こんな本を読みました

気ままで偏りのある読書忘備録。冒頭の文章は、読んだ本からの引用です。

『車谷長吉』『贋世捨人』(車谷長吉)

2015-06-30 | 現代小説
併し僕は人の一生は、風呂桶の中に釣糸を垂れ続けるようなことだと思うんだ。
正気で風呂桶の中に釣糸を垂れ続けて欲しいんだ。(『贋世捨人』)


 記憶はおぼろげだが、私小説にかかわるエピソードを目にして、うわ~なんか壮絶な人だなあ、読んで
みたい!と思っていたのが1、2年前か。と思っている間に、先日亡くなられてしまって驚いた。まだそ
ういうお歳でもないのに無念・・・
 ということで、ずっしりとくるものを読みたい気持ちもあり、図書館で目についた超短編集と半自伝的
な1冊を借りてきた。というか、読んだところ、ほぼ私小説?ウィキではトラブル以降私小説作家を廃業
したとあるが、どうも私の行く図書館にはそれ以降の本を置いていないみたい。
 期待?にたがわぬ壮絶人生、精神的には泥水の中を這い回るような凄まじさを感じるが、客観的に見れ
ば大学も就職も難関をすいすいとパスするわ、人の引き立てもあるわで、実はとても優秀で賢明な人だっ
たんだろうと思う。しかしその胸の奥にとぐろを巻いているものはやはり、常人とは一線を画すのだろう。
書いたものを見れば一目瞭然ということで、編集者の力のいれように驚く。しかもおそろしいスパルタ。
何十回も原稿をボツにし、書き直しを迫るって、普通の神経を持っていたら逃げ出すよな。車谷氏も結局
逃げ出したわけだけど。この状況に比べたら、最近はぬるいのでは。知らんけど。
 引用は精神医学研究所に勤めて、自らも精神のバランスを崩しそうになった友人が主人公に小説を書き
続けることを強くすすめるくだりから。気づいていない人が多いけど、大きな目でみたら世の中で自分の
やってることに価値なんかないんだと。でも、それが生きるということだ。身も蓋もないけれど、ガツン
とくる言葉で、このとき友人31歳、主人公28歳というのがまた凄い。乗り越えてきた時代と経験が違
うとはいえ・・・なんかこう、自分ももっともっと真剣にがんばらねばと思った(遅すぎる)。
 といいつつ、次も車谷を借りようかと手にとったけど、ちょっと休もう・・・心にハードすぎる。

今回の赤っ恥…「併し」がずっと読めず適当に読んでいた。「しかし」か~その発想はなかったわあ~

『河合隼雄自伝 未来への記憶』(河合隼雄)

2015-06-25 | ルポ・エッセイ
ぼくはこのような傑作な話いっぱいあるんですけれども、あんまり言うとみんな
喜びすぎますからね。


 ご逝去から8年がたとうとしている今も、その死が惜しくて悲しい。まだまだ生きていて欲しかった人
のひとり、河合隼雄先生。いつかお会いしてみたいと思いながら、結局人ぎゅうぎゅうの講演会にたった
1度行ったことが宝物のような思い出になってしまった。著書を読んでも、あらゆる発言からも、深いや
さしさと思慮が感じられて、本当に尊敬すべき人だと心で慕い続けてきたが、この自伝を読んでその原点
を知った。丹波篠山の豊かな自然に恵まれた環境、地域の人々の尊敬を集める名家で、厳格なお父様、明
るく強いお母様のもと、才気あふれる5人の兄弟とともに心理的にも物理的にも豊かに育った人なのだ。
先生の素晴らしいコミュニケーション力と思いやりがどのように培われたのかがよくわかった。
 それでも、大学に入った当初は劣等感に苛まれていたり、方向が定まらず1年休学したりと、それなり
の挫折も味わい、それゆえにさらに深く人間性が培われたことにも納得。波乱万丈ではあるが、持ち前の
コミュ力と地頭のよさと好奇心で、たとえ海外であっても臆せず自己を開放し、どんどん人生を切り開い
ていくさまは小気味良い。ユング研究所の博士号の試験で教授とやりあった話など、意外な頑固さを感じ
させるエピソードもあり、それがまた面白かった。
 また、感心したのはこの文体で、編集者が聞き書きでまとめたものだが、まさに河合先生の話し言葉そ
のままという感じがしてやわらかく、すいすい読めるのだ。同じ言葉の反復があってもそのまま。書き手
としてはついカットしてひとつにまとめてしまいたくなる文章も、重複して使われている。引用の表現な
ども、何度出てくることか。結果、河合先生の口癖や話し口調が、生き生きと伝わってくるのだ。さりげ
ないけど、巧みなテクニックだと思う。
 息子さんによるあとがきまで読んで、あらためて先生の歩んでこられた道の尊さを思い、とても明るく
あたたかな気持ちになれた。…が、そのぶん、本当に惜しい人を喪ってしまったとしみじみ悲しくなった。

