私は次の日、自分の携帯電話から手帳に書きとめた女医、藤原怜子に連絡をいれた。
受付から電話を取り継がれた女医はまず藤原怜子本人であることを名乗った。
私は瞳子の名前を出し、相談したいことがあると告げた。
だが、女医の返事はにべないものだった。
「ご家族の方ではありませんね。患者のプライベートにかかわることをお話することはできないのですよ」
女医に瞳子の名前をだしただけなのに、女医の頭の中 . . . 本文を読む
私のなぞなぞに瞳子はぼんやりと考え込んでいる様子だったが、残酷なことを告げるときのように唐突に切り出した。
「あなたの蟲を退治しなきゃならないのよ」
やはり・・・。
そして、私は今もう、瞳子にとって「YOSHIHARU」でなくなっていることにも気がついた。
「瞳子さん。私の名前を覚えていますか?」
瞳子の人格がわずかの間に入れ替わっているに違いない。
私は狂った瞳子に後戻りした瞳子を確 . . . 本文を読む
深夜、寝静まった部屋のドアのノブがきしんだ音を立てた。私は一瞬、瞳子が来たかと思った。
食事を作るとき、瞳子は体が覚えているのだろう、夫人に差し出された材料でかなりてきぱきと調理をこなしていた。
調理メニューについては、夫人に指図されなければ考えつけないようで、何を作るかたずねると、答えを口の中で何度もつぶやいていた。
「肉じゃが・・肉じゃが・・卵サラダ・・いんげんのごまあえ・・お豆腐とねぎ . . . 本文を読む
私の行動を教授は黙って見つめていた。それは、女医の言うとおり、これ以上瞳子の回復を期待しないほうがよいと批判めいたまなざしにも、
その反対に女医に言われ、そのままあきらめるしかないと一種、なげうった自分を露呈した気まずさにも見えた。「今日の瞳子の様子は今までとちがっていたんでしょう?
そういう部分も話して回復の手立てを探ってみたいのです。
それと、私はこれからもちょくちょく、瞳子の様子をみに . . . 本文を読む
―ご家族様へ―何よりも、患者本人が医者を信頼できる、環境をつくる、手助けをしてください。治療は家庭環境が整うほどに効果が上がります。その ―ご家族様へ― に、リンクが張られている。環境を整えるとはどういうことだろう。まず、最初にもっと、詳しく知りたいと思った。
リンクを開き、内容を読み始めると私は疑問を感じ、疑問が不安になってしまったが、女医の治療概念に納得できるものがあった。
精神病という病 . . . 本文を読む
教授はパソコンのパスワードをログインするために、私の前にたち、教授の書斎に案内してくれた。
8畳の書斎の壁際は、天井まである本棚達に占領され、出窓に向けておかれた机が本棚の城兵にとりかこまれ、ひっそりちじこまり、その上にパソコンが置かれていた。
パソコンがたちあがると、私は精神病を検索にかけた。私の知らないことが多すぎて、自身、整理がつかなかった。PSTD,境界異常、二重人格、幻覚、妄想、うつ . . . 本文を読む
私は瞳子が寝入ったと、小さな声で教授と夫人に告げると、さらに声をひそめて、たずねてみた。「教授・・お母さん、瞳子が小さな頃にお二人の夫婦生活を目撃してしまったと、いう事はなかったでしょうか?」瞳子と私の会話を黙って聞いていた教授と夫人だったが、私の質問にすでに思い当たるものがあった。「瞳子が幼稚園の頃に一度、そういう事がありました。それが、白い蟲がみえる原因なのでしょうか?」夫人の不安は、瞳子が幻 . . . 本文を読む
私のひざに頭をもたらせかけると、肌の接触が瞳子に確実な庇護感をもたらすのだろう、わずかであるが、おちついた様子に見える。「あそこ・・・白い蟲がいっぱい蠢いてる・・・」私は瞳子の指差すあたりを見つめなおした。とにかく、瞳子の意識世界を共有できる存在にならなければならないと考えた。「白い蟲・・どんな格好かな?」瞳子が見えているものが、自分にみえなくても、けして、瞳子の視覚を否定してはならない。「見えな . . . 本文を読む
恐ろしい?私にとっても意外すぎる答えは当の教授には、意外を通り過ぎ、大きな衝撃だろう。仲のよい父娘の会話からして、瞳子が父親を恐ろしいと否定する感情をもっていたとは、とても、思えない。
だが、現実、瞳子は父親を認識しようとしない。否認する要素として、「恐ろしい」があるのは、確かに瞳子の言葉通りだろう。だが、何をもってして、「恐ろしい」と思ったのか?瞳子の姿は私には幼い子供のようにも思える。父親に . . . 本文を読む
「おかあさん。私に私の人生があるように、瞳子にも瞳子の人生があるんですよ。
瞳子の人生を無明にして、私がこの先自分の人生を歩めると思いますか?
