こんな本を読みました

気ままで偏りのある読書忘備録。冒頭の文章は、読んだ本からの引用です。

『セラピスト』(最相葉月)

2014-05-29 | ルポ・エッセイ
どんな資格をもって、どのように治療に臨むのか。そんな基本的なことさえ混乱しているのに、
世の中は未曾有のカウンセリングと心理学のブームである。


 ハードカバーは収納の都合上、ほとんど買わないのだけど、これは読まなきゃ!と迷わずレジに直行した
一冊。その割に、しばらく積ん読状態だったのだが。心理学、カウンセリングにはずっと興味をもっている。
講演には一度しか行ったことがないけれど、故河合隼雄先生は尊敬してやまない心の師匠だ。カウンセリン
グの勉強にも、簡単なセミナーに通う程度だが取り組んだことがある。「人に人は癒せるのか」…これは、
私がずっと抱え続けている疑問だが、どこへ行っても、何を読んでも、すっきりと解決されることはなかっ
た。そればかりか、疑問はますます深まり、セラピストという仕事自体にも疑問符がついたままだ。
 そんな気持ちに、まさにぴったりはまった本。自ら大学院でカウンセリングを学び、著名な先生のセラピー
を受け…と、著者自ら飛び込み学んだ体験の深さにも、説得力がある。自分が民間のちょっとした講座で感
じたこと…こんな浅い学びで簡単にセラピストって承認されていいのか?なども、まさにその通りで、適性
のあるなしもちろん、本来は数十年経験を積んでようやく一人前なことも書かれていて、すっきりした。
 それにしても、現代人の心の病巣は深い。…というか、理解不能な部分が多すぎる。特に最近の若者の傾
向は、読んでいて暗澹たる気持ちになった。やっぱり自分には無理な仕事だ(いや、なる気もないけど)。
ただ、ここに描かれた素晴らしいカウンセラーの先人たちの言葉や態度は、これまでのどんな学びより心に
響いた。惜しむらくはそれがほんの一握りの人々であること、じっくりクライアントに向き合う河合先生の
「箱庭療法」が過去の遺物になるほどに、現場に余裕がなくなっていることは、殺伐とする現実である。
 『絶対音感』以来の最相さん。寡作ではあるが、彼女のとらえるテーマはいつも興味深い…割には読んで
いないのだけど。次は『星新一』を絶対。

『つねならぬ話』(星新一)

2014-05-24 | ミステリー、ファンタジー
しかし、そう終わらせては、よくできた話になってしまう。

 中学時代に、読書の楽しみを教えてくれたのは星新一だった。クラスメートと学級文庫の星新一を争う
ように読んだなあ。そのうち、秀逸なショートショートを書く人もでてきたりして…Kくん、どうしてる
んだろう。…なーんて、過ぎ去りし青春の思い出とともに手に取った1冊。といっても、初出が昭和63年、
文庫あとがきが平成6年だから、晩年の作といっていい。…だからか?え?こんなんだった?と戸惑いを
禁じ得なかった。特に冒頭、神話を下敷きにした「はじまりの物語」は、神話への理解が乏しいせいもあっ
て正直、よくわからなかった。ヤマもなくオチもなく、淡々と進んで終わり、ただ不思議な余韻だけが残
る短い物語の連続。切れ味鋭いオチに感服した昔の記憶は…若かったせい?…いや、これがこの時代の星
新一なのかな。葛藤しつつ、読み終えた。結局、「つねならぬ」ことを、淡々と綴る掌編なんだな。あえ
てのはずしか。うーん、でも私的にはパンチ不足…あらためて初期の作品を読みたくなった。

『ハルカ・エイティ』(姫野カオルコ)

2014-05-17 | 現代小説
「せや、なんでもぜんぶすみからすみまで説明できるもんやあらへんがな」
「ほんまや、ほんまにそう思うわ、うちも」
「なあ」
「うん……」
 ふたりは長い夫婦である。風鈴が鳴り、晩夏は暮れていった。


 図書館でなんとなく手に取って、そのまま借りた一冊。女の一代記やん、好きなやつやん!と読み進ん
で気がついた。楽しく読めた。面白かった。なのに、なんだろうこのちょっと「惜しい」感じ…
 文体は平易で親しみやすい…が、あまりに構えなさすぎて格調に欠ける。それが狙いなのかもしれない
が、身も蓋もないなあ~と興ざめしてしまうことが何度か。言いたいことはわかるし、共感できそうなの
に、なんだろう、今一歩かゆいところに手が届かない感じでぐっとくる言葉が出て来ない。ストーリーも、
冒頭の「今ハルカ」さんと時代をさかのぼっての「ハルカ」さんの性格に隔たりがありすぎて、違和感を
ぬぐいきれないまま最後まで来て、「ここで終わるんかい!」と残念な気分。いや、みなまで言わないと
いうのが作者の美学なのだとあとがきにも書いてあったのだけど…ピックアップした文章も、そういうエ
クスキューズもあるのかなあなんて穿った見方をしてしまうのだけど。最初に出てきたハルカさんが強烈
で魅力的だっただけに、もうちょっとだけでも、納得のいくつなぎが欲しかったなと思う。
 その意味では、お友達の元華族のお嬢様、日向子さんの存在が私的にはとても面白かった。しゃべり方
はこうめちゃんやし。(わかる奴だけわかればいい)そうそう、舞台は滋賀県の架空のまちというのも、
親近感があってよかったのだ。

