uparupapapa 日記

今の日本の政治が嫌いです。
だからblogで訴えます。


ママチャリ総理大臣~時給1800円~【改】第21話 三郎の影響と、鯖江の異彩を放つ経済政策

2023-12-20 05:06:08 | 日記

 官邸管理人新井三郎の死は、関係各位の胸に深く刻まれた。

 

 単なる職場の仲間としてだけではなく、この国の根深い老人問題として。

 彼を思い起こすとき、常に笑顔で接してくれる柔和な人柄。

 彼から気軽に挨拶してくれるが、決して多弁なお節介ではない。

 聞き上手な好々爺として、誰からも好かれる好印象を持つ存在であった。

 

 だが同時に、彼には現代の老人問題と表裏一体の影をもつ。

 貧困や孤立。

 彼はそこから救われた筈だが、本当に救えたと云えるのか?

 通り一遍の制度の中に組み込めば、それで良しなのか?

 

 彼を知る関係者たちは敢えて言葉にしないけど、心のどこかでそう感じていた。

 

当然その後の高齢者政策に大きな影響を与えたのは間違いない。

 

老齢年金やそれだけでは生活資金が不足する人々に対する給付金。

そもそもその制度を受けられない人々。

彼らに残った受け皿が生活保護だけで良いのか?

しかもその生活保護制度自体、三郎を門前払いしたではないか。

無年金の彼を無下に放り出だす、無慈悲で不完全なセーフティーネット。

 

ネット政変以前の厚生労働省や後ろに控える財務省は、明らかに老人問題をお荷物と考え【ひとでなし】政策を執ってきた。

大体平均的国民は皆、現役時代にコツコツ働き、税金を払い年金もちゃんと掛け続けてきた。

それなのにイザ受け取る段になったら、国は様々な分かりにくい障壁を設け、少しでも払わなくとも良い、詐欺のような制度を構築、狡猾で悪辣な仕組みを運営してきた。

しかもその受け取る年金に対しても税金を払えと言う。

現役時代にちゃんと所得に対し税金を払い、更にその残りから年金を掛けて来た筈なのに、受けとる際更にまた税金を払え?介護保険料も払え?これでは二重取りではないか!

医療費免除や税金免除制度は残るが、対象は少額年金者のみ。

それではそれ以外の一般的(標準的)免除対象者たちは、どれだけ年金を受け取っているのか?

現状、年金生活者と云えば、楽しみをできる限り控え、節約生活をおくる慎ましい印象しかない

これで明るく余裕のある生活が実現出来て言えるのか?

今の現役世代から見て、根金生活者って憧れの対象に見えるのか?

 

誰もがやがて経験する年金世代。皆本能的に漠然と危機感とか不安を抱えている。

 

この国の誰が年金生活制度ってこれで良いと思っている?

 

こと経済問題だけでも年金制度に致命的欠陥あるというのに、高齢者が生き易い生活環境とかインフラが整っているとは決して言えない状況を三郎が体現した。

だからその予想外の出来事に衝撃が走ったのだ。

貧困から救い出し、関係者たちの多くの目で見守り、それでも孤独死した三郎。

制度の狭間に陥り救済されない他の不幸な高齢者の立場は、言わずもがなだろう。

 

 平助はじめ第四代組はこれまで若年世代や子育て世代、就学や進学費用問題に鋭意取り組んできた。

 また非正規社員の地位向上や正規社員との格差を埋める実質所得増にも目を向けて来た。

 それらはもちろん目に見える重要課題であり、取り組むのは当然である。

 が、しかしそれだけでは不十分なのだと思い知らされたのが今回の高齢者問題。

 

 あれから夕日を見つめ、三郎を回想する事が多い平助であった。

 

 

 

 官邸や公邸など、普段過ごす環境はもちろん、ネット上ではリアルタイムで内閣支持率が表示され、公表される。

 ただ、支持率が下がったからと云って、直ちに退陣しなければならない訳ではない。

 元々ネットアンケートが国民の政策意思を決定し、それに即して行政を行うのが平助たちの仕事だから、大元の責任はネットアンケートに参加し、意思決定を下した国民に有る。

 しかも平助たちの任期は一年と定められているし。

 だから基本、公表された支持率に一喜一憂したり、行政執行に影響を受ける事はない。

 戦争など侵略をうける有事の際や、個人的に重大な犯罪行為や背反行為をやらかした時に交代させられる程度の例外を除いて。

 

 だがだからと云って無視もできない。

 あまりに不行状な行為に終始したり、国民の反発を招くような状態なら、当然仕事がやり難くなるだろう。

 特に女性の支持率が低い傾向の平助は尚更気にする。

 その分野でいくら小細工を屈指し、努力してもビジュアル的には無駄な努力である事にまだ気づいていない鈍感な平助。

 だが、職責として国民に満足してもらえるような、女性に対する政策は推進しなければならない。

 その辺は平助個人ではなく、団体戦で取り組み成果を挙げてゆくべきだろう。

 

 とにかくそうした理由から、支持率を横目で睨みながら平助は仕事をしている。

 

 そんな平助の思考を本能的に感じ取るカエデやエリカ、そして鯖江さばえまで当たりが厳しかった。

 支持率ではなく、国民の満足度を上げる仕事をしなさい!

 それが共通するお叱りであった。

 

 

 国民の満足度を上げる政策を実行してゆくにはどうすべきか?

 所得を上げ、年金制度や子育て制度などのインフラを整備し実現してゆくには、国家の財源には限りがある。

 だから旧政権が垂れ流していた無駄遣いを徹底的に排除してきたのは、第三代内閣まで。

 それでも満足いく制度・政策の実現には程遠い。

 だから平助は近海エネルギー開発と『プラン・シェア40』をぶち上げ、推進する事にしたのだ。

 但し、その実現はまだまだ時間がかかる。

 だから現時点では、限られた財源の中で努力するしかない。

 高度な創意工夫を求められる平助内閣であった。

 それ故団体総力戦を一年間続けなければならないのだ。

 

 鯖江さばえが主計局長に抜擢され、手腕を揮う事となったのはそうした理由にある。

 国内市場の活性化、効率化と有効化を同時に実現させるのが鯖江さばえマジック。

 彼女は巧みに動き、それらを成功させた。

「私がやったんだもの、当然よ!」

 そんな顔して平然と一年の任期をまっとうした鯖江さばえ

 クシャミの超能力といい、巧みな市場操作といい、どんだけ異彩な能力を持つ女性なのだろう?この人、化け物か?

