よきおとづれ  

メッセージは榎本和義牧師

7月29日(金)の聖言

2016年07月29日 | Weblog

「天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。」伝道3:1

 思い煩いの一つに、何をするにしても、いつがいいのか決めきれないことがあります。殊に、商売をする人には買い時、売り時が重要です。農家の人にも種まき、肥料やり、収穫などのときを選ばなければなりません。しかし、大切なのは、時を選ぶのは人ではなく、神様が決めてくださるのです。「思い立ったが吉日」と言いますが、「今、神様が備えてくださった」と信じることが大切です。確信がなければ待つべきです。(KE)

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7月28日(木)の聖言

2016年07月28日 | Weblog

「王はその軍勢の多きによって救を得ない。勇士はその力の大いなるによって助けを得ない。馬は勝利に頼みとならない。その大いなる力も人を助けることはできない。」詩篇33:16-17

 王様は国を守るためにより多くの軍隊を持ち、武器を備えます。しかし、それによって国が安泰で守られるのではありません。神様の助けがあり、守ってくださるから、存続しているのです。それはまた個人の生活にも当てはまります。人は財産の多きによって救われません。神様を恐れ信頼することこそ安心と平安です。(KE)

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7月27日(水)の聖言

2016年07月27日 | Weblog

「どうか、わたしたちのうちに働く力によって、わたしたちが求めまた思うところのいっさいを、はるかに越えてかなえて下さることができるかたに、…」エペソ3:20

人は自分の考えや思いが最善・最高であると思います。しかし、神様の考え、計画は人の思いの及ばないもの。神様はどんなことでもすることができます。自分の考えに固執するために、神様に信頼できず、委ねきれなくて苦しみ悩みます。そうならないように全能者である神様を信じて、自分の考えや思いを絶えず離れて、祈り神様に期待しましょう。(KE)

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7月26日(火)の聖言

2016年07月26日 | Weblog

「信仰によって、アブラハムは、受け継ぐべき地に出て行けとの召しをこうむった時、それに従い、行く先を知らないで出て行った。」ヘブル11:8

 アブラハムは神様を知らずに生活をしていましたが、神様は彼に目を留め、国を出て、親族に別れ、父の家を離れて、示す地へ行けと命じました。彼はそれまでとは全く違った人生、ただ神様を信じて生きる完全な自由の生涯へと旅立ったのです。生きる土台を国や社会、家族などから、神様の言葉に置き換えたのです。あなたは何の上に立っていますか。(KE)

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7月25日(月)の聖言

2016年07月25日 | Weblog

「だから、あなたがたも用意をしていなさい。思いがけない時に人の子が来るからである。」マタイ24:44

 ノアは箱舟を作り、大洪水の滅びから救われた人物です。彼は同時代の人々とは違って神様を畏れ正しい人でした。終わりのときのしるしが見えないとき、神様の言葉に従って途方もない箱舟を作ったのです。私たちの今日の歩みを近づいている終わりのときの救いとなる一足にしたいものです。あざけられ、物笑いになり、からかわれながらも箱舟を作るノアにあなたもなってください。(KE)

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7月24日(日)の聖言

2016年07月24日 | Weblog

「このように、わたしたちは、信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストにより、神に対して平和を得ている。」ローマ5:1

 八月になると、「平和」について考える機会が多くなります。誰もが戦争や争いのない平和を願い求めています。しかし、実現できません。人と人との間に平和を築くまえに、神様に対して平和を得ていないからです。一人一人が神様と和らぎ、平和を得るとき、世界に平和が実現します。神様と和らぐ道は唯一つ、イエス様の十字架だけです。(KE)

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7月23日(土)の聖言

2016年07月23日 | Weblog

「神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神である。人はみな神に生きるものだからである。」ルカ20:38

 聖書を読むと、神様を信じて強い信仰に生きたあかしが沢山あります。彼らは信仰の勝利者と言えます。それを読む私達は励まされますが、彼らと同じように信仰の勝利者になるには、あなた自身が彼等同様に、神様に生きることが欠かせません。過去に生きた人々の神様ではなく、今、生きているあなたの神様になっているでしょうか。(KE)

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7月22日(金)の聖言

2016年07月22日 | Weblog

「主なる神は言われる、『見よ、わたしがききんをこの国に送る日が来る、それはパンのききんではない、水にかわくのでもない、主の言葉を聞くことのききんである』。」アモス8:11
 
