手短に看護士に説明すると、彼女はにこりと笑ってうなづいた。
私はテントをぬけだすと、慎吾の元にはしっていった。
呼びかける私の姿に軽く手をふってみせる慎吾にかすかな疑問を感じた。
なんで、驚かないんだ?
看護士も妙ににこやかだったし?
慎吾の前につったつと、途端に掛けられた言葉が疑問をさらに肯定した。
「やあ、来たな」
それ?私が来るのを判っていた?
「なんで?」
私の疑問に慎吾は呆れた顔を見せた。
「なんで、お前がきても、俺が驚かないかってか?」
図星である。
「お前・・・馬鹿じゃない?」
これだ、これ。相変わらず、こっちをこけにする態度。
でも、たいてい、慎吾の言う通り、私が馬鹿なせいではある。
「ど~~せ、馬鹿ですよ。馬鹿だから、教えてもらわなきゃわかりませ~~~~~ん」
「たく、だから、女は駄目なんだよな。目先の事態でしか、物事を判断しない。
つまり、感情的物事に流される」
「は?ご挨拶だねえ」
「だって、そうだろう。俺が此処にいて、カメラマンをもうひとり、必要とするか?」
「ん?」
「当然、俺に写真を撮ってくれという話がくるだろう?」
いわれてみりゃ、その通りだ。
「ところが、俺は、此処にきてるのは内緒なわけだ。そこで、俺はお前を推薦するしかない。で、会社がらみに話がいっても、お前しかいないわけだから、お前が来る」
なるほど。
「お前さあ、もっと、深く読むことできねえかなあ?」
はい?
「悪うございましたね」
「だからさあ、感情的判断しかできないって、いわれるんだよ。何で驚かないんだ?って、その感情だけしかないんだよ」
はあ・・・。
「他にどんな感情をもてと?」
「判断だよ。必要なのは、判断。おまえさあ、俺が写真撮ってくれといわれる。それを断って他のカメラマンを推薦して、それが、通じるって、どういうことか、判る?」
「そりゃあ、それなりの信用と、カメラワークの技術力とか?そんなものを認められてるから・・あ?」
「判った?」
「つまり、あんた、納得いく写真を物にできたってことで、その写真がみんなを納得させるものだったって、ことで・・・」
「う~~ん。まあ、そこまでいってないんだけど・・まあ、そこそこに・・」
少なからず私はほっとしてた。
死にいく子供をとるなんてことを、この現場でやれない慎吾がいるってことになる。
そんな写真を見て、みんなが納得はしないだろう・・。
「で?どんな写真?」
「俺、まだ、納得できる写真はとれてないんだよな。ちょっと、取ってみたのが、お前とさっき一緒にいた看護士のブルーアイに映りこんだ母子を・・・ん?」
私はさっき思ったそのままのキャッチアイを慎吾に先をこされていると判って、妙な顔になってしまったんだと思う。
その私の思いを慎吾が読み取っていた。
「お前なら・・どんな風にとるんだろうな・・って、そう思ったんだ」
「それで、その構図?」
「ん。俺さ、お前の存在が此処に来て、なおさら、大きなものになってるって、きがついたよ」
「ライバル?ってかあ?あたしがあんたのライバルになれるわけないじゃんか」
「そうじゃないよ。おまえならどう撮るかってさ。それイコールお前は俺に無いものをもってるんだよな」
「無いわけないよ。無かったらいくら、あたしだったらどう撮るかって、かんがえてもでてくるわけがない。まじ、キャッチアイはあたしもさっき、思ったところだったし・・」
「う~~~ん。どういっていいのかな。起爆剤ってのかなあ。トリガーってのかなあ」
「なるほどね」
「で、俺は此処に来て、お前だったらどう撮るんだろうって、その亡霊みたいなものにとりつかれちまってさ。これ、俺、おかしいじゃないかってそう、思い始めてさ。俺は俺。お前はお前のわけじゃんか。なのに・・・いわば、俺はおまえになろうとしていた。そんなジレンマみたいなのを抱えてる時に、写真をとってくれないかって、話がきたんだ。で、俺は・・つまり、その・・」
