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映画「ハンナ・アーレント」


2012 独仏ルクセンブルグ 114分 DVD ≪HannnaH Arendt≫ 監督 マルガレーテ・フォン・トロッタ
出演 バルバラ・スコヴァ ユリア・イェンチ ジャネット・マクティア アクセル・ミルベルク

ハンナ・アーレントはユダヤ人女性哲学者・思想家。1906年ドイツ生まれ、フッサール、ハイデッガー、ヤスパースに学ぶ。ナチスに追われ33年にフランスへ、41年にアメリカへ亡命、その地で1975年死去する
1960年のアイヒマン裁判傍聴記の中で使った「悪の凡庸さ」と言う表現が有名である。

彼女については上の1行以外は何も知らなかったので、見るのに非常にハンディを感じたが、バルバラ・スコヴァの演じるハンナ・アーレントが、映画の初めから終わりまで片時も休まずタバコを燻らしていたせいでもなかろうが、不愉快でたまらず、気分が収まらないので、翌日図書館で関連本※を借りて彼女のプロフィルをざっと眺めてみた。すると見よ!ハンナの顔は映画とちっとも似ていない。顔が似ていないということは意外と大きい意味がある。顔だけでなく仕草・表情・講義のやり方も、バルバラ・スコヴァのハンナは哲学者と言うより、政治家か扇動家と言えばまだしも、図々しく押しの強い、市井の中年女、悪くすると囚人上がりの女看守にさえ見える。

一方、アクセル・ミルベルク(夫役)は本人と似ている。彼はサッチャー首相を支えた夫のように頼もしい。

映画で抱いた2つの疑問が本を読むことで解けた。

その1は彼女の書いた文にギリシア語が混っていて「ニューヨーカー」編集者が「これでは読者には分らない」と言うと、「読者も学ぶべきでしょう」と答えたこと。非常識で高飛車な態度だと感じられた。が、伝記によれば彼女は14歳ぐらいから自宅の蔵書でギリシア語を読むようになったらしい。一世代前ならそれは特に驚くべきことではなかったと思う(たとえばヘッセの「車輪の下」)が、彼女は親世代の教養を自力で身につけたわけだ。
その2は「ユダヤ人指導者がナチスに協力して死者を増大させた」と言ってユダヤ人を怒らせたのだが、同じく伝記では彼女自身がフランスで収容所にいたときに、当局が求めた収監者名簿作成を最後まで拒否するという抵抗を行ったとのことである。

つまり2つとも別に机上の空論ではなく、彼女の経験に基づいて言ったのだが、自分の能力とか行動が誰にでもは当てはまらないということを忘れている。彼女の両親も、彼女自身も、一言でいえば、終始「特別な、例外的な存在」であった。そうではない周囲の一般人がどれくらい無知なうえに付和雷同する感情の動物であるかを知らなかったのが彼女の欠点だった。しかし真実一路の仮借なさは、アメリカの若い学生たちに歓迎され、講堂が満員になったとの事である。

バルバラ以外の脇役、友人メアリー・マッカーシー(「グループ」の作家)役のジャネット・マクティアや、助手のシャルロッテ役のユリア・イェンチ(「白バラの祈り」)そしてハンナの少女時代を演じた女優は、深みのある精神的な眼差しをしておりなかなかよかった。ただバルバラだけが役に合っていないように見えた。顎がとがりすぎて唇が薄すぎる。マルガレーテ・フォン・トロッタは長年のチームメイトであるから彼女を抜擢したのだろうが……。

「ローザ・ルクセンブルグ」でもそう感じたが、フォン・トロッタ監督は偉大な女性を、平凡な女性らしさの面から描くのが得意である。女性はみんな、愛を求めているという点で世のすべての女性と一緒だと言いたいのだろう。それは親近感を呼ぶかもしれないが、私はむしろ、偉大さの方に主眼を置いて描いてほしかった。誰もが持つ女性としての弱さなど、わざわざ映画にしてもらわなくても至る所に転がっているのだから。

ジャネット・マクティア
 →「アルバート氏の人生」15-2-5

ユリア・イェンチ
 →「ベルリン・僕らの革命」10-12-28

バルバラ・スコヴァの出演映画(私の見たもの)
  1981製作「鉛の時代」 1983「赤道」 1985「ローザ・ルクセンブルグ」 1993「Mバタフライ」1

マルガレーテ・フォン・トロッタ監督の作品(私の見たもの)
  1977製作「第二の目覚め」 1979「姉妹たち、又は幸福の均衡」 1981「鉛の時代」
  1985「ローザ・ルクセンブルグ」 1988「三人姉妹」

※関連本(2014年刊) 
 →矢野久美子「ハンナ・アーレント」中公新書
 →川崎修「ハンナ・アレント」講談社学術文庫
 

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