 そばで見ていたカエデは改めて畏怖の念を強く持った。

 

 実は鯖江さばえには壮絶な過去がある。

 だが、そのくだりはまたの回にて紹介する事として、こうして平助内閣を救った鯖江さばえの功績。

 どれ程助けられたのか、平助たちは気づいていなかった。

 

 

 ネット政変以降、旧政権で利権を貪っていた議員や官僚たち。

 その後はおとなしく恭順していたのか?

 いいや、そんな事ある筈はなかった。

 常に暗躍し、ネット政権を粉砕するための工作に勤しんでいた。

 

 素人衆に何ができる?

 

 お前たちになんかできる筈はない!

 

 完全に見下し、追い落とそうとしていた。

 だから重箱の隅をつつくように落ち度を探し、見つけたら最後、自分たちの影響力の及ぶマスコミを利用しネガティブキャンペーンを張る。

 実際そうした被害を受ける者たちは多数見られた。

 それらは全て彼らの仕業である。

 だが、そうした企ての攻撃が有ったにも関わらず、国民が一度手にした直接民主制の仕組みを元に戻そうとする動きに賛同する者は少ない。

 とはいっても、経済対策で致命的失敗を犯したら、信用を大きく損なう。

 信用を無くしたら政策遂行は頓挫し、ネット直接民主政権自体が本来の理想を実現できないまま瓦解してしまうおそれすらあった。

 だから失敗は許されないのだ。

 

 経済政策の舵取りを鯖江さばえと相原 権蔵日銀総裁に任せ、何とか経済政策を乗り切れそうな平助内閣。これで一年の任期は安泰か?

 

 だが問題はそれだけではなかった。

 日本を取り巻く国際問題が大きく立ちはだかっていたから。

 

 

 それらに対処するためには語学に堪能な人材が必要なはず?

 なのに底辺の成績しかとれなかった高卒の平助が外交でも活躍?

 どうやって?

 

 それは初の外交の仕事としてインド訪問の外遊(本人は外遊ではないと強く否定している)に赴く際、その準備としてカエデがプレゼントしてくれた即時翻訳機能を持つAI自動翻訳機が活躍したから。

 

 演説は少しのヒンディー語と英語を丸暗記し語りかけ、残りは通訳者の同時通訳に任せた。

だがその後の首脳会談や記者インタビュー、晩餐会など、AI自動翻訳機が大いに活躍する。

これに味を占めた平助は、積極的にAI自動翻訳機を介した外交活動を積極的に行う。

だからカエデには頭が上がらない。(これが無くても頭が上がらない説が常識だが)

 

「私を女王様とお呼び!」

「やだね!」

「私にありがとうは?」

「どういたしまして。」

「どういたしまして。は私が言う言葉でしょ?

平助は【ありがとうございましたカエデ女王様】でしょ?

 日本語知らないの?バカ!」

「女王様モドキのカエデ様、どういたしまして。」

「・・・・バカ・・・・。」

 二人だけの時はいつもおバカな秘密を持つカップルだった。

 

 こういう人材が日本の政治の中枢にいる現実を旧勢力が察知していたら、世の中は炎上していたのだろうか?

 

 素朴な疑問を持つ作者だった。

 

 

 

 

 

   つづく


ママチャリ総理大臣~時給1800円~【改】第20話 管理人 新井三郎

2023-12-18 11:34:32 | 日記

 首相公邸と官邸には9時から17時までネット政変初代内閣以降、管理人が存在する。

 それまでは厳重な警備員がセキュリティーを担い、来訪者たちの受付も厳しいチェックを受けて来館するのが通常だった。

 政変以降もセキュリティー・システムが厳重なのはそれほど変わらないが、駅の改札のような自動入退館(改札)機が導入され、事前に承認済みの者だけに配布されたセキュリティーカードをかざし、入退館するように変更されている。

 その数機ある入退館改札機の壁の隅に小さな簡易管理室が設置されており、初老の管理人がニコニコ顔で立っている。

 管理人は一日二交代制で、午前ひとり、午後ひとりの勤務である。

 と云っても、別段何か重大な責務を負う職種ではない。

 来訪者と云えば政府高官や海外の賓客など、それぞれの側近たちが仕切るし、一般見学者たちも先導する専従の係が居るので管理人の前を素通りしてばかりだし、たまにフリーのプレスや室内工事業者など、初めての来訪者に案内をするくらいの軽微な仕事を受け持つ職種である。

 しかも入退館改札機を通り中に入ると、管理人とは別の若い女性の受付が存在する。

 つまり入館には警備員、管理人と受付の合計三重チェックが成され、防犯カメラでの監視体制もとられているから、厳重さは以前とさほど変わらない。

 

 警備員はさすがに警備会社からの派遣だが、管理人と受付は官邸・公邸の維持費からの支出による直接雇用であった。

 何故か?

 館内機密の保持も目的だが、それ以上に身分保障と雇用の安定が約束されることで、充実・安心して働いてもらう職場環境作りが一番の狙いである。

 

 ここに新井三郎(75)という如何にも性格温厚な管理人が居る。

 彼は主に午前中の担当だが、気さくな笑顔で誰に対しても挨拶する。

 板倉やSPの杉本はもちろん、平助や官房長官の田之上にまで

「おはようさん。」と腰が少々曲がり、歯が抜けクシャクシャに顔を崩した笑顔を見せてくれる人だった。

 そんな彼の一番の友達は清掃担当のおばちゃん達。

 掃除をしながら話しかけてくるそのおばちゃん達に、軽い世間話と天気の話をするのが楽しみのよう。

「やあ、今日の担当は新井の爺さんかい。

 今日は良い天気だねぇ、いつもこうだと仕事がはかどるよ。

 それにしてもアンタ、今日は一段と腰が曲がっているよ!」

「やぁ、春さん、おはようさん!!