日々、みことばを聞く事によって、心と魂は探られ、清められ、励まされ、生かされています。これが途絶えるなら、命を失うでしょう。今日も、み言葉によって養われますが、その恵みをどれほど感謝しているでしょうか。具体的なことは分かりませんが、みことばを聞けなくなるときが必ずきます。心を引き締めてみ言葉を聞きましょう。(KE)
 

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7月21日(木)の聖言

2016年07月21日 | Weblog

「わたしたち強い者は、強くない者たちの弱さをになうべきであって、自分だけを喜ばせることをしてはならない。」ローマ15:1

 イエス様を信じて生きる者は、自分のために生きるのではありません。わたし達の持てるものはすべて神様からいただいたもの。それは神様のみこころに従って用いるためだからです。主のみこころは「隣人を愛せよ」です。不足している者の不足を補い、欠けた者の欠けを埋めることです。みこころに適う業をさせようと、主はあなたのそばに「隣人」を置いています。(KE)

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7月20日(水)の聖言

2016年07月20日 | Weblog

「主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった。」創世記2:7

 神様は万物を創造されたとき、言葉によって全てのものを造られました。ただ、人だけは「土のちり」で造られ、その鼻に神様の命の息をいれられたのです。他の被造物と決定的に違うのはここです。人は神様の命を受けて生きるものです。聖書の言葉を信じて、神様に心を向けるとき、今も「命の息」があなたに吹き入れられます。そのとき、どんな状況にあっても、輝いて生きることが出来ます。(KE)

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7月19日(火)の聖言

2016年07月19日 | Weblog

「たといそうでなくても、王よ、ご承知ください。わたしたちはあなたの神々に仕えず、またあなたの立てた金の像を拝みません。」ダニエル3:18

 人は自分の願いがかない、物事が順調に行くと、神様を信じようとしますが、逆境におかれ、試練が続くと、不信仰に陥ります。ネブカデネザル王の立てた金の像を拝むことを拒んだ三人の青年たちは、燃える炉に投げ込まれる危険をも恐れず、神様を信頼し続けました。願いがかなわなくても、神様のなさることにゆだねたのです。これが神様を畏れ敬うことです。(KE)

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7月18日(月)の聖言

2016年07月18日 | Weblog

「主はあなたを守る者、主はあなたの右の手をおおう陰である。昼は太陽があなたを撃つことなく、夜は月があなたを撃つことはない。」詩篇121:5-6

 梅雨が明けると、今年も本格的な猛暑の夏がやってきます。そればかりか世界のいたる所で異常気象に見舞われています。そのような中で、今日も無事に過ごせるのは、主がまどろむことも、眠ることもなく、わたし達を守ってくださるからです。守られているのは、神様の憐れみと慈しみのゆえであって、わたし達の功績によるのではありません。主に感謝しましょう。(KE)

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7月17日(日)の聖言

2016年07月17日 | Weblog

「わたしが天から下ってきたのは、自分のこころのままを行うためではなく、わたしをつかわされたかたのみこころを行うためである。」ヨハネ6:38

 イエス様がこの世での生き方を語った言葉です。同時に、主を信じるわたし達も、イエス様に倣って生きることが求められます。人はだれでも自分のため、自分のこころのままに生きようとしますが、それでは神様の目的にかなうことができません。主の生涯は、十字架の死を含めて、徹底して父なる神様のみこころを全うしました。あなたはどうでしょうか。(KE)

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7月16日(土)の聖言

2016年07月16日 | Weblog

「なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。」マタイ7:3
 
 目は前を見るようになっているため、自分自身を見ることが出来ません。周囲のことにはすぐ目に付きます。殊に、人様のことは小さなことまで見えます。そのため言わなくても良いことを言っては、トラブルを起こします。イエス様はまず自分を知るようにと勧めています。しかし、自分を知ることはとても困難です。ただ、聖書の言葉に自分を照らしてみるとき、悔改めて自分を正すことができます。(KE)
 

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7月15日(金)の聖言

2016年07月15日 | Weblog

「わたしは常に主をほめまつる。そのさんびはわたしの口に絶えない。」詩篇34:1

 人は気分のいいとき、思わず知らず鼻歌がでます。喜んでいる人、歌っている人のそばにいるだけで、こちらも心楽しくなります。みことばのように「主をほめ」、「さんび」することが出来ればなんと幸いでしょうか。「主をほめまつる」といっても、どうしたら良いのかわからないとき、讃美歌や聖歌などを歌うのです。悲しいとき、うれしいとき、不安な夜、声を出して歌ってください。主の愛に包まれます。(KE)

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十字架のイエス・キリスト

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