こんな本を読みました

気ままで偏りのある読書忘備録。冒頭の文章は、読んだ本からの引用です。

『世界が終わるわけではなく』(ケイト・アトキンソン)

2016-01-18 | 現代小説
メレディスは自己形成に手間暇かけることはせず、そのつど他人様の個性を借用して生きてきた。
そのほうが、たいていの人が陥りがちな自己嫌悪の罠を手っ取り早く回避できると気づいたからだ。
(『テロメア』)


 久しぶりに翻訳ミステリーが読みたくて、下調べして借りにいった作家の本がどうしても見つからず、
ふと手にとって衝動借りした一冊。これが意外にもヒットだった。最初は饒舌に広がり続けるイメージ、
思わぬ転がりを見せる世界観に戸惑ったけど、流れに身をまかせればこれがなんとも心地いい。脈絡の
ない短編集でありながら、同じ登場人物がかすめるように出てくることに気づいたときの嬉しさよ。
(気がつかなかったのもあり、再度たしかめ直したりもしたけど。名前、覚えられん)
 登場人物たちは、軽快な筆致もあって生真面目ささえユニーク。抜粋した文章のメレディスのように
器用で計算高く見えてどこかで足元をすくわれる人がいるかと思えば、不幸な生い立ちをものともせず
ささやかな幸せを手にする人あり。(ちなみにこの「他人の個性(パーソナリティと読む)を借用、ち
ょっとわかる。こういうときあの人なら・・・って考えること、私もある」
 奇想天外、時に破滅的、時にほろ苦く時にひっそりハートウォーミング。ありえない設定のなかにき
ちんと血脈が通うリアリティが絶妙。そこからの飛躍が、真面目な顔で嘘をつく感じでとても好きだ。
この発想の飛び方、誤解を恐れずに言うなら自分に似ている気がして。こういう小説が書けたらなあと
思った一冊だった。書かない、書けないけど。


『江戸情話集』『三浦老人昔話』(岡本綺堂)

2016-01-15 | 近代小説
仏壇の花生けには蓮の花が供えてあった。綾衣はそのひと枝を押し戴いてとって、
重なり合った花びらをしずかにむしり取ると、匂いのある白い花は彼女の袖に触れ
てほろほろとこぼれて、うす暗い畳の上に雪を敷いた。
 外記は無言で笑った。
(『江戸情話集』箕輪心中より)


 ちょっと引用が長いけど、破滅の予感で胸がぎゅーっと苦しくなる一節をそのまま。
 今年は真面目に…と思いつつ、すっかり遅くなってしまって同時2冊。これはこれでいいのだ。ブック
オフの新春セールで、この2冊買って400円ちょっと!という自慢も一緒にしたかったから。
 ということで、2016年一発目は岡本綺堂。おもろうてやがて哀しき江戸の人々のさまざまな逸話が、
三浦老人のしみじみと丁寧な口調で、あるいはしっとりと端正な地の文章で語られる。装飾ではなく情景
に情感のこもる美文にうっとりとしながら読み進むのは、実に心やすまるひとときだった。まあ、決して
明るくなれる話ではないし新年にはあまりふさわしくないかもしれないが。
 それぞれの話に引きがあり、淡々としつつ深い余韻を残して終わる人間譚。ひとくちに感想を語るのは
難しいが、いちばん心に残ったのはこの時代の人々の「覚悟」かな。なんでも腹切っておさめようとする
な!という「ちょ、待てよ」感はあるけれど。・・・綺堂の名文の感想にこんな駄文を綴る自分が何より
悲しくなったのでこれにて。