uparupapapa 日記

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奇妙な果実~鉄道ヲタクの事件記録~第9話 外遊のお土産話

2024-06-09 05:13:52 | 日記

警告!

 

今話の内容には残酷な描写が含まれます。

苦手な人はご注意ください。

 

 

  秀則が帰国して一週間が経った。

 

 

 

 秀彦と早次の成長の速さは、一年の空白を埋める以上に大きい。

 

 一緒に過ごしていたら気づかない一日の貴重な重さが、離れていたがために今更ながら心のひだに突き刺さる。

 

 

 

 秀彦が裏庭に咲くアジサイの葉に泳ぐデンデン虫を、この世の奇跡を目撃したかのように真剣な表情で観察する様子。

 

 早次が母百合子にしがみつき、その肩越しに僕を見つめる様子。

 

 そこは早次にとってこの世で一番安心できる場所であると主張している。

 

 

 

 塀越しに遠くから豆腐屋のラッパが聞こえてくる。

 

 ああ、ここは日本なんだ。

 

 海外での暮らしも決して危険なことは無かった。

 

 ある一度の経験以外は・・・。

 

 

 

 ただ、その体験時以外も平時は気が抜けない。

 

 いつも心の鎧を脱ぐことは無かった。

 

 外国とはそういうところなのだ。

 

 命の危険と心の不安。その不確かで未保障のフィールドが、日本以外の世界であると身に沁みて理解できた。

 

 我が家の当たり前の平和と安らぎが、今まで過ごしてきた僕の海外での生活の経験と感覚を狂わせる。

 

 僕は今、孤立している。

 

 誰にも話せないが、この愛する我が家で僕は孤独だった。

 

 そんな様子に百合子はとっくに気づいていたが、かける言葉が無い。

 

 きっと何かあったのだろう。でも夫が私に心理の奥底を見せてはくれないのが寂しい。

 

 すぐそばに居ながら、ただただ何もできぬまま心配するしかないのかしら?

 

 思い余って百合子は4歳年上の僕の兄秀種にボソっとこぼした。

 

「帰国してから秀則さんの様子がおかしいの。

 

 何がどうおかしいという訳ではないけれど、何だかいつも沈んでいますの。」

 

 ただそれだけ言うと姉の有紀子に向き、話題を変えた。

 

 何をどうしろという訳ではない。

 

 ただ一言こぼしただけだった。

 

 

 

 俺にどうしろと云うのだ?

 

 仕方ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「秀則、外遊はどうだった?」と、勤めてる銀行が休みのある日、秀種が僕に声をかける。

 

「ああ、兄さん、無事日程をこなせたよ。役所にちゃんと復命もしたし。」

 

「そうじゃなくて、楽しく過ごせたのか?」

 

「兄さんは何か勘違いしていない?外遊と言うけど、視察だからね。視察!シ・ゴ・ト!

 

 実質、外遊なんて要素、どこにもなかったんだから。

 

 ただ淡々と決められた日程をこなすだけだったよ。」

 

「嘘つけ!鬼の居ぬ間に楽しい船旅と外国の有名歓楽街で、ドンチャン騒ぎしてたんだろ?お前の目を見りゃ分る!」

 

「兄さんは似非えせ超能力者か!

 

 そりゃ、多少は同行した仲間たちと少しはお酒ものんださ。でもね、僕らが集団で羽目を外した姿を現地人が見たらどう思うか?ってね。そう思うと程々の嗜たしなみ程度しか楽しめなかったよ。

 

 それにね、世界中何処に行っても白人らの差別を感じて日本国内のような訳にはいかないし。」

 

「そんなに差別されたのか?」

 

「そうだね。あからさまな態度と、一見そうと分からない扱いと、色々あったよ。」

 

「そいつは酷いな!世界中どこに行っても、なのか?」

 

「概ね白人社会は何処に行ってもね。でも場所によっては濃淡があったよ。」

 

「場所によって?具体的に何処と何処だい?」

 

「一口では言えないよ。香港とシンガポールは中国人が多いだろ?だから白人の目をそれ程気にしなくても良かったけど、その代わり今中国とは敵対関係にあるだろ?だからいつも油断できず気が許せないし。

 

 カルカッタはインド人が多いし、あとは香港・シンガポール同様イギリス人。マダガスカルは黒人とフランス人。経済を握っているのはフランス人だから、船が補給のための短期滞在中は初のフランス料理にありつけたよ。

 

 南アフリカは厳しいアパルトヘイトの国だから、凄く居心地が悪かったし。

 

 ヨーロッパは当たり前だけど、何処に行っても白人ばかりだろ?

 

 そりゃ勿論、あからさまな差別をする者ばかりじゃなかったけど、友好的な人ばかりじゃないと、いつも気を張っていたよ。

 

 南アメリカはインディオ系と少数の黒人と、ラテン系白人が多かったな。」

 

「そうか。

 

 話を聞くと、あまり楽しい旅じゃなかったようだな。

 

 ・・・って、ホントなのか?」と、疑いの目。

 

「ホントさ!決して妻の目が届かないうちに命の洗濯をしようだなんて思ってないし。」

 

「あぁ~!ちょっと本音がでたな?」

 

「そ、そりゃ、そんな不心得者がメンバーの中に居ない事もなかったけど、結局誰も羽目を外したりしなかったし。」

 

「そうなのか?それはつまらなかったな。

 

 そうそう、さっき百合子さんが「秀則さんが外遊から帰ってきてから、何だか元気が無いの。」って言ってたぞ。食あたりにでもなったか?お前は食いしん坊だからな。腹が減って手当たり次第口に入れたんじゃないのか?」

 

「手当たり次第って、人を飢えたケモノみたいに。失敬な兄貴だな!そんな事あるかい!