『空飛ぶタイヤ』(池井戸潤)

2014-05-08 | 現代小説
「いつか風向きが変わるときが来ますって。それまで歯を食いしばって
やれることは全てやる。いまはそれしかない。違いますか?」


 半沢直樹で大ブレイクの池井戸潤ですよ。マイファースト池井戸。最初に読むならこれかな~と思って
いるのがあって、電車に乗る前に慌てて「これこれ」と思って買ったらしまった!間違った。読みたかっ
たのは『下町ロケット』だったのだ。ま、いいか。
 で、期待を裏切らない勧善懲悪もの。悪役は容姿の描写からして悪役とわかる悪役、さわやかで正義感
が強い主人公の逆境に次ぐ逆境、熱い仲間たち、敵か味方か的ダークヒーローもいるでよ。はげます妻子
もがんばってるでよ…と、とにかくわかりやすい。そりゃもう、こちらまで歯がみする怒濤の展開だけど、
最後はこうきてこうきてこうなるでしょ、絶対、という安心感があるから、必要以上にハラハラしすぎる
こともない。お約束がきっちり守られて、伏線がきちんと回収されて、最後はヒーローが勝利し悪者は去
って大団円。…エンターテイメント的には大成功なんでしょうね。ニッポンジン、コンナノダイスキネ。
私も久々に続きが気になって、一気読みしてしまったカタルシスを味わうには最後まで読むしかないから。
確かに映像映えする作品。娯楽としては十分面白かった。
 ただ、あまりにも善悪がはっきりしすぎているだけに、心にしみいるようなタイプの小説でないのが、
少し好みと違うかな。いや、先代から仕えている番頭はんが発した上のセリフなんて、私まで励まされた
けどさ。あと、ストーリーに広がりを持たせるために?投入されたPTA関連、モンペの話、なんだかごっ
つー不快で、いらないと思った。私はね。
 あと、…この人の、続けて読んだら飽きそうな気がする。そのうち『下町ロケット』も読んでみて、ど
う思うかだね。
(大ヒット作家に向かって、この偉そうな上から目線…このブログはそういう仕様なのでお許しください)
↑何をいまさら

『われにやさしき人多かりき わたしの文学人生』(田辺聖子)

2014-05-03 | ルポ・エッセイ
私は、小説の効用は〈人生のおちょくりかた〉を暗示する点にもあると思う。
艱難辛苦の人生、〈おちょくら〉ないで、どうして凌いでいけよう、というところだ。


 おちょくるとは、ふざける、からかうなどの意味の大阪弁。一貫して大阪、厳密には神戸を含む人々の生き
ざま、恋愛模様を紡いで来た小説の名手の心に残るひとこと。本書は2006年に配本が完結した『田辺聖子
全集』の自作解説を再編集したもの。田辺聖子といえば、子どもの頃から思春期にかけて大ブームで、彼女の
少女小説は星新一や北杜夫と並ぶ愛読書だった…ように記憶している。少し大人になってから手を出したのは、
古典もの。「舞え舞え蝸牛」とか、タイトルが個性的なものが多く、本棚に並んでいた光景が記憶の片隅にあ
る。…が、が、彼女の小説の本当の魅力に気づいたのは十分すぎる大人になったここ何年か、そうそう、NHK
の連続テレビ小説「芋たこなんきん」でそういえば好きだったな~なんて手にとったあたりか。そこで、衝撃
を受けるのである。こんなに素晴らしい小説を書く人だったんだ!と遅すぎる再発見の感動に打震えたのだ。
 そして今ふたたび、作者自身による解説…いや、単なる解説にとどまらず、小説観、人生観、すべてが凝縮
されていて、彼女の作家として人としての魅力が堪能できる本書が読めたことをとても幸せに思った。読んで
いて何度感動して涙ぐんだことか。解説なのに、だぜ。ボキャブラリーの豊富さ、やわらかでいて的確な表現、
根底にある信念と願い、あふれるバイタリティ…そしてなんともいえない可愛らしさ。なんて魅力的な人なん
だろう。小説家はかくあるべき!と思わずにはいられない。もちろん解説されている小説は、すべて読みたく
なった。いやあ、全集、欲しいわ。また装丁がいいんだ(もちろんググった)。買っても置く場所、ないんだ
けどね…
 そしてしみじみ思うのは、戦争を乗り越え生き抜いてきた世代のたくましさと懐の深さ。今、小説を書いて
いる人にいないよなあ、こんな人…と思うと淋しくてならない。