こんな本を読みました

気ままで偏りのある読書忘備録。冒頭の文章は、読んだ本からの引用です。

『火花』(又吉直樹) 『スクラップ・アンド・ビルド』(羽田圭介)

2015-08-31 | 現代小説
ミーハーなので読んでみた、芥川賞2作。番外編的に、一応、読んだという覚書のみで。
『火花』、思ったよりはよかった。文章がこなれていないので、ちょっとぎくしゃくするのが残念。その
ぶん、会話は真骨頂で生き生きとするが、これ関西弁ネイティブでない人にはどこまで伝わるのかなあと
いらん心配をしてしまった。最後の展開がギリギリで共感してきた読者を突き放してしまうようで残念。
『スクラップ・アンド・ビルド』、介護も若い人が書くとこのようになるのかとちょっと新鮮。からりと
した文体、突き放した視点は嫌いではないが、心のもっていきように戸惑った。差し迫った問題だからか?
たぶん文学として純粋に楽しみきれないテーマなんだと思う。
二作ともそこそこおもしろく、読んだことに後悔はないが、これ、純文学?芥川賞?という疑問は残った
なあ。エンターテイメントに傾きすぎていないか。私の読み方が浅いだけか。

『赦す人 団鬼六伝』(大崎善生)

2015-08-31 | ルポ・エッセイ
六十四歳の鬼六はこれといった仕事も安定した収入もなく、鬼六御殿の清算で
残された二億円あまりの借金がのしかかるばかりであった。


 団鬼六、あまりにも有名なその名だが、『花と蛇』に代表されるエロの巨匠くらいのイメージで、人と
なりはまったく知らなかった。おそらく小説も映像も、この先目にすることもないであろうと思ってきた
が、ふと目にした「一代記」に興味をそそられた。けっこう豪放磊落な生き方、本で読む分には好きだし。
期待にたがわず、おもしろかった。まさに人生波乱万丈とはこのこと。しかもその人柄の愛らしいこと。
…フェミニズムを標榜する人からは攻撃の的となる言動も多々だし、セクハラで男尊女卑で、とんでもな
いんだけど、この人だから許せるというか。たまにいるよね、そういう人。何よりも表題どおり、とても
寛容で情にあふれた人なのだ。喜怒哀楽も激しくて、まわりの人は大変だったと思うが、そのぶん、愛を
注がれた人はこの上なく幸せだったと思う。
 評伝の構成としては「その話、さっきも聞いた!」ということがわりと多くてじれったいところもある。
でも借金二億のどん底から過去の栄光にさかのぼる話、そして起死回生の純文学への回帰・・・と、惹き
つける展開。後半生は将棋の人でもあったことを初めて知った。とにかくエピソードには事欠かないが、
エロ断筆宣言のきっかけのひとつが「鴇色の蹴出し」が担当者に「ピンクの腰巻」に書き換えられ事件だっ
たという話には、非常に共感した。
 その人生を追い終えると団鬼六という人が大好きになって、エロ以外の著作を読みたいと思い検索して
思わず衝動買いしたのが絶筆ともなった『愛人犬アリス』。愛犬への愛あふれる一冊だったが~うううん、
飼い方は共感しかねる。ま、アリスは幸せだっただろうけどね。ちょっと興ざめしてしまったので、著作
を読むのはそのうち、仕切り直しで。

『命売ります』(三島由紀夫)

2015-08-31 | 現代小説
自殺をしそこなった羽仁男の前には、何だかカラッポな、
すばらしい自由な世界がひらけた。


 「隠れた怪作小説」という帯に惹かれて、思わず買ってしまった。たしかに、普通にイメージする三島
文学とは一線を画した、エンタメ小説。すいすい読めて、面白かった。肩の力を抜いて楽しく書かれたん
だろうな~と思う。
 命への執着をなくした男が招く奇想天外のアクシデントという展開はシニカルでユーモアもある。出て
くる人間がひとクセもふたクセもあって面白いし、それがつながる構成力はさすが。そして落としどころ
はちょっとせつない。これを書いた人間が、何年後かに自ら命を断つんだからな~と思うと、さらにせつ
ない。

『夏への扉』(ロバート・A・ハインライン)

2015-08-26 | ミステリー、ファンタジー
彼は、その人間用のドアの、少なくともどれかひとつが、夏に通じているという固い信念を
持っていたのである。


 また感想がたまりにたまっているが、まずこれは夏の気配が残っているうちにアップしておきたかった
一作。
 猫が出てくる小説の中でも、よく名著として挙げられているハインラインの代表作。舞台は1970年
のアメリカと、冷凍睡眠で行き着いた先の2001年(!)のアメリカ。昔のSFを見ると、人は科学の進
歩に楽しい夢を描いていたんだなあとほのぼのする。なにせアトムもとっくに誕生しているはずだものな。
ドラえもんは22世紀か。よかった(何がだ)。
 そういう、未来を夢見てワクワクしていた頃のノスタルジーを快く思い出した。万事休すの逆境からの
ハラハラドキドキの展開も、とても好み。何もかもうかくいきすぎの感があるけど、ファンタジーだから
これでいいのだ。猫もとっても魅力的に描かれていてうれしい。すがすがしい読後感。
 描かれた楽しい未来は残念ながら実現していないけれど。いちばん寂しい、そして予想外の変化は飼い
猫が堂々と外を歩けなくなった時代になってしまったことかもしれない。かくいう私も猫を外に出すのは
ダメ、絶対!派なんだけど。これがないと、『夏への扉』のタイトルも、効果的なリフレインも成立しな
いのがちょっとやるせない。



『ぬしさまへ』『ねこのばば』

2015-08-20 | 歴史・時代小説
寝付いているときなど、若だんなは、この世の中には確かに取り返せないものが
あるのだと、寂しく思う。
(『ねこのばば』より)

 さっと軽く読めるものを探して図書館を徘徊していて、そういえば「しゃばけシリーズ」って未読だっ
たっけ…と、一冊だけあったシリーズ2作目を借りてきた。
 一話読み切りな上、ご丁寧に一話ごとにさくっと設定が解説してあるので、どこから読んでも大丈夫。
虚弱体質でしょっちゅう寝付き、過保護に育てられた大店の若だんなと、彼に仕える妖怪たちの事件簿と
いったところか。だから分類はほんとはミステリー時代小説。
 病弱ゆえに老成し、物の道理をわきまえているけれど過保護にはちょっと反抗的で、ときに厭世的に
なるおぼっちゃま、ちょっと間違えば嫌らしくなる主役のキャラクターが、実に可愛らしく描かれてい
る。番頭として仕えるふたりの“大妖”、わらわらと現れる魑魅魍魎も、じつに漫画チックなキャラ付けで、
ひとつ間違えば白けるところ、軽妙で楽しい印象にとどまっている。そう、なかには思い話もあるのだが
全体に軽みがあり、読後感がいいのだ。宮部みゆきものに貫かれた正義感やそれに伴う葛藤は、ずしりと
心にのしかかるが、それがない。『ぬしさまへ』を読んだあと、なんだか妙に楽しくて夢見もよかったの
で思わず『ねこのばば』を購入してしまった。しかしそのときにシリーズ本があまりにたくさん出ている
のを知り、コンプリート断念。また、楽しい気分になりたいときに読もう。そんな感じの本。