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映画「マダム・イン・ニューヨーク」


202 インド 134分 島根県民会館名画劇場にて12月13日鑑賞
監督&脚本 ガウリ・シンディー 出演 シュリデヴィ アディル・フセイン

名画劇場会員になったのは松江に越してきた2007年の秋。以来、7回目の更新になる。更新料100円、入場料800円と、わずか900円でこんな映画が見られてラッキーだ。入口で山陰インド協会の受付をしていたし、ロビーでミルクティーを提供していた。

家族中で一人だけ英語が不得手な主婦が皆からからかわれ疎外感を抱く。(インドでは小学校に入るや否や英語教育が始まるので、それができないとつらいかも知れない。日本だと方言でしゃべってバカにされるような感じだろうか。)その上親戚の結婚式に一人で渡米する羽目に。

ヒロインは小学生と中学生の2児がいるから、30代半ば~40代初めと言うところだろう。一方シュリデヴィは15年ぶりに映画出演した50歳だがこの役に十分に耐えうる若さと美しさ。日本なら吉永小百合と言うところか。少し意地悪な見方をするとこの主婦、気立てのよさとキレイな顔という「女の武器」で妻の座を手に入れ、それ以後は子供の成長についてゆく努力をしなかったのだから、家族皆において行かれて馬鹿にされても仕方ない。しかし他人事(ひとごと)ではない、新開発の機器の苦手な私も似たようなもの。

「Jazz」の発音が出来なくて自尊心を傷つけられ、「4週間英会話教室」に入学。4週間では無理だと思うが、映画のことで、または元々素養があったのかも知れない、別人のようにうまくなる。

しかしNYに英語ができない移民が多いのは驚きだった。生徒は全員「わたし、何とか、かんとか」と手持ちの単語を羅列するだけでしゃべる。この度胸こそが外国語上達の鍵。しかも、彼女に好意を寄せるフランス人の同級性と、通じない筈の自国語で語りあうシーンは素敵だ。あふれる思いがあれば伝わるといういい例だ。

彼女は4週間で英語がうまくなり、その上親戚の結婚式の準備もでき、式に級友と先生が参列し、あきらめていた修了証書ももらい、家族の元に戻り、四方八方まるく納まる。ご都合主義のシナリオである。
ただし中に心に響く素敵なセリフ(独白)がいくつかあった。

「いくら子供でも親を傷つけて良いものだろうか」
「子供に勉強は教えられるが、思いやりは教えられない」
「苦労して育ててその結果はこうなのか」
「恋はいらない、敬意がほしい」

おまけ:機中で彼女の隣に座った老紳士はアミターブ・バッチャン。
彼の名はなつかしい。吉祥寺のバウスシアターで「大インド映画祭」が催された1988年5月、「炎」1975を見た。その冒険活劇ミュージカルで主役だった彼が、本作では老人である。あの若々しかった彼も今や70歳、白い口ひげは扮装でなく本物だった。両人ともに70~80年代が最盛期だったとのこと、旧交を温めての友情出演というところだろうか。(あの夜も肌寒く、ミルクティーがおいしかった。)
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