日々の思い

日常の出来事、思いを書き続けて、自分を見つめて行きたいと思っています。

梅の香り満ち(城南宮)

2016-02-27 21:43:32 | 日記
母のその子を慰めるように、わたしもあなたがたを慰める。あなたがたはエルサレムで慰めを得る。(イザヤ書66:13)



1昨日、梅の名所城南宮へ行けました。丁度7分咲きで見ごろです。ラッキー!



今までの冬の寒さも吹き飛ぶ美しさにうっとりです。長い冬で別世界のよう。



入口の梅の横にワンちゃんがモデルになってくれました。乳母車に乗り、浴衣におリボン。カメラマンが大勢
群がりました。





梅の時はこの離宮は大勢の人出。平安遷都の時に建立されたらしいです。みごとな多くの枝垂れ梅があって、人々を
楽しませ、まるで平安絵巻のよう。



源氏物語の女御が12単衣で出て来そうな、雅な幻想が浮かぶようです。



来るごとに竹と椿のコラボを撮ろうと懸命になるのですが、旨くいかないので残念です。ここは椿も大変美しいです。



落ち椿です。この光景が大好きで、華やかさと無常を感じます。朝に掃除のおばさんが、落ち椿を旨く並べるのか?
それとも自然でしょうか?以前は無動作でしたが。



時には梅の下の苔は美しい時もあり、まったく白くて面白味の無い時もありますが、この日は大変美しくて感動
しました。梅の落ち花びらがまた何かを感じる好きなパターンです。



池から神苑というのか小川の様な水が流れ、曲水の宴という行事がある様子です。これは池の前の苔の広場です。



朱色の塀から梅をキャッチ。
一回り書きましたが、次から少しづつ、園内を詳しく案内したいです。

上の言葉
(母子の愛は殆どが犠牲をはらう神の愛に似たところがあります。エルサレムとはイエス様が伝道された場所であり、
十字架で、誠の愛を示された場所です。この世で神が働かれた場所です。でも本当の意味は天の御国を示す
場合があります。ややこしいですが、いつか終末がくれば、この世はすっかり変わり、天国(エルサレム)は何の
苦も罪もないものに変わります。多いなる慰めであり、我々の希望です。)


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

鳥たち

2016-02-26 09:02:46 | 日記
だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。(ヨハネの福音書7章37節)





琵琶湖は鳥が大変多く生息しています。カイツムリ、鴨、北部ではコハクチョウ、雁等。水の上に群れで浮かび気持ち良さそう。守山から少し南下したところで、木に群がる鳥に出会いました。私にとって鳥は珍しいのです。





近江富士の裾には麦が多く芽を出し青々しています。本当は牧歌的な風景ですが、この日はあいにくどんよりした
天候です。



1匹の鳥が湖に浮かび何を考えてるのでしょう。





最後まで鬱陶しい暗い画像ですが、久し振りの琵琶湖はやはり広く心の故郷かも解りません。

上の言葉
(イエス様の言葉です。人生には喜びあふれた日もありますが、辛くて虚しさを感じる日も同じように多くあるのでは
ないでしょうか。そしてだらだらした心を潤してほしい時も度々あります。自分を創造された神、そしてキリストを
知らない人、また聞いてはいるけど、興味もなく受け入れられない人が多いのです。なかなか人は心を開かず、誠の神を
見ようとしないのです。すぐそばで心の戸を叩いてられるのですが。キリストはわたしのもとへ来て与える水を飲みなさいと
言ってられるのです。その水は”死”を待つ、この世の水でなく、永遠の命の水なのです。飲めばその人の心に生ける水の
川が流れます。)

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

暖冬

2016-02-24 08:27:50 | 日記
ねたみと党派心とのあるところには、混乱とあらゆる忌むべき行為とがある。しかし上からの知恵は、第一に清く、次に平和、寛容、温順であり、あわれみと良い実とに満ち、かたより見ず、偽りがない。(ヤコブの手紙3:16~17)



このなぎさ公園へ来たのは今月15日でしたのに、なんと菜の花は上だけに花を着け、もう早実になっていました。また向こう比良山は雪があるはずがありません。そうです、前日から2~3日は最高気温20度でした。雪が溶けたのでしょう。この15日は平年並みでしょうか。まことに残念ですし、こんななぎさ公園は初めてです。



