こんな本を読みました

気ままで偏りのある読書忘備録。冒頭の文章は、読んだ本からの引用です。

『ヘリオット先生の動物家族』(J・ヘリオット)

2016-09-14 | 現代小説
「ヘリオットさん、この犬、変わりましたでしょ」

 古本フェアで何気なく手にとった一冊。イギリス・ヨークシャーで獣医師として活躍するヘリオット先
生の日々を描いたもので、本来、ルポやエッセイに分類すべきところだけど・・・あまりにもドラマティ
ックなので、小説にしてしまった。いやあ、買おうか迷ったけど、当たりの本だった。
 獣医といっても、少し昔のイギリスの田舎、診るのは牛や馬がほとんど。事件らしい事件が起こるわけ
でもないが、オムニバス的に綴られた日常のエピソード、ひとつひとつが味わい深い。動物家族といいつ
つ、動物と向き合う人々を描いているんですな。どうしようもなくむかつく人間もいるし、幸せを祈らず
におれない真摯な人間もいる。ヘリオット先生はときに情けなくもあるけれど、その視点のやさしさ、器
の大きさは全編から伝わってくる。淡々とした描写がいいんだな。
 この本は電車のなかで少しずつ読んだのだが、途中、たまらず涙をこぼしてしまったことが2回。心に
しみいるエピソードがいくつもあった。引用は私自身の関心ごとのひとつ、「保護犬」問題を実に感動的
に描いた一作より。ああ、今思い出すだけで泣きそう。
 軽妙な文体も読みやすいと思ったら、元上野動物園の名物園長、故・中川志郎さんの訳だったところも、
一粒で二度おいしい感じ。

『E.A.ポー』(エドガー・アラン・ポー)

2016-09-09 | ミステリー、ファンタジー
ぼくたちはそれから、腕を組み合って通りに散歩に出かけ、その日の話題について
語りつづけたり、遅くまで遠歩きしたりして、ただあの静かな観察のみがあたえて
くれる無限の精神的興奮を、人口稠密な都会の、凶暴な光と影のなかに求めたので
ある。
(『モルグ街の殺人』)


 詩からゴシックホラー、ミステリーまで全20編、ポーを堪能する1冊。日本人にことのほか愛された
作家であり推理小説というジャンルをはじめて打ち立てた人でもあり・・・要はこの帯のとおり「すべて
の原点にポーがいる」ということをあらためて認識する一冊である。
 大昔に『黒猫』『モルグ街〜』はじめ、代表作をいくつか読んだが、ほとんど内容は忘れていた。モル
グ街なんかえっそんなオチ?だし、やたらと長い『アーサー・ゴードン・ピムの冒険』は荒唐無稽でその
ギリギリな感じは筒井康隆のスラップスティックを彷彿とさせる。しかし、オールOK、なぜなら「原点」
だから。ポーの前に道はなく、すべては彼が独自に築き上げたものという事実を知ると、ただ愕然とする
しかない。また、文体が、仰々しくも実に重厚で端麗。ちなみに引用の訳は丸谷才一先生。あとがきによ
ると歴代の訳者には錚々たる文学者の名が並ぶ。乱歩はもちろん、鴎外、谷崎…小林秀雄や福永武彦まで!
(福永武彦訳のポー、読みたい!)本書のなかには桜庭一樹による「翻案」も含まれていて、さすがにわ
かりやすく読みやすいのだが、やや軽妙さに違和感。やっぱりポーは重く毒々しくなくちゃ!と思ってし
まうのだ。私が求めるポーの真骨頂は『アッシャー家の崩壊』かな。閉ざされた空間の濃密な気配、来る
ぞ来るぞというゾクゾク感がたまらない。その意味で、引用したモルグ街の一文も、これから起こること
への期待感と、腐女子的萌え要素が入り混じって、今読んでも実に新鮮だった。オチも含めてな。(だか
らオチって言うなって?)
 でも、たぶん読む人によって、好みははっきりと分かれるだろうし、だからこその根強い人気なのだろ
うな。いや〜、やっぱり古典はいい。この「ポケットマスターピース」シリーズ、ほかにもいろんな作家
がピックアップされていて、カフカやルイス・キャロルにも興味津々。買っちゃうかも。最近図書館にい
く時間がないので、どんどん本が増えてしまうのが問題〜


『横道世之介』(吉田修一)

2016-09-08 | 現代小説
世之介と出会った人生と出会わなかった人生で何かが変わるだろうかと、ふと思う。
たぶん何も変わりはない。ただ、青春時代に世之介と出会わなかった人がこの世の中には
大勢いるのかと思うと、なぜか自分がとても得をしたような気持ちになってくる。


 あまりにも放置しすぎて、ついに「広告」が出てしまったので大慌てでひとまず一番近々に読んだ本を
アップ!というか、これ、ずっと映画が気になっていたのだけど、小説を読んでますます観たくなった。
ときは80年代、故郷を離れ、東京の大学に入った世之介の1年間を描いたもの。もともとこういう青春
ものって大好物なんだな。古くは村上龍の『69』なんかも何度も楽しんだ。
 こちらは60年代よりもモラルが崩壊しイケイケのゆるゆる、バブル絶頂の時代。事件らしい事件も起
こらず、世之介のダメダメっぷりが炸裂しっぱなしなんだけどそれが妙に心地いい。こんな時代だったよ
な〜というほどよいノスタルジーにひたったあと、世之介にかかわった人の「いま」が描写される構成が、
ちょっとせつない。引用は、そんなある人物の回想。え?あんた、そんなに楽しかった?と驚きもしたが。
あらためて反芻すると、たしかに読後、浮かんでくるのは世之介の人のよさげな笑顔ばかり。いつしか、
とっても彼が愛おしくなっている。なんでだろう。どうしてこんなに彼に惹かれるんだろう。そう思って
読み進むと、ラストのお母さんの言葉が、すべてを象徴していた。ここで涙腺崩壊。個人的にこうあらね
ば、というこのところの自分の気持ちとリンクするところもあって刺さりまくった。今でも思い出すと泣
けてしまう。お気に入りの青春小説がまたひとつ、増えた。