救うという言い方はおこがましいものの言い方ですが自分の伴侶になる人を救い出すこともできない人間がこの先ほかの人間とうまくやっていけるわけがないでしょう?
何かあるたび、逃げる、この繰り返しになる、そんな人生は・・空虚なだけです。
私自身が瞳子を支え . . . 本文を読む
「瞳子・・お茶を・・ああ、コーヒーがよいな。いれてくれるかな?」
教授に言いつけられると、瞳子は実行がかかったプログラムのように起動しはじめ、「はい」とうなづき台所にたっていった。
「あの調子なんだ。言われたら言われたとおりに動く。だけど、自分で判断してなにかするという状態じゃない」
瞳子が台所に入りきったのを確かめると、教授は声を潜めた。
「双極性障害って知ってるかな?躁状態と鬱状態の両 . . . 本文を読む
「わかった。瞳子との結婚云々は早決すぎるし、白紙でなく、保留として、考えることにしてくれまいか?
君もまだまだ、情に流されてると思うし、ゆっくり、考え直す時間を持ってほしいと思う。
そして、君の言い分も確かに一理ある。瞳子が君に、ほかの男性にどんな態度をとるか、君の言うとおりか、そうじゃないのかも確かにわからない。
そして、君がそこまで、瞳子を思ってくれるのなら、君の言う通り、瞳子にあって、 . . . 本文を読む
私の記憶の中の瞳子・・。瞳子をだきしめた、あの日、瞳子は異性との接触に恐れを感じていたのは事実だと思う。私だけが、瞳子にとって異性であり、異性に抗体をもっていない瞳子は、
血小板の中に入り込んだ私を感情では受け入れようとしながら、やはり拒絶反応を起こしていたと思う。私というワクチンが、そのまま、瞳子に抗体を作りあげたとき、私と瞳子はなんの不安も拒絶反応という副作用を発症することなく、自然に結ばれ . . . 本文を読む
「君にも辛いことだと思うし、僕にとっても辛い・・瞳子は・・娼婦のように僕を誘うんだよ・・」「え?」私は教授が端的に事実をしゃべろうと努力していると、理解はできた。だが、教授に告げられた事実が、すぐに、理解できなかった。「暴行を、暴行と認めず、たんにしゃべりあうくらいのそんな接触のひとつにすぎないと、考えることで、恐怖や傷を緩和しようとする一種の治癒現象なのかもしれない。だが、そんな考え方を容認でき . . . 本文を読む
なんでもないことといってくれる男だとあてにしていたというのに、何故?何故?なに?まさか・・・?私の胸にかすかによぎった不安が大きな黒い塊になり胸をおさえつけ、呼吸さえつかせない。「教授・・・?まさか?まさか、瞳子が自殺・・?」口にしてはいけない不安を口に出すと、私の目に大きな鎌をふりあげる死神がみえる気がして、私は教授ににじり寄り、頼み込んだ。「教授・・・お願いです。瞳子にあわせてください」教授は . . . 本文を読む