ワシャ、これ以上腰を真っ直ぐにはできないよ。

これが精一杯なんじゃ。

ホレ、なっ!」

と腰を伸ばす仕草をするが全く変わらない。

「オヤオヤ、そりゃぁ難儀なことだねえ。

 あたしの腰は曲がってないけど、床に落ちているゴミを拾うとき痛くてね。

 お互い腰には苦労するわ。」

 と、年寄りがふたり集まるとお決まりの健康談議が始まる。

 

 

 管理人は交代要員含めて数人、掃除のおばちゃんも10人以上の大所帯であり、それぞれが官邸・公邸を担当し、隅々まで熟知している。

 お互い自然と軽い日常会話を交わす間柄になるのは当然であった。

 

 そして頻繁に顔を出すカエデや平助の第三秘書エリカも、彼ら・彼女らの友達(?)のような気軽な関係のよう。

 その和やかな雰囲気は、当初から板倉たちネット政府の世話係の狙い通りである。

 どういう事か?

 

 以前の官邸・公邸は物々しく、お高く留まった西洋のお城のようだったが、警備体制を維持しながら人のぬくもりを感じる暖かい集いの場を体現させたかったから。

 

 官邸・公邸が権威の象徴であってはいけない。

 だから前述の通り小規模ながら要予約ではあるが、少人数見学も日常的に実施している。

 開かれた国の中枢を演出しているのだ。

 

 そういう事情もあり、温和で笑顔の絶えない管理人新井三郎の存在が光ってくる。

 だから決して無駄な存在なのではない。

 来訪する一般人にとって、彼らは開かれた新たな官邸・公邸の象徴とさえ印象づけられているから。

 

 

 そんな新井三郎であるが、彼は数年前、瀕死の状態になるまで追い詰められていたという生い立ちがある。

 彼は家庭の事情で高校中退後、四十数年働いていた会社が突然倒産し、ようやく築いたささやかな家族との生活に危機が訪れる。

 必死で再雇用先探しに奔走するが、高校中退、初老の彼を雇用してくれる所などいくら探しても見つからない。

 それでもようやく見つけた職場は、薄給で劣悪な条件のブラックな環境だった。

 たちまち生活は行き詰まり、妻は娘を連れ住んでいたアパートを出て行く。

 それから耐える事十数年。

 ひとりぼっちの三郎は、過酷な状況に追い打ちをかけるように体調を崩す。

 そしてそんな厳しい環境の職場では、どんなに頑張っても働けなくなるのは時間の問題だった。

 当然そこもクビになり、いよいよ追い詰められた三郎だが、何とか仕事を持ち直し、再び妻と娘に会いたい、呼びよせたいと一心に願い、更なる就職を諦めきれないでいた。

 だが、やはり意のままにならない身体。

 日頃の無理が祟り、体調は良くなるどころか悪化する一方だった。

 無理もない。健康保険に加入できない程経済的に困窮し、無保険では医者に診てもらうことなど不可能。治療もされないまま放置状態だったから。

 とうとう住んでいたアパートを家賃滞納で追い出され、路頭に迷う三郎。

 健康を害し、仕事ができない、住所が定まっていないと就職もできない。

 年金も掛けた年数不足で全く貰えず、そんな絶体絶命な状況に追い詰められた三郎は、思い余って役所に行き、生活保護の相談をする。

 だが役所の窓口は冷たく突き放し、相手にしてくれない。

 

 途方に暮れる三郎。

 

 絶望に苛まれた彼は、橋の欄干に手を添え、いつまでも夕日を見ていた。

 

そんな只ならぬ様子に偶然居合わせ、気づいた板倉が声をかける。

 

 こうして三郎は救われ現在に至る。

 

 腰が曲がっていようが、歯が欠けていようが、ここの職場では使ってくれる。

 有難くて涙が出るほど感謝している三郎にとって、笑顔で人と接するのは当然。

 いつしか別れた妻や成長した娘と逢いたい。

 私に愛想を尽かし罵声を浴びせ出て行った妻はともかく、とりわけ大事な娘とは。

 それだけが心の支えの三郎だった。

 

 そんな彼を知る官邸・公邸メンバーが冷たく放っておくわけがない。

 みな人の痛みを知っているエキスパートだから。

 

 

 

 井口外相と平助の外交成果でアメリカjokreジョーカー大統領との交渉がまとまり、固唾を呑んで状況を見守っていた官邸メンバーたちが大いに沸きあがったある日。

 日頃から支えてくれたメンバーたちに、感謝の気持ちを形にしてプレゼントしたい。

 そう思った平助は、祝勝会を開催してくれるという田之上官房長官の気遣いを素直に喜んだが、そこに管理人や掃除担当のおばちゃん達はいない。

 

 そこで平助は官邸メンバー達から少しづつカンパを募り、ささやかなながら紅葉巡りの日帰りバスツアーを計画した。

 そのイベントには管理人・掃除メンバーの他、板倉・平助・田之上・SPの杉本・何故かカエデ・エリカまで参加するアットホームな催しだった。

 

 当日三郎は持病の高血圧が原因の体調不良であったが、少々無理をして参加した。

 掃除のお春さんが早起きして準備してくれたおにぎりを頬張り、幸せそう。

 一方平助はこの時、掃除ガールズのアイドルだった。

 カエデが用意したシャケ弁を食べながら、おばちゃん達からお茶だのお菓子だの貰いたい放題の天国にいた。

 心の中で(幸せ~!)と呟く平助。 

 そんな様子を見てカエデが平助の後頭部をパコンと叩く。

「何するんじゃい!!」

「目尻を下げて締まりの無い顔してんじゃないよ!そんな風にボーっとしてたら一国の首相として舐められるだろ!」

「ボーっとして何が悪い!締まりの無い顔って言うが、この顔は生まれつきだし。大体カエデはそんな目尻が下がっている僕に惚れたんだろ?」

 みるみるカーッと真っ赤な顔になったカエデは、一瞬にして狂暴になる。

 再び平助の後頭部をスパーンと叩くが、今度は情け容赦ない強打だった。

「な、な、何を言う!馬鹿も休み休み言え!

 いや、言うな!!