『人質カノン』(宮部みゆき)

2015-06-25 | ミステリー、ファンタジー
「あたしはね、お嬢さん。人をひとり殺してやろうと思って、それで運転免許を
とろうと決めたんです」
(『十年計画』)


 都会に生きる人々の日常に突然降ってくる非日常を描いたミステリー短編集。ちょっとした運命のいた
ずらでラッキーに転ぶこともあれば惨劇につながることも。すべてがハッピーエンドではないのだが、随
所に宮部さんならではのやさしさがしのぶ。個人的にはやはり読後にハッピーになれるのが好み。その意
味で、この『十年計画』の着地はとてもよかった。あと、女性が自殺場所を求めてさまようシーンからは
じまる『生者の特権』も好き。傾向的には軽く始まれば重く終わり、重く始まればほっとする結末?その
あたりの構成もやっぱり見事。おっと、これってネタバレ?・・・と配慮するほども読まれてない文章な
のでいいよね。(読んでくださっている方、ごめんなさい)

『バタフライ和文タイプ事務所』(池内紀・川本三郎・松田哲夫編)

2015-06-24 | 現代小説
活字管理人の鉛色の指は、何もかもを捕らえてさすり、押し当て、くねらせるのです。
(『バタフライ和文タイプ事務所』小川洋子)


 「日本文学100年の名作」シリーズ第10巻。2004年から2013年の間に発表された珠玉の中
短編を年1本ずつ紹介。これがもう、頭の悪い表現で申し訳ないが、凄くよかった!のひとこと。作家ご
とにまったく味わいの異なる物語、それぞれに染み入るような感動があり、一作読み終わるごとにほうっ
とため息をついて宙を見つめる感じ。読み進むのが楽しみだけどもったいない、大事に大事に読み進みた
いと心から思えた。作家渾身の一作の余韻をしばらく味わってから次の物語に進まないと失礼だという気
持ちからか。
 とにかくどの作品も印象深かったが、実は読み終えてから少し時間がたって、距離を置いて考えると好
きな作品が浮かびあがってきた。
 やっぱり圧巻は表題作、『バタフライ和文タイプ事務所』の発想と豊潤な表現のエロティシズム。小川
洋子の真骨頂という気がする。伊集院静『潮騒』の静けさ、恩田陸『かたつむり注意報』や森見登美彦
『宵山姉妹』の幻想、三浦しをん『冬の一等星』、角田光代『くまちゃん』のせつなさもたまらない。
あ、やっぱり挙げていくときりがない。あれもこれも好きだ。
 それにしても完結の10巻めにしてこんなアンソロジーがあることを知ってしまった。1巻から読みた
い~けど経済的物理的に揃える余裕はなし!でも次読むならどの年代かな~とついついリストを眺めて考
えてしまう。

『富士正晴 1913-1987』(富士正晴・ちくま日本文学全集)

2015-06-13 | 近代小説
けれど丁玲はそれを書いて死なず、久坂葉子は死んだ。それは自分の生活難に
敵対したか、溺れたかの違いであろう。(
「久坂葉子のこと」)


 昭和の文豪?の作品が読みたくて、ぱっと手にとったのがこれだった。大昔に小説を読んだか読まな
かったか。これは私小説3割、随筆や評論7割といったところか。富士正晴という人となりを初めて知
れた。
 冒頭の小説2作は、飄々とした筆致で、昭和の薫り濃く人物も濃すぎるほど濃く、「うわ~おもしろ
い!」と興奮したのだが、その後に続いた戦記物?は辛かった。戦場では人命も性もこんな扱いだった
んだ・・・淡々と書き連ねられる日常があまりに異常で救いがない。でもこんな時代があったことは、
事実として受け止めねばならないのだろう。
 そして文学に傾倒した日々を綴った自伝的随筆では、若かりし日に師匠と崇めた人を、そして同士と
して認め合った久坂葉子という女性を自殺というかたちで喪ったことがこの人の心に大きな楔を打ち込
んだことを知る。同様の海外の女性作家と比較しながら、彼女はなぜ死ななければならなかったかを冷
静に分析した随筆は、無念が伝わった。で、さらに年を経て書かれた「軽みの死者」の人との距離感が
かなか小気味よく。ことに久坂葉子の母の死がとても幸せに書かれていて、ほっとした。
 富士氏は変わり者で不器用で面倒臭がりにもほどがあり、薄汚れて格好悪い。けれど、情があっておも
しろい人だと思った。やっぱり生き方そのものが文学してるんだよなあ。