このごろ奉仕で忙しくなった夫とのスケジュールが合わなくて、天候もドンよりで困った!でも仕方ありません。一杯恵みをいただいてるのですもの、我慢しなくちゃ。先日も友人から「誰でも何等か一つはつらい事を持ってるもの。眼の事も我慢しなさいね。」と言われ、その通りです。どんな人も何等か辛抱して生きています。今は今までを考えると最も幸いを与えられてるでしょう。





比良山は雪は無いけど、霧がたち込めて少しの美しさをキャッチ。



この公園の横はリゾートマンションです。風光明媚な場所なんです。



菜の花の次はひまわりを植えられ、夏にはひまわり畑になります。

上の言葉
(ねたみと党派心、、、そういった世界はつらいですね。集団ではどこもそんなものでしょうか。ねたみは人間は罪人ですから誰もが持っています。私の心にも過っては十分持っていました。シンドイものです。そこから党派心も生まれるでしょう。そういうものから逃れたかったものです。主の言葉である聖書にはそういったものからまったく逆の清さ、平和、寛容、暖かさがありました。それに見習うには、もっと主を求めて行きたいものです。)

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

冬枯れ

2016-02-22 09:04:56 | 日記
涙をもって種まく者は、喜びの声をもって刈り取る。(詩篇126:5)



朝日を浴びた後はどんより曇った天気で、風景はまさに冬枯れでした。この翌日は晴れるのは解っていましたが、予定があって難しいものです。
でも一期一会でしょう。春の様な日が続くかと思えば寒波がやってきて、その日その日頭で季節の切り替えが必要なかんじです。







川の岸辺の枯れすすきに哀愁を感じ、今にこの辺りに草が生え、若葉が美しくなる様を想像すると楽しくなります。



川の入り江に枯れた葦が群生し、寒々とした冬の厳しさを感じます。5月になれば新しい葦が生え、琵琶湖が美しくなります。琵琶湖から
流れる宇治川の下流で生まれた私はこの葦の葉でちまきをよく作ったものです。私はこのちまきを作る真っ最中に生まれたのでした。



曇りの空では琵琶湖の水もグレーで美しくないですね。



瀬田川縁で帰路に着きましたが、瀬田川の下流が宇治川で、同じ川なんですが、呼び名が違いややこしい。また春に琵琶湖へ
来たいものです。

上の言葉
(土を耕して種をまく事は大変シンドイ労働ですが、そのしんどさがあってこそ、喜びや幸いを感じるのだと思います。
しんどさを感じない人生なら、感謝な事は当然と思って、喜びと受け止められないでしょう。喜びと受けられる
のはしんどさを味わっての事だと思います。)








  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

夜明け

2016-02-20 09:19:58 | 日記
貧しい者としいたげる者とは互いに出会う。主は、この両者に日の光を見せる。(箴言29節13節)



15日だったでしょうか。夫が大津に綺麗なとこがあったので写真に行こう、というものですから、まだ暗い内に出かけました。宇治田原から大津に向かいますが、案外遠いです。大津に良いとことは?私は解らないまま、夫でないと出かけられないものですから、黙って着いて行きました。琵琶湖には着いたのですが、知らないとこへ入って行きます。アレー川じゃないですか!ここが綺麗?間違いでは?後で考えれば間違いでした。もう少し北に進んだ池との間違いでした。そこなら近江富士も見えるのに。。。年ですね。不平不満は止めましょう。私なら来れないですから、感謝しなきゃ!



何川か解らないですが、琵琶湖からは多くの川が支流となっている様です。日の出には丁度良かったのですが。向こうは集落でしょう。





風景が余り良くなくて仕方なく鳥でも撮りましょう。おまけに天気もどんよりの様です。



琵琶湖は多くの水鳥が生息しています。



変化が無いので、水面でも撮らなきゃ。朝の波模様もいいでしょうか。



朝は暗いので場所の移動もままなりません。守山以北は解るのですが。



朝の平凡な橋も絵になるでしょうか。

上の言葉
(神は貧しい人にもこの世を支配する人にも富める人にも日の光を与えられる。支配する人が誠実であれば、貧しい人も豊かな気持ちで暮らす事が出来、支配者も揺るがない。支配者が悪に傾けば、世の中は混乱を招く。)




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする