんまり、のみすぎるなよ」
アランはシャンパンの瓶をテーブルの上におくと
「じゃあ」
アランはウォッチャ―に戻って行った。
二十歳の祝いを洋上で迎える事なぞ、
学生だった時にはレフイスは思っても見なかった。
そんな事をぼんやり考えているレフイスのそばに
料理長がニコニコしながらよって来た。
「え?」
しかめっ面で無口な料理長が、らしくもない笑顔をみせている。
本当にあの料理長なんだろうかとレフイスを
一瞬戸惑わせる、やさしい笑顔だった。
料理長にもレフイスの戸惑いがつたわっていた。
「はーん。アランのいうとおりだったな」
料理長は、つぶやいた。
「あの?」
「この笑顔は俺のあなたへのバースデイプレゼント」
「え?」
「きにいってくれたかな?」
「あ?はい。とっても、すてきです」
「うん。そう、ねがいたいね」
「あの?さっき、アランがいったって?」
「おや?ずいぶんみみざといね」
「あ、すみません」
「いーや。おこってるわけじゃないさ。アランが言った事きになる?」
「・・・すこし」
「うん。あなたがアランと仲が良いのは、しっているんだ。
だから、アランにレフイスは
どんな料理を喜んでくれるかなってたずねたんだ」
「あ、はい」
「そうしたらな。特別料理を注文されたんだ。
これが又、難しい注文でな。今回で一番手の込んだもんだな」
料理長の言葉にレフイスはあたりの席をぐるりと見渡した。
「そこにはないよ」
気がつかない様子のレフイスを料理長はくすりと笑った。
「ここにあるんだ」
料理長は満面の笑顔を見せると自分の顔を指差した。
「あ?あ・・はい・・・・」
やっと、アランの注文がなにであったのかレフイスにも判った。
「あなたを喜ばせるのはそれが一番だってな。アランのやつ・・」
「はい」
零れて来る涙をレフイスは指で拭った。
「ありがとうございます」
料理長はレフイスの肩をポンとたたくと
「気に入って貰えて嬉しいよ。
でも、このプレゼントを本当にくれたのはアランだよな?
アランに会ったら特別注文の料金は高いぞっていっておいてくれ」
「え?・・・はい」
吹き出しそうになるのをこらえながら
レフイスは料理長の笑顔をもう一度見つめた。
レフイスの胸の中に暖かい水溜りがしみだしてきていた。
生きてる人をよろこばせなきゃ。
そういったアランの心遣いが
レフイスの中にある凍えた水溜りを瞬時に暖めていた。
「さあ。俺の手でつくった料理のほうもたべてやってくれ」
料理長はレフイスに小さく手を振ると厨房に戻って行くようだった。
船の中の人員が全て祝いの場所に顔をだせるわけではない。
顔を出せる乗務員も仕事柄や持ち場にもよる。
アランのようにウオッチャ―の役にあたると
操舵室の中にこもりきりになる。
本来はウオッチャ―になったらここまで、でてこれるわけはない。
ウオッチャ―の相方がだれだったのだろうか?
アランはこっそりぬけだしてきたのだろうか?
ほんの二時間ほどのパーテイはやがて終焉をむかえ
レフイスの十代から二十代への区切りはこんな形でくっきりとひかれた。
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