 私が平助に惚れる?月が地球にぶつかってきても、そんな事あり得ないし!!

 ホントに平助ったら馬鹿なんだから!!バカ!・・・・バカ!!」

明らかに狼狽したカエデが目を泳がせ言い放つ。

 

 それを遠くの席でエリカがジッと見ていた。

 波乱の種がこの時芽生える。

 

 掃除ガールズに囲まれ、楽しい会話に耳を傾けながらニコニコ顔の三郎。

 バスの窓の外の景色はずっと続いていた街並みから、次第に綺麗に色づいた紅葉が見え出す。

 お春さんが爪楊枝に刺したたくあんを三郎に差し出しながら

「ホレ、私がつけたんだよ、ひとつ味見してみな。口に合うと良いけど。」

 残り少ない歯を気にして一瞬躊躇する三郎。

 たくあんの固さに、ちゃんと噛み切れるか心配だが、せっかく好意でくれるんだ。遠慮せずいただこう。なに、どうしても噛み切れなきゃ、呑み込めば良いさ。そう考え、

「お春さん、ありがとう。ウン、ウン、こりゃ良い塩加減で美味しいよ。お春さんの漬物はいつも美味しいなぁ。」

 そう言って呑み込んだ。

「アンタ、さっきからずっと外ばかり眺めているねぇ。余程気に入ってるようだ。そんなに紅葉が綺麗かい?

 目的地の神社の紅葉はもっと綺麗だってさ。楽しみだねぇ。」

 心からウンウンと頷く三郎。彼はその心の中で、昔々の記憶の中にいた。

 それはまだ楽しかった頃の家族との思い出。

 生涯ただ一度だけの贅沢。妻と娘を連れて一泊の温泉旅行に行った事がある。

 その時のバスの経由地がその神社だった。

 昔々の遠い記憶が、今では「あれは夢だったのかもしれない。」と思える。

 もう妻の顔も娘の顔も、幻のように消え去りそう。

 その幻を紅葉の景色の彼方に追い続ける三郎だった。

 

 

 その翌日、三郎は非番で翌々日は欠勤した。

 ん?無断欠勤?珍しい。

 カエデは板倉、エリカと共に板倉が用意してくれた三郎の住むアパートに様子を見に行く。

 いくらドアを叩いても返事はない。

 

 止む無く大家さんから鍵を借り、ドアを開ける。

 すると布団に横たわる三郎の姿があった。

 布団の廻りにいかにも素人手作りと思われる人形たちが取り囲んでいた。

 きっと当時幼かった娘と作った思い出の品なのだろう。

 

 そして三郎の枕の前には、家族と思われる写真。

 

 彼はもうこの世の人ではなかった。

 そして彼の顔は幸せに満ちた笑顔のまま。

 孤独だが、かけがえのない家族の思い出に囲まれた最後だった。

 

 

 手を合わせ冥福を祈る三人。

 

 平助内閣最初で最後の旅立ちの人だった。

 

 

   合掌

 

 

 

 

 

    つづく


ママチャリ総理大臣~時給1800円~【改】第19話 『プラン・シェア40』

2023-12-16 11:03:43 | 日記

 ある日のぶらさがり記者会見で、平助が景気の良い打ち上げ花火を上げた。

 それは今後の政策活動指針としての具体的目標をスローガン化したものである。

 

 その名は『プラン・シェア40』

 

 確かにネット政府は国民アンケートで今後の重点取り組み目標策定に当たっての国民の要望調査発表をしている。

 平助内閣はその流れに沿って具体的活動方針を明文化し、国民に示す事は職務の範疇から逸れてはいない。

 だがその内容は、具体的目標値として職務を超え、踏み込み過ぎている。

 しかもその内容は、第四代平助内閣の任期一年で完結できる内容とは言えない、壮大な取り組み方針であった。

 マスコミはこの派手な打ち上げ花火に素早く反応、真意を問う取材合戦が始まった。

 

 そもそも『プラン・シェア40』とは何ぞや?

 

 分かり易く云うと日本がかつて得意とし、日本経済を牽引していた産業の各分野を凋落から救い上げ、再び国家の柱として復活させようとの取り組みの事。

 その具体的明確な目標値を各分野別で、世界シェア40%を達成しようというものであった。

 

 例を挙げると、半導体・造船・自動車・テレビディスプレーを中心とした家電製品・次世代スマホ等の携帯電話・純国産OS『トロン』をメインとしたPCなどの電気駆動メカ製品・航空機産業・先端技術の特許件数などの各分野である。

 これらの各分野のシェアを40%に引き上げるべく、育成を政府として後押しする集団護送船団の形成こそ、将来の帰趨きすうを制する鍵であるとの結論に達した。

 故《ゆえ)に近年日本近海で発見されたエネルギー開発や鉱物資源に頼らず、また水素変換技術に偏重することなく国内産業全体を押し上げ、再び継続的国力増強を果たすには、国民ひとりひとりの奮起が絶対必要条件であると考え、敢えて政府の方針として発表したのだった。

 

 平助は具体的内容と詳細説明の場として設定した記者会見の場は、衆議院本会議場であった。

敢《あ》えてこの場を説明の場として選んだのは、確固たる政府の決意であり、平助内閣一代で完結するのではない、数代先に至るまで継続する国家プロジェクトであるとの国の決意を国民に示すための重要な意義を持っていた。

 だから通常国会開幕の第一声のタイミングでの平助内閣の声明に、この『プラン・シェア40』の国民向け説明として演説する事にしたのだった。

 

 

 

 国民の皆様、わたくし竹藪平助が何故、ネットアンケート結果より一歩踏み込んだこの計画を公表したのか?これからその説明をいたします。

 

 近年日本近海で発見された資源エネルギーは膨大な埋蔵量であります。

 また、水素のエネルギー変換の新技術を商品化・流通システムの確立の流れを見ると、それらを活用するだけでも、これからの日本の国力復活を果たす重要な要素として輝ける未来を想像できます。

 しかし、それだけに頼るのが日本人の国民性に合致した政策と云えるのでしょうか?