妙にいいにくそうな慎吾は、たいてい、懺悔がからむ。
「お前ならどう撮るだろうは、お前にまかせりゃいいことだと思ったんだ。俺が俺の写真をとるためにも、俺の中の「お前だったら」をとりのぞきたいという思いがあった」
「つ・・つまり・・・」
慎吾が何をいいたいかわかった私だと慎吾にも察しがついた。
途端
「ごめんな。あの、俺・・」
「つまり、あんたはあたしをここにひっぱりこんだ。あんたの力量不足のせいで、あたしを此処に来るように仕組んだ・・・こういうことだ?」
「そ・・その通りだけど・・力量不足はないだろう?」
「事実でしょうに」
「違うな。俺にとって、お前の存在がでかすぎるだけだ」
「だからあ、あたしくらいが、大きい存在になるってことイコールあんたの器が小さいってことじゃない?」
「チサト・・あのなあ・・お前・・どうして、そういう風にとるんだよ。それって、感情的判断すぎるんだよ」
「はい?じゃあ、どういう風にとればいいわけよ?馬鹿だから判りませ~~~~ん。教えてくださ~~い」
慎吾に通じない言葉は、慎吾側に通じないだけのわけがあるんだろうと思う。
だけど、二度目の感情的判断の科白は、つまり、お前馬鹿じゃないにってことになるわけで、わたしもいささか、気分を害していた。
だから、かなり、ふざけた言い方を繰り返した。
一度目はあるいは、親しい仲の軽くふざけた言い方だったが、二度目の言い方には、私の毒がはいっていた。
馬鹿相手に話しているんだから、あんたももっと、わかりやすく説明しろというのと
慎吾の言う意味合いをもっとグローバルにうけとめれないらしい自分を二度も突きつけられたことにより、「女目線から、ぬけでないカメラマン」とこきおろされた気もしていた。
一方で、チサトだったらどう撮るか・・の同じキャッチアイも女目線でしかなく、
慎吾は女目線も使いこなすカメラマンであるという才能の違いをすでに歴然と見せ付けられていて、それもそれで、惨敗だった。
そのこっちの気分的落ち込みをけどらせないようにするのと、私なりに公約・公平な意見をのべようと努力した結果が「感情的判断」でしかないと言われるのにも応えた。
だが、慎吾のほうは、もっと、むっとしていた。
「もういいよ。俺の言いたいことがお前に通じないのは、お前が悪いんじゃなくて、俺の言い方が悪いんだ」
「なに?それ?」
男のくせに女々しい皮肉たっぷりじゃないか。
「ん・・・」
慎吾は少しの間、口を閉じた。
「俺の言い方が悪かったよ。俺はチサトがどんな写真を撮るか、見てみたかったんだ。俺は確かに器小さいよ。でも、そんなことなんかどうでもいいことで、俺はチサトの写真を見たい。それだけだよ」
慎吾の言い分に気を良くしたという言い方は違うが、そこまで、請われりゃ、これ以上、いう事も無いと思った。
だが、慎吾はこの時、本当に言いたいことをストレートにいえなかったのだ。
慎吾が私への好意をはっきりしめしたつもりでいながら、すべて、私がそのままにうけとめず、慎吾にすれば、伝わっていないのか、遠まわしに断られているのか掴みきれず
はっきりと、プロポーズして、それさえ、相手にされなかったら、男として、鼻にもかけられていないという事実を決定的に認めるしかなくなる。
私を失うかもしれないことを恐れ、慎吾ははっきりとプロポーズを口にすることが出来ずにいた。
私がそれにきがつくのは、職場に戻り、例のごとく、私の部屋に不法侵入した慎吾に一枚の写真を手渡された時だった。
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