(1)西湘バイパスと箱根ターンパイク
朝早く家を出る。夜はまだ明けていない。北千住から国道一号を抜けて西湘バイパスの入り口に着く頃に、ようやく東の空が明るくなってきた。いよいよ伊豆の旅の始まりだ。出がけに買ったコンビニのおにぎりがまだ温かい。何だか海風が爽やかな潮の匂いを運んで来たので、コーヒーを飲む手を止めた。僕の愛車は軽いエンジンノートを響かせて、静かにゲートの順番を待っている。車は青のスズキ・カルタス、日本国内では100台も販売されなかった輸出仕様のオープンカーである。排気量は1300CC、無段階オートマの速い車だ。車体は小さな2シーターなので峠は得意な筈だが、パワー不足でやや物足りない。しかし僕は景色を楽しむタイプなので、良い車を買ったと思っている。僕の愛車はゆっくりゲートを抜けて、長い海沿いの一本道「憧れの西湘バイパス」に乗り入れた。初夏の海は穏やかで、朝日がキラキラと波に反射してモネの絵画の中にいるようだ。カーステレオからはご機嫌なモータウンサウンドが流れている。今日は初めての伊豆デビューだ。期待は胸いっぱいに詰まっていて、ハンドルを握る手にも力が入る。長い1日になりそうだ。
海は久しぶりだった。前に来たのは何時だったか、去年の夏に房総へ行ったっけ。山もいいけど海は人間のちっぽけさが素直にわかる、やっぱり海はいいな。ボーッと海を見ていると、何だか人間がせせこましく見えちゃう。屋根を開けて海沿いの直線道路を流していると、このままどこまでも走っていきたいと思う。しかしガードレールの高さが目線と一致してイマイチ海の開放感が伝わらない、これってオープンカーの楽しみを知らない役人が規定の高さは何センチだからなんて、つまらない事務手続きで作ったのかな。工事の人の中に海の楽しさを知ってる人がいなかったのかも。全員山形の出稼ぎの人達で、海なんか見たことなかったりして。空は真っ青な雲ひとつない碧空、空と海と乾いたエンジンの音が、青春の甘酸っぱい香りを風になびかせて走り抜けて行く。思わず無性に踊りだしたくなって僕はアクセルを踏み込んだ。
早川から箱根ターンパイクへ入る登り口で、一応安全のためにトイレに入っておこうと車を停めた。別に排尿障害とか前立腺肥大とか過活動膀胱とか、近頃よく聞くなんとも悲しい老人病とは無縁の若者だった私だが、マナーを守るのに準備を怠らない社会人だった僕は何のためらいもなくトイレにはいった。しかしまぁー汚いね。さっきまでの爽やかな気分は一発で吹き飛んだ。今はシャワートイレぐらいは設置されてるかも。何しろ20年前だから、そこら中のインフラが比較にならないくらい臭かったのだ。昔と今を比べれば、社会の成熟度は格段に清潔になっている。人間が病原菌に弱くなるのも仕方ないなと思う。清潔に生きるという事は、人間の不潔な部分をも排除しなければならないわけで、無菌室で飼育したモルモットのように完全無欠な人間が理想になって、どんどん自然が遠のいていく。今に空を見上げても、PM2.5の心配をする子供が一般的な時代が来るかもしれない。昔は良かったな、なんてならない様にしたいな。僕は車のドアを閉めた。「いけね、手を洗ってないよ、何てこった」、もうハンドルを握ってしまってる。まぁいいや。旅の恥はかき捨てダァ~。
ターンパイクは峠道の連続する楽しい道である。幅も広くて走りやすい。車は真っ直ぐ走るよりカーブを駆け抜ける方が数倍面白いという事を初めて知ったのがこのターンパイクである。対向車も少なくて大型の車は入って来ない峠道はドライバーの楽園だ。右にカーブを切ったと思えばすぐに左のカーブが現れる。少しブレーキを踏んで減速しつつ頭を回してカーブの出口に向け、同時にアクセルを踏んで姿勢を安定させ加速する。車体はグッと沈んで外に膨らむがアクセルを踏む事で水平に回転する。初めてこの動きを知った時、ドライバーズシートの辺りでジワーッと水平回転し、外側に放り出されるようなGが全く掛からないので宇宙遊泳のようであった。僕は調子に乗って何度も繰り返しては愛車の挙動を楽しんだ。
面白すぎるカーブの連続を一気に走り抜けて、ちょっと高台の見晴らしが良い場所に止めて車のドアを半開きにし、タバコを胸ポケットから出して火をつけた。素晴らしく良く晴れて遠くの山並みまでクリアに見える、オープンカーの醍醐味を満喫出来る「ドライブの王道」だ。こんな時、胸のすく爽快感とともに吐き出すタバコの煙が、ゆったり風に舞って目の前を横切る。5~6分そのまま佇んでからセンターラインの引いてある車線の流れに車の頭を乗り入れた。まだ朝の10時、伊豆の旅は始まったばかりである。
(次回からの目次予定)
(2)夏の湯河原
(3)十国峠はカレーがお勧め
(4)恋人岬の海は静かだった
(5)黄昏の135号
