こんな本を読みました

気ままで偏りのある読書忘備録。冒頭の文章は、読んだ本からの引用です。

『川は静かに流れ』(ジョン・ハート)

2014-07-26 | ミステリー、ファンタジー
鹿が荒い鼻息を吐いたとたん、僕の胸のなかで奇妙な感覚がわき起こった。
痛みに満ちた安らぎとでも言おうか。




 アメリカ探偵作家クラブ最優秀長編賞受賞作というふれこみに惹かれて手にとってみた。ベースはミステリー
だが、いわゆる犯人さがしにワクワク…という類いのものではない。「これは家族をめぐる物語である」と
作者自身が語っている通り、自殺、トラウマ、殺人事件を軸にしつつ発生する人間関係のこじれ、さまざま
な葛藤が話をひっぱっていく。ひたすら重い。でもアメリカ映画にありそうだな~という雰囲気の、練られ
た話。決して壮大ではないけど。みんな真面目に一生懸命生きるゆえの悲劇がベースなんだね。。
 繰り返し出てくるモチーフに撃とうとして撃てなかった白い鹿があって、主人公の深層心理を語るものと
して、象徴的に機能していると思った。父親との気持ちのズレとかね。至る所でお互いが思い合っているの
がわかるだけに、噛み合わないことがはがゆくてじりじり…。でもまあ、悲惨な事件が重なるなかで少しず
つ回復されていく絆に、読後感はさわやか…と言わんまでも救いがあってよかった。
 ちなみに私の推理はまーったく当たらなかった。

『家族野菜を未来につなぐ』(三浦雅之・三浦陽子)

2014-07-08 | ルポ・エッセイ
伝統野菜の種を探し、その在り方や存在を探るうちに、まるでその宝に寄り添うように、
種とともに地域に残り、ひっそりと受け継がれていたのは、日本が誇るべき、いにしえの
文化や知恵だということに気が付きました。


 仕事がらみの課題図書だったのだけど、福祉の世界から予防福祉へ、そして「農」を中心としたライフ
スタイル、地域の振興へと視野と自らの世界を広げていったご夫婦の信念とパワーに感服。モノと情報が
あふれ、拝金主義がまかりとおる現代社会に矛盾と疲弊を感じ、プリミティブなものにやすらぎを求める
人は増え続けている。その究極のかたちが「農」なのではないだろうか。日々土にふれ、地域に根をおろ
し、人と向き合い助け合う暮らし。そのなかで家族を、地域を潤すためのまさに「種」の存在に気づき、
地道に求めた行動力が素晴らしい。その「種」たちが、歳月を経るうちに見事にさまざまな成果へと実を
結んだ根底には何があるのか。運?人徳?メディアの追い風?それとも大和野菜のおいしさ?
 いや、「農」を通して出会った日本人本来の知恵や生き方こそ、未来への希望をつなぐものであると信
じたい。
 ともあれ、地道な努力の末に復興された大和野菜のおいしそうなこと!軽妙に読めて、しっかりとメッ
セージを伝える口語文体も本に合っていた。こういう気取りのない文章が書けるようになりたいんだよな~


『宗旦狐 茶湯にかかわる十二の短編』(澤田ふじ子)

2014-07-06 | 歴史・時代小説
小さな躙口は、いわば異界への入口だった。


 茶道を何年もやっているにもかからわず、「たしなむ」境地にさえ達することのできない自分に呆れつつ、
憧れを募らせずにはいられないこの世界。茶の湯をテーマにした小品を集めたこの本も、半ば勉強のつもり
で手にした。
 テーマがテーマだけに、舞台はほぼ京都。地名が出てくるだけで、界隈の様子がイメージできるのが嬉し
い。話は落語にも通じるような人情ものが多く、貧しいながらも誠実に生きてきたひとに、希望の光が灯っ
て終わるのが、なんともほっとする(中には怪談チックで救いのないのもあったけど)。そんなやさしい読
後感が、心地よかった。忘れられつつある日本人のつつましさとか、武士道の美学にふれる快感。
 で、ストーリーにごく控えめに茶の湯がからめられている。なかでも今まで知らなくてへえ~と思たのは
、躙口を入る姿が昆虫のケラに似ていることから、それに似た利休の花押は「ケラ判」といわれている、と
いうこと。かくいう私は未だになんでわざわざあんなところから躙って入るのだ、意味わからん…という気
持ちも捨てきれないでいる。でも、異世界への入口と思えば、ちょっと楽しいかも。