 

 ちょっと失礼な事例になりますが、中東の産油国を見てください。

 彼らは自国で産出される石油資源のみに頼り切り、自前の産業育成に目も向けていないのでしょうか?

いえ、そんな事はありません。

 でも有効な産業の育成ノウハウを持たず、何をどうしたら良いか分からないから遅々として進展しないでいます。

 彼らも必死です。でも目に見える結果がなかなか出せないでいる。

 しかし彼らは諦めず、気概を決して捨てていません。

それが彼らの今の実態であり、状況なのです。

 それに対し日本は、無資源の状態から明治維新以降、近代国家の仲間入りを果たし、戦後は世界第二位の 経済大国にまで上り詰めています。

これは自画自賛ではなく、歴史的事実です。

つまり私たちの先人は、そうした偉業を成し遂げる経験をしてきました。

 それに比べ、現在の私たちはどうでしょう?

様々な要因からGDP規模を縮小させ、世界順位も落とし続けています。

 だからと云って私は昔のプライドにしがみつき、GDP世界第二位の地位を取り戻そうと云っている訳ではありません。

むしろそんなのは驕りに繋がり、増長した鼻持ちならない人を増やすような負の結果しか齎さないと考えています。

 だからスローガンを敢えて世界GDP順位アップにしませんでした。

 ただ、奮起は必要だと思っています。

 もう少しでアメリカに追いつき、GDP世界一の順位も目前に迫っていた勢いが失われて以降、日本人は何だか諦めムードや沈滞ムードが支配し始め、無気力になってきたように思います。

 以降、どれだけ順位を落とそうとも、あれだけ輝いていた花形産業が落ちぶれ、消失しても何も思わない社会。

 そこは中東産油国の国民と対照的ですね。

 自分の収入がどんどん減り続け、重税に悩み、各種ハラスメントに怯え、居心地の悪い居場所しか無い、自信を持てないメンタルなど。

 いつしか仕方ないと思っていませんか?

 諦めていませんか?

 現実逃避していませんか?

 

 明るい未来を見いだせないのは自分のせい?

 

 でも自分の一生は、かけがえのない自分のモノ。

 残りの人生を諦めで過ごし、死を待つのですか?

 それで良いのですか?

 

 人はそれぞれ背負うものは違います。

 高みの目標を達成するため、日々努力している人。

 寝たきりの生活から自力で起き上がれるよう努力し、自立を目標にしている人。

 家族のため、必死で働く人。

 

 人々は様々な障害を乗り越え、日々生活しています。

 

 今の日本を見ると、全体に沈滞した雰囲気に染まっています。

 生活水準の落ち込みや、国力の低下を数字が証明し表しています。

 

 だから私は国民の皆様に向け、敢えて訴えかけます。

 尚一層の奮起を!

 昔のモーレツコマーシャルにあった『24時間戦えますか?』なんて極端な要求をしようと思っているのではありません。

 

 具体的な理想や目標を高く掲げ、昔の日本人が世界に誇る事業を達成してきたような体験を今の私たちが再現すべく、今一度頑張ってみてはいかがでしょう?

 

 と云っても、『プラン・シェア40』に掲げた特定産業の勃興のみに拘って欲しいと呼びかけているのではありません。

 今自分の前に立ちはだかる壁を乗り越え、前進する確固たる意思を持って欲しいのです。

 あなたの前の壁がどんな壁であっても、他人から見てどんな壁であっても、あなたにしか乗り越えられない前進の証なのです。

 

 突然ですが皆さん、自分は野球やサッカーなどのスポーツ選手だと想像してください。

 あと一球、あと一打、あとひとゴールで勝負が決まる。

 あと1センチ、あと1秒で勝負が決まる。

 自分の次の行動如何で勝負が決まる。

 意を決し、まなじりを上げ、正面から挑戦し、全力で結果を受け止める。

 そうした奮起の決意と行動が自分を動かし、社会を動かし、結果として国家が動くのです。

そうした意味で『プラン・シェア40』という具体的で分かり易い目標を、国家の立場として掲げました。

 

目の前の困難、何するものぞ!!

 

 そうした気概を持って欲しく、このスローガンを策定し、国民の皆様にご提示申し上げます。

 

 と、まあ、意思薄弱で無力な私が偉そうに一段高いところから言っているが、お前が言う?

  皆さまそうお思いになるでしょう。

 

 私にも挫折の経験は無数にあり、地べたに這いつくばって涙を流したことが有りました。

 そして私が首相に選任されそうになった時、私は政府の担当官に質問しました。

「どうして私が選ばれたのですか?私には何の取り柄も無いぐうたらな男に過ぎません。

 競争が苦手で、辛い事からも目を背け生きてきました。

 そんな私の何処に首相の資質があると云うのです?」

 そうしたら彼は云いました。

「そうしたあなただから適任なのです。

 あなたは御自分が取るに足らない、一般の弱く臆病な庶民に過ぎないと思っているようですが、そう云う人材が一念発起しこの国のリーダーとして先頭を切って戦う姿勢を持つことが重要であり、首相の資質なのです。」

(本当はこの取るに足らない、の言葉のあと、この担当官板倉は、顔に締まりがない、服装にセンスが無い、足が短い、女性にモテそうもない、といった余計なデスりもさりげなく言っているが、ここの部分は省略)

 更に続けて

「あなたは誠実な人です。そして正直な人です。

 人に負けない挫折と苦労を経験してきた人です。

 あなたには人の痛みを察し、何とかしたいと自分の感情を突き動かす人です。

 だからそういう人を国家のリーダーとして掲げ、国民のための明るい社会を築けるよう、人事委員会が取り計らったのです。」

そう言って説得されました。

 私は何故か妙に納得してしまいます。

 私は小心者で狡く、無力な小市民に過ぎません。

 でもそんな私でも適任だと言ってくれたのです。

 だから私は奮起しました。

 私のような何処にでも居る一般市民でも頑張ればできる職種『内閣総理大臣』を身をもって証明する事が、後に続く人々に対する責務だと思い、そう云う意味でも国民の皆様の前で自分をさらけ出し、表明しました。

 その想いを察し、受け止めていただけたら幸いです。

 

 

 

 

 

 この一件の舞台裏の一幕

 

 平助がこの演説をぶつ前のぶら下がり会見で大きな波紋を興し、事前に知らされていなかった板倉には当然烈火の如く叱られている。

 

 「平助さん、何ですか、あれは?」

 とぼけ顔の平助は平然と聞く。

「あれって何ですか?」

「あれって、あれですよ!」

「だから、そのあれって何?」

「あなたがぶち上げた『プラン・シェア40』とやらですよ!

