こんな本を読みました

気ままで偏りのある読書忘備録。冒頭の文章は、読んだ本からの引用です。

『城塞』(司馬遼太郎)

2016-07-10 | 歴史・時代小説
幸村がこのとき嘆じて、
—古今の悪人とは駿府翁のことかな。
と、息子の大助にもらしたというのは、のちのちまで語りつがれた。


 上中下巻でけっこうなボリューム。ほんとは『豊臣家の人々』が読みたかったのだけど、たまたま本屋さ
んになくて手にとってしまったが最後・・・いや、面白かった。豊臣家滅亡までの日々ね。
 司馬さんはほんとに家康憎しで太閤びいきなのな。なにせ大阪冬の陣・夏の陣で家康がやったことは「犯
罪」とばっさり。側近の奴らも、ひくほど悪人揃いですわ。昔から判官贔屓のケのある私にとってはさほど
違和感はないのだけど、ときにそこまで言う?と思考停止しそうになるほど辛辣であった。たしかに家康の
老獪でいて臆病なところとか、どこを切っても「やな奴」である。それにひきかえ淀殿をはじめとする豊臣
家の人々の間抜けぶり、もしくは自分だけはなんとか生き延びたいという右往左往ぶりが悲しく。あくまで
司馬さんの想像な、フィクションな、と心で注釈をいれつつも、事実はこうだったに違いないと思わざるを
えないリアリティがあって、なんだか自分のなかの武将像がかなり崩れてしまった。
 それだけに真田幸村、後藤又兵衛の格好よさは引き立った。絶望の淵にあっても「次なる策」を持ち続け
た幸村という人間の清々しさよ。この本を開いたとたん、頭のなかで真田丸のメインテーマが流れるのだが、
うん、がんばって描き切ってほしいね(上から目線)ただ、大河の家康は愛らしいんだよなあ。

『ことり』(小川洋子)

2016-07-10 | 現代小説
小鳥のさえずりだけをお手本に、お兄さんはただ一人、自分で自分の耳に音を響かせながら、
小島に散らばる言葉の石を、一個一個ポケットに忍ばせた。


 いつの頃からか「小鳥のおじさん」と呼ばれるようになっていた初老の男性の死から、物語は始まる。
小鳥のおじさんがそう呼ばれるようになった経緯、そこに至るきっかけをつくった兄の存在と話は紡がれ
ていき…
 幼い頃から、人とは違う言語を持つようになったお兄さん。世界で唯一、その言語を理解することので
きた弟。そのつながりは濃厚で、世界は閉じ続けている。お兄さんの言語について、さまざまに説明され
る文章が、繊細でいかにも小川洋子チック。引用から続く次のセンテンス「小鳥たちのさえずりからこぼ
れ落ちた言葉の結晶を拾い集めていった。」も捨てがたい。でも、あまりにも閉塞感があるせいか、ちょ
っと読み進むのが苦しかった。兄弟の小さなチャレンジや小父さんの恋心にも、悲しい予感しかしないの
だもの。ま、最初が小父さんの死だもんな。でも、淡々とした日々のなか、ささやかな幸せに彩られた、
ささやかな人生は、やはり美しい。「俗物」の試練がちょっときつめの、ザ・小川洋子ワールドだった。