こんな本を読みました

気ままで偏りのある読書忘備録。冒頭の文章は、読んだ本からの引用です。

『怒り』(吉田修一)

2017-11-16 | ミステリー、ファンタジー
「ほんとにイカれてる奴ってのは、ああいう顔してんですよ。一見、普通の顔してっけど、
その普通の顔で人殺すんですよ」


 なんの咎もない若い夫婦が惨殺され、現場に「怒」という血文字が残されていた事件から、物語は始まる。
容疑者はすぐに割り出されたが、その行方探しは難航。読者にだけわかる形で、房総、東京、沖縄に同時多発的
に現れる「犯人らしき」人物と、それに絡む人間ドラマが同時進行していく。それぞれに謎が多く怪しいけれど、
それぞれに人間性も垣間見え、混乱の末に行き着く、真犯人。久々に先が気になってやめられず、あっという間
に読み終えたミステリーだった。“容疑者“にそれと知らず関係していく人々も、みな問題を抱えつつ日々を生き
ている。そのあたりの描き方は丁寧で、同じ目線で息が詰まる思いをしながらも、「待て待て、その人は〜」と
いう天の目もあるので、感情の振れ方も大きい。だがしかし、キーになる事件の真相の部分がちょっと中途半端
というか消化不良に終わってしまった。いや、「その程度」のものだったからこそ、怖いのか。そう思うと、な
んてことない人物が語った引用の文が、妙に心に残ったのにも納得がいくのだ。
 これは映画も見てみたいな〜キャスティング、なかなか絶妙ではないか。 

『飢え』群ようこ他 林芙美子ものいろいろ

2017-11-08 | 近代小説
静かに頭を上げると、見渡す限り蒲団の上は荒野であった。
蒲団の上に、メフィストが爪を立てて踊っている。
(ちくま日本文学 林芙美子 『夜猿』より)


 9月は、林芙美子ものをダラダラ汗をかきつつ読んだ思い出。(もう11月^^;)
なーんかの短編を読んで引っかかり、そういえばまだ読んだことなかったわ!…今年は尾道にも行ったのに!と
まずは写真のエッセイを手にいれる。エッセイと評伝の中間くらいかな。
 とにかくたたき上げの人。正直で情があって、でもわがままで自己顕示欲が強い。生きるために、息の詰まる
ような暮らしに耐え、でも時々は何もかも放り出して故郷に帰り・・・などなど、波乱万丈の一言では語れない。
やはり『放浪記』の凄さは圧巻であった。彼女の描写の巧みさにつられ寒かったり暑かったり痛かったり。かつ
その生きるパワーに圧倒され、自分なんかまだまだだな、と思える。非常に興味深い人物である。
 …といいつつ、ピックアップしたのは放浪の画家・青木繁の晩年を描いた短編。彼女の手にかかれば
絶望さえもドラマティックだ。
 もっと読みたい、その生涯を追いかけたいと思える作家だった。