 元々あなたがトボケた顔してるからって、当たり前のようにトボケないでください!」

「あぁ、あれね。国民ネットアンケートの要望を見ていてね、多くの国民の沈滞ムードを感じたの。

 だから一発、景気づけにね。」

「景気づけにね、って、アータ《あなた》、自分の言っていることが分かっているんですか?

 あんな大掛かりなプランを思い付きでぶちまけるなんて!どうするんですか?

 今後どうやって話を進めるんですか?

 国が本気で実行するとしたならば、綿密な市場調査と実行計画やその工程を策定しなければいけないんですよ!どうするんですか?」

「アッ!『どうするんですか!』って二度言った!

出たよ!板倉さんの『どうするんですか!』病!

そんなに僕を追い詰めないでください。

 どうせいつかやらなければならない事なら、今から始めれば良いじゃないですか。

今からプラン策定の専門部会を作り、市場調査も、その分析も、行動計画も進めて行けば良いじゃないですか。

どうせ私の代で達成できる訳ではないし。

「・・・・アータ《あなた》ねぇ・・・。」

呆れてモノが言えない板倉であった。

 

 

 そして家に帰るとカエデが

「その話、面白そうね!私も乗った!!」

「カエデ・・・、「私も乗った」って、カリブの宝探しじゃないんだよ!何に乗るんだ?」

「だから専門部会を作るんだろ?私もそのメンバーに入れてもらうと云う事よ。」

「専門部会って・・・、まだ何も決まっていないけど、そこは頭の良い人を結集させる部署になるんだよ。どこぞの貧乳の行くところじゃない事ぐらい分からない?」

「どこぞの貧乳って・・・、誰が貧乳じゃ!こんな豊満なスタイルの私に対して失礼な!!

 大体その部会メンバーと貧乳の何処に関連性がある?エッ、エッ?

それに私って頭良いじゃない?

 少なくとも平助より成績は上だったよね。」

「あぁ、僕はカエデより頭の悪い総理大臣ですよ!ゴメンアンサイね!!

 分かったよ!好きにして。でも選ばれるかどうかは関知しないよ。」

 

 どうせ選ばれることは無いとタカを括る平助。

 しかしカエデは部会メンバーとして選出された。

 

 

 但し正式メンバーではなく、お茶くみや会議場サポート要員として。

(これはカエデに頼まれた(脅された)板倉の配慮だった。)

 

 

 

 

 

 

       つづく

 

 


ママチャリ総理大臣~時給1800円~【改】第18話 鯖江《さばえ》の呪い?え?それって超能力(?)

2023-12-14 05:53:01 | 日記

 財務省主計局長 佐藤 鯖江さばえは日銀総裁 相原 権蔵と折り合いが悪い。

 と云っても表立って大きな対立や大太刀廻おおだちまわりがあった訳ではない。

 お互い畑違いからくる立場や考え方に、うめるのが不可能なほど住む世界が違うから仕方ないのだ。

 相原総裁はネット政変後もキャリア組で生き残る数少ない存在であり、有事の際の【影の内閣シャドーキャビネット】から切り離された要職であった。

 日銀総裁という立場はネット政変以降権限が大幅に縮小されたが、今も尚、金融市場をコントロールするキーマンとして機能している。

 そのため高度な専門知識と洞察力を要求され、公募組の素人集団に決断を任せるには時期尚早と判断されているのだ。

 それに加え、日銀総裁という立場は重要なポストな割には、生臭い利権や私利私欲の野心を満たす要素が希薄な役職である。

 そういった理由で旧キャリア組の生き残りとして、日銀生え抜きの有能な専門職として、期待の抜擢となった。

 それに対し日銀以外の他の政府の部署のキャリアポストは総て公募組。

 だが何か問題が起きた際や有事の際には、直ちに後ろに控えている専門知識と経験豊富なアドバイザーである旧キャリア組エリート集団が【影の内閣シャドーキャビネット】を形成し後ろに控えている。

 しかもそのメンバーは、利権や野心に汚染されていない純粋専門職畑のキャリアコーチング・スキルを持つ集団でもある。

 だから政策が煮詰まった時の非常時の助言は、いつでもできる体制となっているのだ。

 

 そう云う訳で相原日銀総裁と比べ、鯖江さばえ主計局長は他の公募組と同様、一般庶民選抜の素人集団に過ぎない。

 その鯖江さばえ主計局長が所属する財務省を例にとると、大きく本省と外局に別れ、特に鯖江さばえ主計局長が所属する本省には、内部部局・施設等機関・地方支部部局に分けられ、更に内部部局に大臣官房・主計局・主税局・関税局・理財局・国際局に細分化される。

 当然 鯖江さばえ主計局長とは、その中の主計局のトップ。

 旧財務省の中では要職中の要職、国家利権が集中する最も汚職や野心が渦巻くポストであったのだ。

 だからこそ特別職としてのエリート意識を徹底的に排除した〘庶民出身〙・一般国民目線での常識的判断のできる清貧・公正な人材が期待され、その結果が鯖江さばえ主計局長なのである。

 

 佐藤 鯖江さばえ主計局長の仕事に於ける信条は、多くの人と接し、注意深く顔色を観察、その人の置かれた状況・本音を探り、その中から世の中がどう動いているのか総合的に判断、経験的な勘を総動員して分析する。

 つまり彼女は、パソコンモニターに表示される統計上の数字をあまり信用していないのだ。

 もちろんそれらの貴重な資料を無視するわけではないが、それらの分析は部下である他の主計局メンバーに任せ、自らはもっぱら地方の市場巡りや流通事業所などに赴き、生の声を収集し鳥観図法のようなグローバルな観点で世の動きを見定め、足で稼ぐようにしている。

 彼女のそうした思考と習慣が≪スーパー激安≫での業績を産み、財務省主計局長に抜擢された理由であった。

 それに対し日銀総裁 相原 権蔵は、有能なエリートにありがちな数字主義の権化であり、鯖江さばえ主計局長のような足で稼ぐ非効率な情報は、全くの無駄と考える効率主義者であった。

 対極を成すふたりだが、国家経営の実務的 かなめを担う人材であり、金融・財政面の舵取りでその能力を大いに発揮していた。

 

 だが鯖江さばえ主計局長は権蔵総裁に対する感想について、いつもの庶民感覚に戻り、カエデにしばし苦情(悪口)を言う。(もちろん直接遭遇する機会が少ないためもあるが、立場が違うし総裁本人に噛みつくなんて事があるはずも無い。)

 カエデはこの頃、鯖江さばえの地方視察に同行する機会を得、積極的に彼女のやり方を観察、修行の場としていた。

 だから平助のご意見番を務めながら、政治的視野を広げるため、敬愛する鯖江さばえもとで接する機会を意識的に持つようにしている。

 そんな鯖江さばえの主な辛辣な評価はこれまで平助にあったが、この頃に至り平助が半分、権蔵が半分になりつつあるとカエデは感じ始めていた。

 

 実は鯖江には信じられないような超常現象とも言える別な特殊能力(超能力)を持っているみたいだ。

 その超能力とは、彼女が平助や権蔵の陰口を叩いているその時、何と不思議なことに、その標的の相手は遠く離れた場所にいるというのに、何度もクシャミをするのだ。

 他人に噂話や悪口を言われるとクシャミをする?

 そんな都市伝説のような冗談が本当に有るのか?

 そんな現象にいち早く気づいたカエデは、それを【鯖江さばえさんの呪い】と心の中で命名した。

 

 どうして気づいたのか?

 

 それはカエデが鯖江さばえと一緒に平助や権蔵がテレビ画面に登場した会見発表を見た時、決まって鯖江さばえはいつも辛辣な感想をテレビ画面の相手にぶつける。

「今日の平助さんは、しきりに目をしばたかせて落ち着きがないわねぇ。あれじゃぁ内閣支持率の世論調査で女性票が伸び悩むのも無理ないじゃない?

カエデさん、もっとビシッと尻を引っぱたかないとダメじゃない」だの、

「この相原総裁の顔色ったら、病的なくらい青白いし、どこかヒョトコを連想する威厳の無い顔よねぇ~。」

だの、言うが早いか、いつも画面の向こうで陰口を叩かれた相手は激しく何度もクシャミをしだす。

そんな現象を何度も目撃したら、誰だって鯖江さばえの呪いと思うだろう。

真偽の程は明らかではないが、カエデはそう固く信じ、鯖江さばえに心から畏怖の念を持った。

 

そんな超常現象の対象にされているとは露知らぬふたり。

特にマスコミにその姿を晒す機会が多い平助は、何でテレビに写っている時に限り、こんなにクシャミが出るのだろう?と悩み始めていた。

この現象が続き、マスコミもこれでは具合が悪いと思ったのだろう。

クシャミの場面は事前に編集でカットされ、国民の前で晒されることはごく稀になったが、深刻な問題に発展しないうちに何とかしなきゃ、と思う平助と真実(?)を知るカエデは深く考えるようになった。

 

そんなある時、カエデが鯖江さばえに冗談めかして

鯖江さばえさんが平助のこと噂する時って、いつも平助ってクシャミするのよね。可笑しくて受けるんですけど。」とさりげなく言う。

「そうかしら?もしかして私って超能力者?ナンチャッテね。」と笑って応える。

 しかしそう言われると・・・思い当たる節がある鯖江さばえであった。

 

 だがその後どうなったかは誰も知らない。

 だってテレビ映る姿は多分編集されているし。

 鯖江さばえが辛辣な評価を止めたという兆候も確認できないし。

 だって鯖江さばえは人のゴシップやら噂話が大好きな性格だから。

 

 そういう訳で当然 鯖江さばえが超能力者なのかも確認できていない。

 

 

 

 

 一方そんな時、平助は減税をどうするかで悩んでいた。

 

 景気と弱者救済問題と財政健全化の相反する目標を睨み、閣議以外で財務大臣と協議する機会が増えて来た。

 だが当の財務大臣は平助たちと同じ庶民出身の素人。

 税収や予算に関する実務は鯖江さばえが握っていると考えた方が良い。

 仕方なく平助は鯖江さばえに直接財源の捻出を依頼する。

 そんなときの平助は≪スーパー激安≫時代に戻って、値引きシールを強請ねだる貧乏青年のようだった。

 「ね、佐藤さん。これ値引きしてチョ。ね、ね。」

 の乗りで「減税の財源をねん出してチョ。」って手を合わせるのだ。

 それも数兆円単位で。

 

 そんなんで良いのかなぁ?

 ま、いいか。

 

 そうして早々と補正予算が組まれる国、日本。

 

 

 

 そうした背景もあり、平助は赤字財政事態打開の切り札として『プラン・シェア40』をぶち上げた。

 これはネットアンケートによる方針ではない。

 平助独自のアイデァである。

 

 

 この平助の発表が、後に国内外に大きな波紋を呼ぶことになった。

 

 

 

 

 

 

    つづく

 


ママチャリ総理大臣~時給1800円~【改】 第17話 おふくろの味

2023-12-12 05:45:38 | 日記

 重ねて言うが、ネット政変以降、第一公募世代から第4公募世代に至るまでの仕事は、インターネット国民アンケート機構で決定された案件を条文化し、公布・執行する事。

 だからその国民の意思を着実に遂行するため、あくまでも一切のエリート意識を排除した信頼のおける愚直で誠実な庶民でなければならない。

 その中に個人的私利私欲な野心は、微塵も紛れ込ませてはならないのだ。

 一般社会のスーパーやコンビニの店員、飲食店の店員が誠実な接客に徹し、お釣りや売上げ金を責任を持って一円の間違いもなくチェックし管理するのが当り前のように、ネットで任命された行政執行者には、国家予算や行政の隅々に至るまで、正直で誠実な仕事が求められる。

 

