こんな本を読みました

気ままで偏りのある読書忘備録。冒頭の文章は、読んだ本からの引用です。

『大人の迷子たち』(岩崎俊一)

2015-03-31 | ルポ・エッセイ
地球という星は、なんと切ない星なのだろう。

 コピーライターブームの真っただ中で、まぶしく輝いていた人。そして年齢を重ねても、その輝きに深
みを増し続けた人。この人のコピーが好きだった。優しいまなざしと、あざやかな切り口に、いつも感銘
を受けた。そしてエッセイを読んで、ますますその人柄に惹かれた。
 昨年12月にお亡くなりになられていたことを今更ながらに知って、読み始めた最後のエッセイ集だから
か。失われた時代へのノスタルジーが、まわりの人々や生き物への愛情と敬意があふれる内容からか。読
んでいても泣けて仕方がなかった。どのエッセイも優しくて切なくて、美しい。生きてきた時代は違うけ
れど、わずかでもその感傷を共有できるおそらく最後の世代であることを幸せだと思った。
 もう、なんなら全編書き写したいぐらいの名言、名文で埋め尽くされた一冊だが、あえて選んだのは愛
犬を看取った友人のことを書いたエッセイから。岩崎さんのうちにも愛犬が5匹。動物にも惜しみない愛
情を注がれた姿に、ますます親しみを持ったのだ。少し長いけど引用しておく。

 僕はふと、僕がこうして酒場で飲んでいる今も、日本のどこかで、死にゆく犬や猫を抱きしめて
泣いている人がいるのだと思った。その悲痛な姿が一瞬頭をよぎり、僕の胸をしめつける。
 地球という星は、なんと切ない星なのだろう。
 人と人だけじゃない。人と他の生き物の間にだって無数の愛が行き交っている。愛があふれる場
所には、また涙もあふれるのだと思った。


 岩崎俊一さんのご冥福と遺されたご家族の悲しみが癒されることを心よりお祈りいたします。

『文藝春秋にみる「坂の上の雲」とその時代』(文藝春秋編)

2015-03-29 | ルポ・エッセイ
元帥は晩年、西那須の別荘から見える山の高さについて、「コサインで計るがよか」
「いいえ、タンジェントでございましょう」と夫人捨松と口論していた
(「大山巌と東郷平八郎」より)


 好きな本、感動した本ベスト3に入る『坂の上の雲』。特に連合艦隊VSバルチック艦隊の日本海海戦の
くだりの鳥肌の立つような高揚感は未だに忘れられない。…といいながら、数年前のドラマ化に合わせて
再読しようと買い直したのに3巻で止まってしまってるのはどういうわけか。いやしかし、本当にこの時
代の日本人は格好いい。鎖国をといてあんなにわずかの期間に、列強と肩を並べついには勝利してしまっ
た、あの優秀さ勤勉さ勇ましさ…司馬節にのせられてしまったところもあるのかなとも思ったが、当事者
や子孫、研究者の証言や分析で構成されたこの本、非常におもしろく明治の人々への尊敬を新たにした。
すべてが文藝春秋に掲載されたものだというから、やっぱり凄かったんだね(過去形)。
 なんといっても英雄たちの人間味に溢れるエピソードがおもしろい。引用した大山巖夫妻の会話なんか
最高!帰国子女・捨松を嫁にもらったんだもんね。そんな名将・大山巌が実はバリバリの理系エリートだ
ったというのも意外。このほか大好きな東郷平八郎、秋山兄弟、広瀬武夫のエピソードも期待を裏切らな
いものだったし、『坂の上の雲』では無能の将軍として評価を地に落とした乃木さん(でも憎めない)の
冷静な評価なども興味深く…名もなき人々の活躍に至るまで、「(このころの)日本、凄い!」と久々に
感動した本であった。かといって、決して戦意を高揚するような本ではなく、その悲惨さもしっかり伝え
ている。その上で、人としてあるべき生き方を貫いた当時の人々の清々しさが心にしみる。何度でも言う
ぞ、明治の日本人、格好いい!

『99%の人が知らない1%のおしゃれ術』(岡部久仁子)

2015-03-23 | ルポ・エッセイ
服ってその人の暮らしぶりを語るもの。
どんな女性に見られているのか、考えたらゾッとしませんか?


 たまには少し趣向を変えて?同世代のスタイリスト、岡部さんが語る大人のためのおしゃれ術。
 どんな服を着たらいいかわからない、と言い続けてはや何年。年齢を気にせず着たいものを着る!と胸
を張るほど自分のスタイルが確立されているわけでなく、気を抜くと楽な方楽な方へ流れるばかりでダサ
ダサに。なにせ見た目が貧相だから、せめて着るものだけはある程度気を使って年相応のエレガンスを醸
し出したい…と頭では思っても、なかなか実現できないでいる。しかしこの岡部さんはとにかくカッコい
い。自分の老いを自覚しつつ、手を抜かずベストのバランス、ベストの見せ方を追求する姿勢、センスは
本職だからといえばそれまでだが、惚れ惚れする。あと、文体もエレガント。こういう文章がさらりと書
けるようになりたいもんだ。
 首がちぎれるほど同意するところあり、ひえ~そうなのか~と自らの認識の甘さに頭を垂れるところあ
り。ま、ほとんど後者だが。体型もルックスも生き方も経済力も違うので、まんま参考にはならないが、
大人としておしゃれを楽しむためのヒントがたくさんもらえる本だった。

『こういう了見』(古今亭菊之丞)

2015-03-23 | ルポ・エッセイ
でも稽古していれば、自分がどんなに落語が好きだったかを
改めて感じられるんです。それがわかると、何とかなる。


 いまや若くして初席のトリまでつとめる菊之丞師匠の自伝。いやもう、前座時代の話が自分の修業時代
と重なってもう、胃が痛くなる思い。(自分の場合、半年で挫折したのち、もうちょっとゆる~いところ
で復活したのだが)とにかく自分がいかにダメかを思い知らされて、毎日怒られて、ますます萎縮してダ
メになって、死んだら楽になるかなと思うくらい追い詰められて、でもやっぱりどんなにボロクソに言わ
れても師匠が好きで落語が好きで…というあたり。とにかく真面目な人なんだなと思った。
 で、二ツ目以降は真面目に遊んで芸人として成長していく姿も頼もしく。落語を「惚れ抜いた女」と例
えるところも師匠らしく色っぽい。とても興味深く読めた。まだまだ読みたいと思う自伝だった。
 ストーリーとしてはもう少し泣きどころが欲しかったかな?というのは演出過剰に慣れてしまってるせ
いか。あったらあったで、あざといと評するに決まってるのだ。

『木暮荘物語』(三浦しをん)

2015-03-23 | 現代小説
おお、と木暮は思った。回春という単語が脳裏をよぎった。
めぐりくる春。いい言葉だ。


 昭和の香りを残すぼろアパート、木暮荘をめぐる人々をオムニバスで主役に据えた物語。なんというか
…全員発情している。それがバカバカしくもおもしろい。「ないわ!」の連続なんだけど、みんな不思議
ちゃんなんだけど、それなりにキャラが立っているから不快感はなく、それぞれにほのぼのと笑わされる。
精神的にパツパツの日々に、ちょっと癒される本だった。特に「妻以外の女性といたしたい」と思い立ち、
悶々とする老人・木暮さんの話には笑えた。しかしまあ、これ、映像化はないだろうな。いくらキョンキ
ョンが書評を書いていても。あ、最後の各界の?有名人による書評、これはちょっといらんかなと思った。
それぞれがそれぞれの心に抱いた木暮荘の余韻にひたれるほうがよかったなあと思う。