懐の銭をおしながら、余計にわたしてくれた心使いの1両の所在も確かめる。落としちまっちゃいけねえと、足元に気をくばりながら男の足はせく。しかし・・。女将がなあ・・。文次郎親方なら、いざしらず・・。女将がなあ・・・。人の世がいかに情でささえられてるか。女将にも安心してもらえるような生き方をしなきゃいけない。品や物や金で礼をすることができない男はいっそう、生き様でかえすしかないと思う。それにしても、この . . . 本文を読む
大池の男を眼の端にとめながら、男は小道を登りきった。だが・・・・。池の端の男は男をおいかけてもこなかった。男の姿にさえきがついていないようだった。待てよ・・・。男は目の端に移った池の男の姿をおもいかえしていた。待てよ・・・。待てよ・・・。あの恰好は・・・。どこかの番頭か、手代か?男は不思議だと思った。こんな時刻に奉公人が池の端でじっとしている。店に帰らなきゃおかしいだろう?そんな自由がゆるされるは . . . 本文を読む
いきなり何者かにとびかかられ、驚いたのは池の男のほうだろう。まっさおに青ざめた顔がいっそうひきつっていた。「な・・なにをするのですか」40がらみの男がくみついたまま、池の男をおさえつけようともがいていた。「な・・・なにをするってのは、こっちの科白でぇ!!」男に怒鳴り挙げられ池の男は顔をふせた。自分が死のうとしていたことを思い出したというところだろう。「え?てめえ、死のうってしてやがったろ?おっちん . . . 本文を読む
用心しながら池の男から身を離し、男は正面を切った。「ああ。まず、とくと、きかせてもらおうじゃねえか」だいたい、死んじまおうなんて思うのはせっかちすぎる。あの手、この手うってるのかどうか?やるだけやってだめだったのか?なにがあったか知らないが、うまい解決方法をみつけられないだけで、思い込みのあまり、おっちんじまうってのは、笑い話にしかなりゃしねえ。ちょいと前の自分がそうだった。思い込みすぎて、解決方 . . . 本文を読む
「で?なんだよ?いくら・・」呉服屋から預かった代金がいくらかときいてるとわかった池の男はかくかくと首をふった。「なんだよ?わからないのか?」男の問いにかすかに笑っているようにみえた。だが、男もすぐに思い当たる。おっちんじまおうと思う額だ。簡単にどうにかなる額じゃない。男はじんわりと懐をおさえた。30両と1両ある。この中からちょいと用立てやりゃあ・・・。と、考えはするものの、男は考えあぐねる。よわっ . . . 本文を読む
有難うございますと何度も頭を下げる池の男、いや、桔梗屋の手代にさあ、さっさと、銭をもっていけと男がいうと、「どこのどなた様か、お名前とお住まいをおきかせください」と、尋ねられる。「まあ、いいってことよ。俺もわすれてなきゃあ、節季にでもちょいと、顔をだすから、銭がありゃあ、ちっと、かえしてくれりゃあいい」はなから、かえせる金がさじゃないんだ。へたにかえさねばといらぬ心労をもちゃあ、この男のことだ身体 . . . 本文を読む
「けえったぞ・・」声をかけてみても、家の中はしずまりかえっている。かかぁの奴は洗濯女だ。また、宗右衛門町にいってるに違いない。ため息がでる。お里に告げることもつらいが、、お木与の落胆を想うと・・。戸口をあけて、中にはいると座敷の淵に腰をかけた。お里は手のいい針子になった。大店からあつらえがくるようになっていたから、できあがったものを届けにいっているのだろう。その腕もなんの役にもたたなくなる。伝い落 . . . 本文を読む
自分がかたにとられるとしっても、それでもまだ、親の心配をするお里にそこだけは、はなしてやりたかった。せめても、借金のかたでなく、人助けになったんだと、それが、せめてもの・・お里への慰めになるか・・もしれない。「いいや・・なくしたんじゃねえんだ。おとっつあんがな、銭を懐にいれてな・・大池の道すじをかえってきたらな・・桔梗屋の手代がな、池にとびこもうとしてたんだ。ききゃあ、呉服屋からの払いの金をぬすま . . . 本文を読む
男の目の中でお里が涙をこらえていた。男がお里をみつめるあまりに、お里は精一杯、気丈にふるまうしかないのかもしれない。泣くことさえ、儘にさせてやれねえのか。男はそっと、立ち上がって家の外にしばらく、でていようとお里に背をむけ、戸口にむかいかけた。その時、男の背中でお里がわっと声をあげた。堰をきったお里の泣き声がもれてくる・・・耳を塞いでしまいたい思いをこらえ、男はその場に立ち尽くすしかなかった。
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