 『平和・平等・誰もが安心して暮らせる社会』の崇高な理念の下、平助たちは奮闘していた。

 

 平助たち全メンバーのデスクとモニターには、日夜国民の要望がダイレクトに表示され、今国民は何を求め、どんな問題を抱えているかがタイムリーに把握できるようになっている。

 例えば井口外相が国際会議で奮闘中、厚労省では年金制度の狭間で苦しむ生活者や、生活保護を受けられず困窮する人々への適正な救済に向けて、真っ当な常識と感覚を持ち対処し汗を流している。

 だから年金や生活保護で生活する人々が人としての尊厳を守られるのは当然であるが、どんなに頑張っても低所得に甘んじなければならない劣悪な労働環境にあるパート・派遣労働者などの人々が、そうしたセーフティーネット層より生活が下回っては本末転倒である。 

 だから派遣制度やパート労働の問題点にメスを入れ、ここにも取りこぼしがあってはならない。

 また、難病に苦しみ、ままならない人。

 ヤングケアラーや、老々介護で苦しむ世帯。

 身体に障害を持ち、生活が困難な人。

 

 それら弱者と呼ばれる人たちが笑って暮らせるよう、温かい社会を形成する事が平助たちの責務として期待されている。

 

 そうした政策を実行するには、それに耐える盤石な財政基盤の確立が急務であり、今まさに全力で取り組まれていた。

 

 そのため経産省・資源エネルギー庁が主体となり、その目的を達成するため新たに設立された国営企業体が領海内の資源エネルギーの採掘を一手に引き受け、間もなく商品として市場に流通できる段階『フェーズ4』を迎えていた。

 

 国内消費分は勿論の事、国際市場にも流通させるため、鋭意努力している政府。

 

 ただ市場に売り込むだけでは、既得権益を犯される勢力の反発と妨害を産むだけであり、決して成功できない。

 だからアメリカへの根回しと、産油・流通市場の中心である中東産油国への気遣いが必須となる。

 アメリカはともかく、中東産油国には、原油の供給で長年散々お世話になっておきながら、自国で賄えるようになったら掌返てのひらがえしで市場を奪う行為は看過できないだろう。

 それ故、現在まで良好な関係を維持してきたパイプを生かす国際協力が必須となる。

 日本が市場参入する分、産油国の輸出における原油の脱依存度を高め、脱石油の産業構造を構築するため、あらゆる協力を惜しまない。

 そのための技術と資金力を持つ日本。

 インフラ整備や技術移転、実業ノウハウの提供など、様々な分野で協力してきた。

 石油に頼らずとも済む産業立国。それが中東産油国の悲願。

 (例えば実際サウジアラビアやイランなどは、インフラ整備よりも日本に期待する育成分野としてアニメが根強い人気があり、自前のアニメーター育成に本腰を入れ始めている。それらは日本の得意分野であり、大いに協力できる産業であった。また、鉄道敷設・安全正確な運行技術の習熟や、各々の国の特性を生かした先端技術のノウハウなどの非軍事技術。)

 すそ野を広げ惜しまず協力し、共に歩むのが日本のスタンスなのだ。

 

 そうした努力を経て、ついに日本の悲願でもある国内流通によるエネルギーの自立を達成できる段階にまで到達した。

 それが充分浸透してきたら徐々に国際市場に参入し、レアメタルの開発と平行しながら、輸出産業の発展に寄与できる段階にようやく到達したのだった。

 

 財政健全化とは、そうした創意工夫の努力が必要なのだ。

 

 

 

 

 

 一方、平助の家計は時給1800円の収入を得る事により、多少の余裕が出てくるようになった。

 もう≪スーパー激安≫の値引きシールに頼ることなく三食の調達が可能になり、何よりカエデがほぼ毎晩、夕食を手作りで用意してくれるので、非常に助かっている。

 もちろん総理大臣の立場上、支出も増えてくるので、そう大きく貯め込む事ができる訳でもないが。(角刈り三人衆と夜ごと居酒屋に繰り出していては、貯金なんて到底無理と云うもの。総理大臣の立場って大変ね・・・・少々皮肉です。)

 

 そんなある日。

 珍しく角刈り三人衆は居酒屋に行かず、平助の蓬莱軒二階のアパート一室にてささやかな夕食を摂ることにした。

 その日のメニューはカエデが作ったカツカレー。

 美味しい、美味しいと言いながら頬張るカレーは、何故か幼い記憶に残る懐かしい家庭の味だった。

 奇しくもカエデを含む四人は早くに母親を失い、もう何年も母の味を口にしていない。

 そのせいなのか、頬張りながら涙が出て来た。

「このカレー、美味いけど辛いな。」

「そうか?僕はそんなに辛く感じないけど?」

「子供の頃おふくろが作ってくれたカレーは、もっと甘口だったからかな。」

「お子ちゃまか?杉本さんは!ホラ、そんなに涙を流して。」

「涙とチャウ!!これは心の汗じゃ!」

「どっかで聞いたフレーズだね、ハハハ。でもこのカレーは懐かしい味がするよ。

 ありがとう、カエデさん。」

 そう言って泣き笑いの田之上がカエデに感謝する。

 三人の高評価で面目を保ったカエデは上機嫌。

「どういたしまして!平助には度々作っているから少しは上達したでしょ?

 ね、平助。」

「そうだね。『石の上にも三年』だ。カエデもようやく母の味を出せるようになったようだ。」

「石の上にも三年?その例えはどうかと思うぞ。」

「そうだよ、それに平助君とカエデさんは、そんなに長い間深い関係だったのか?

 ヒューヒュー!ヨ!お二人さん!!」と思いがけないところで囃し立てられ、

「そんな深い関係じゃないし!」

 と平助・カエデが同時に返した。

「やっぱり息がピッタリだ!流石さすがおふたりさん!」

 藪蛇やぶへびの反応にたじろぎながら、内心はまんざらでもなさそうなふたり。

 

 平助は居心地悪そうに話題を変え、政治談議に白熱した議論を交わしだす。

 それを脇で熱心に聞き入るカエデ。

 

 そうして今夜も更けてゆくのだった。

 

 

 

 

    つづく