朝早く家を出る。夜はまだ明けていない。北千住から国道一号を抜けて西湘バイパスの入り口に着く頃に、ようやく東の空が明るくなってきた。いよいよ伊豆の旅の始まりだ。出がけに買ったコンビニのおにぎりがまだ温かい。何だか海風が爽やかな潮の匂いを運んで来たので、コーヒーを飲む手を止めた。僕の愛車は軽いエンジンノートを響かせて、静かにゲートの順番を待っている。車は青のスズキ・カルタス、日本国内では100台も販売されなかった輸出仕様のオープンカーである。排気量は1300CC、無段階オートマの速い車だ。車体は小さな2シーターなので峠は得意な筈だが、パワー不足でやや物足りない。しかし僕は景色を楽しむタイプなので、良い車を買ったと思っている。僕の愛車はゆっくりゲートを抜けて、長い海沿いの一本道「憧れの西湘バイパス」に乗り入れた。初夏の海は穏やかで、朝日がキラキラと波に反射してモネの絵画の中にいるようだ。カーステレオからはご機嫌なモータウンサウンドが流れている。今日は初めての伊豆デビューだ。期待は胸いっぱいに詰まっていて、ハンドルを握る手にも力が入る。長い1日になりそうだ。
海は久しぶりだった。前に来たのは何時だったか、去年の夏に房総へ行ったっけ。山もいいけど海は人間のちっぽけさが素直にわかる、やっぱり海はいいな。ボーッと海を見ていると、何だか人間がせせこましく見えちゃう。屋根を開けて海沿いの直線道路を流していると、このままどこまでも走っていきたいと思う。しかしガードレールの高さが目線と一致してイマイチ海の開放感が伝わらない、これってオープンカーの楽しみを知らない役人が規定の高さは何センチだからなんて、つまらない事務手続きで作ったのかな。工事の人の中に海の楽しさを知ってる人がいなかったのかも。全員山形の出稼ぎの人達で、海なんか見たことなかったりして。空は真っ青な雲ひとつない碧空、空と海と乾いたエンジンの音が、青春の甘酸っぱい香りを風になびかせて走り抜けて行く。思わず無性に踊りだしたくなって僕はアクセルを踏み込んだ。
早川から箱根ターンパイクへ入る登り口で、一応安全のためにトイレに入っておこうと車を停めた。別に排尿障害とか前立腺肥大とか過活動膀胱とか、近頃よく聞くなんとも悲しい老人病とは無縁の若者だった私だが、マナーを守るのに準備を怠らない社会人だった僕は何のためらいもなくトイレにはいった。しかしまぁー汚いね。さっきまでの爽やかな気分は一発で吹き飛んだ。今はシャワートイレぐらいは設置されてるかも。何しろ20年前だから、そこら中のインフラが比較にならないくらい臭かったのだ。昔と今を比べれば、社会の成熟度は格段に清潔になっている。人間が病原菌に弱くなるのも仕方ないなと思う。清潔に生きるという事は、人間の不潔な部分をも排除しなければならないわけで、無菌室で飼育したモルモットのように完全無欠な人間が理想になって、どんどん自然が遠のいていく。今に空を見上げても、PM2.5の心配をする子供が一般的な時代が来るかもしれない。昔は良かったな、なんてならない様にしたいな。僕は車のドアを閉めた。「いけね、手を洗ってないよ、何てこった」、もうハンドルを握ってしまってる。まぁいいや。旅の恥はかき捨てダァ~。
ターンパイクは峠道の連続する楽しい道である。幅も広くて走りやすい。車は真っ直ぐ走るよりカーブを駆け抜ける方が数倍面白いという事を初めて知ったのがこのターンパイクである。対向車も少なくて大型の車は入って来ない峠道はドライバーの楽園だ。右にカーブを切ったと思えばすぐに左のカーブが現れる。少しブレーキを踏んで減速しつつ頭を回してカーブの出口に向け、同時にアクセルを踏んで姿勢を安定させ加速する。車体はグッと沈んで外に膨らむがアクセルを踏む事で水平に回転する。初めてこの動きを知った時、ドライバーズシートの辺りでジワーッと水平回転し、外側に放り出されるようなGが全く掛からないので宇宙遊泳のようであった。僕は調子に乗って何度も繰り返しては愛車の挙動を楽しんだ。
面白すぎるカーブの連続を一気に走り抜けて、ちょっと高台の見晴らしが良い場所に止めて車のドアを半開きにし、タバコを胸ポケットから出して火をつけた。素晴らしく良く晴れて遠くの山並みまでクリアに見える、オープンカーの醍醐味を満喫出来る「ドライブの王道」だ。こんな時、胸のすく爽快感とともに吐き出すタバコの煙が、ゆったり風に舞って目の前を横切る。5~6分そのまま佇んでからセンターラインの引いてある車線の流れに車の頭を乗り入れた。まだ朝の10時、伊豆の旅は始まったばかりである。
(次回からの目次予定)
(2)夏の湯河原
(3)十国峠はカレーがお勧め
(4)恋人岬の海は静かだった
(5)黄昏の135号
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