
山形県の庄内にポテンシャルを感じる理由は、日照時間が長いことにある。植物は光合成によって空気中の二酸化炭素と根から吸い上げた水から、酸素と糖類を造りだしている。水は、灌漑やレインカットによって調節可能だが、日照は覆いで遮ることはできても、雲を除去して増やすことはできない。
年間の日照時間を単純比較すると勝沼や辰野の方が庄内よりも長く、ブルゴーニュの近くDijonも上回っている。しかし、日照時間が問題となるのは、葉緑体が光を受容して光合成ができる期間となる。展葉から落葉までの5-9月の日照時間を比較するとDijonの1128時間は、日本のいずれの地域よりも格段に長い。特に梅雨のある6、7月にはひと月ごとに60~100時間もの日照時間に差が生じる。
調べた限りでは、日本の中で葉が茂っている間の日照時間がもっとも長いのは新潟市(5-9月は908時間、5-10月は1052時間)、次が酒田市と続く。梅雨等の雨雲は南から北上してくるが、山脈によって遮られるためだが、特に新潟・庄内は東や南に幾重にも山脈がある。新潟市の西には、カーヴ・ドッチをはじめとするワイナリーが登場しそこそこの成果を収めている。この土地を最初に選んだカーヴドッチは、日照時間に注目したのであろうか。
ただし、日照時間の数字は単純に比較できるものではない。北緯48.85°のパリと北緯35.69°の東京では、5月1日から10月31日までの昼の時間(日の出~日の入り)には169時間もの差がある。この間北極は白夜なので当然のことである。日照時間が延びるのが単純に良いわけではない。中学校の教科書にも登場するが、緯度が高くなると太陽光の入射角は大きくなり(下の参考図を撮影したものを参照)、エネルギーの密度は減少する。入射角をθとした場合、降り注ぐエネルギー量(下の参考図の単位受光領域に対するEの辺の値、cosθ)はcosθに比例する。Vosne-Romaneeの緯度47.16°、酒田近郊の緯度39.06°を用いると、秋分の日の南中時のエネルギー量の日は、酒田の方が1.14倍多くなる。回帰線の緯度23.26°を用いると、夏至の日の入射角は緯度から23.26°差し引いたものとなり、Vosne-Romaneeよりも酒田は1.05倍多くのエネルギーが得られることがわかる。ただし、時間に対してこのエネルギー比を乗じて解決できるわけでもない。斜面の向きによってエネルギー受容量は異なるし、そもそも葉緑体の処理能力に限界があるとすれば、短時間に多くのエネルギーを与えるわけにもいかない。
高度も日照時間を増やすためにはプラスに作用する。富士山の日の出時間は平地よりもずっと早い。高い位置からの方がより遠くを見渡せ、地平線・水平線までの距離も増えることになる。酒田市の標高0㍍地面と、同じ場所で高度600㍍の位置で5~10月の昼の時間を比べると、高度の高い位置の方が合計21時間長いことが解る。酒田の北東には東北で地番高い鳥海山がそびえる。ここの山腹であれば新潟とほぼ同じ日照時間になると考えられないであろうか?
最近まで、鶴岡を中心にブドウ栽培を考えて来たが、酒田の方が良いと思い始めている。庄内は日照時間こそ長いが高度を上げないと気温が下がらない。鶴岡の近くでは月山か朝日岳が主要な山であるが、いずれも山は内陸に入り込んでいる。これらの山の南・南東斜面はもはや庄内ではない。日照時間には妥協せざるを得ない。一方、鳥海山は海沿いにそびえている。酒田からの距離も近く、南側が庄内平野となっているので、庄内の日照メリットがそのまま使えると思うのだが。
Napaの日照時間データが容易に取得できなかったため同地の考察は割愛している。ワインインスティテュート駐日代表の堀氏からいただいたNapaについてのコメントは含意に富んでいる。一般には、高度が上がれば雲がかかるリスクが増すので日照時間の減少が懸念される。しかし、Napaにおいては、St. Helenaなどの平地とSpring Mountainなどの高地では、低地に濃い霧が広がる傾向が強いので、高地の方が日照時間が長いとのこと。私も、微気候条件について綿密な下調べをしてから場所の選定に臨みたい。
(カバーの写真は、鳥海山(標高2236㍍、東北第二の高峰)南側の山麓、河原宿付近(標高1600㍍程度)から鳥海山のいただきを望んだ写真。2008年8月中旬午前9時頃、下山時に撮影。8月でも頂上付近には雪渓が残り、豪雪地帯の山であることがわかる。)
単位:時間
日照時間 | 勝沼 | 辰野 | 菅平 | 酒田 | 高畠 | 森 | 岩見沢 | Dijon |
1月 | 198.7 | 154.1 | 124.7 | 39.4 | 71.1 | 88.0 | 94.8 | 53.0 |
2月 | 186.7 | 155.4 | 131.1 | 59.2 | 95.5 | 101.0 | 113.2 | 88.0 |
3月 | 193.7 | 176.6 | 160.7 | 117.2 | 140.8 | 138.0 | 162.4 | 140.0 |
4月 | 202.6 | 186.9 | 192.8 | 172.4 | 172.5 | 175.2 | 175.6 | 178.0 |
5月 | 192.4 | 187.5 | 202.5 | 191.2 | 177.5 | 202.3 | 196.8 | 204.0 |
6月 | 149.7 | 152.7 | 161.1 | 178.6 | 152.1 | 162.5 | 182.2 | 235.0 |
7月 | 167.5 | 161.1 | 166.9 | 164.0 | 146.8 | 126.0 | 154.4 | 266.0 |
8月 | 197.3 | 192.3 | 192.4 | 208.2 | 181.9 | 154.8 | 162.3 | 229.0 |
9月 | 148.5 | 135.0 | 136.4 | 150.7 | 128.0 | 168.1 | 166.5 | 194.0 |
10月 | 158.1 | 145.8 | 150.0 | 141.5 | 122.1 | 147.1 | 146.8 | 121.0 |
11月 | 176.0 | 149.4 | 142.9 | 81.9 | 88.8 | 90.1 | 85.5 | 68.0 |
12月 | 197.0 | 152.8 | 130.7 | 43.9 | 64.9 | 76.1 | 72.7 | 54.0 |
年 | 2163.6 | 1948.2 | 1894.9 | 1552.1 | 1541.5 | 1633.8 | 1713.3 | 1830.0 |
5-9月合計 | 855.4 | 828.6 | 859.3 | 892.7 | 786.3 | 813.7 | 862.2 | 1128.0 |
5-10月合計 | 1013.5 | 974.4 | 1009.3 | 1034.2 | 908.4 | 960.8 | 1009.0 | 1249.0 |
気象データの出所は、気象庁など
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