 

・・・でもそうなの?百合子は何も言ってこないけど、心配かけたかな?水には何度かあたったけど、それ以外の食あたりは無かったよ。」

 

「それじゃ旅の途中で何か他にあったのか?それとも家に帰ってきてから粗相でもしたか?」

 

「粗相?子供じゃあるまいし、粗相なんてしてないよ。」

 

「そうか?」疑いの声と表情がありありの兄上。

 

 秀則は観念したかのように

 

「兄貴だから打ち明けるけど・・・。あんまり人には話したくないけど、実は・・・」

 

 と意を決して打ち明ける事にした。

 

「別に秘密にするような事じゃないし、言ってもいいんだけど・・・、あまり愉快な話じゃないんだ。だから百合子にも言うのをはばかってね。」

 

「ふんふん。」

 

「視察の最終目的地のアメリカで、嫌なものを目撃したんだ。」

 

「嫌なもの?」

 

「そう、とても不吉でゾッとする風景。

 

 壮絶な黒人差別をね。」

 

「・・・そうなんだ。」

 

「あれはニューヨークに上陸してから西へ向かう大陸横断鉄道の始発駅のセントルイスに向かい、視察を開始し始めていた時だった。

 

 街の郊外を歩いていたら、ある『人だかり』を見つけたんだ。

 

「何だろう?」

 

 そう思いながら近づいていくと、人込みの向こうのポプラの木に何か吊り下げられていたんだ。

 

 季節外れのクリスマスツリーか?って思っていたら、なんとそれは人の首つり遺体だった。

 

 それも二体。

 

 自殺か?いや、違う!瘦せこけた遺体にいくつもの殴られた痕や切り傷があり、血がしたたり落ちていたよ。

 

 彼らは殺されたんだ!と直ぐに気づいた。

 

 そしてこの取り囲む群衆は、集団リンチで殺した犯人たちと、囃し立てた野次馬だったんだって。しかもその中に普通の市民の姿をした女性まで紛れてね。

 

 

 

 僕の背筋が凍ったのは凄惨な遺体を見たからではない。

 

 それを取り囲み、薄笑いすら浮かべていた群衆に対してだったよ。

 

 

 

 ここに居るのは人じゃない!

 

 

 

 僕は言葉にならない声を発して群衆をかき分け遺体を引き下ろそうとしたんだ。

 

「何と酷むごい事を!」

 

みっともないけど、僕は泣き叫びながら遺体にしがみついた。

 

「何やってるんだ!」

 

 群衆の中から怒りの抗議と怒号が聞こえてきた。

 

 僕は構わず引き降ろそうとしていたら、

 

「こいつを殺せ!」と背後から声がし、僕を遺体から引きはがし、何度も殴ってきたよ。

 

 僕は生まれて初めて命の危険を感じた。

 

 それから間もなく、後ろから直ぐに銃声がしてね。

 

 群衆の蛮族たちの僕を殴る手がとまったんだ。

 

 

 

「止めろ!止めないと撃つぞ!」

 

 群衆の向こうに黒スーツの白人数人が銃を構えているのが見えた。

 

 彼らは群衆に対し、威嚇射撃をしたのだと分かったよ。

 

 その後僕は殴られた痛みから気を失い、気づいたらホテルの一室にいたよ。

 

 仲間たちの言うには、僕ら一行を監視していた公安(?)の連中が助けてくれたんだと。

 

 でもその助けた理由は、僕らの命が大事だからではなく、僕らが(小規模ではあるが)日本の国を代表する使節団だったから。

 

 ここでぼくが死ねば、厄介な国際問題に発展するだろ?

 

 「ジャップは大人しくさっさと国に帰れ!」だと。

 

 多分彼らはCIAかFBIのエージェントだろうけど、面倒は起こすなだって。

 

 僕は胸糞悪く、あの国を出る最後の時まで嫌悪したよ。

 

 

 

 僕の元気がないとしたら、その時の体験が尾を引いているからだと思うよ。」

 

 

 

「そうか、そんな事があったのか。

 

 でもな、いつまでもそうして沈んでいたら、前には進めないぞ。

 

 気持ちを切り替え、以前のお前に戻れよ。

 

 お前はそのための国の人材であり、家族の大黒柱の宝なんだからな。

 

 そんな経験があったとしても、気持ちを強く持て!

 

 男だろ?ナッ!」

 

 そう言って励ましてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 秀則は鉄道局に一年の視察を終え鉄道局に復帰するにあたり、復命書と膨大な添付資料を提出している。

 

 それらの中で特にアメリカに関する資料は、後の秀則にとって重大な影響をもたらす結果となる。

 

 

 

 その内容を要約すると、

 

 

 

 

 

 

 

 アメリカの鉄道環境

 

 

 

 アメリカはその建国の歴史から1800年代の西部開拓に伴い、鉄道の発明・実用化と建設がほぼ同時に発達・推移する。

 

 その西部開拓は常に侵略の歴史であり、先住民からの掠取りゃくしゅ、隣国との戦争による土地取得、鉄道敷設にかかる開拓民からの強引な土地収奪(地上げ屋並みの手法)等、力による手法での建設が主であった。

 

 更にその鉄道建設に際しては、黒人及び苦力クーリー(中国系奴隷労働者)の使役によるところが大きく、劣悪な労働環境、極めて非人道的な犠牲の上に成り立っている。

 

 その後の運営にしても同様で、白人と黒人従業員には明らかな差別の壁が存在し、結束ができていない。

 

 これらの会社運営には利己的な利益追求しか見えてこず、受益者であるはずの社会に対する奉仕の理念が存在していない。

 

 我が国の鉄道運営の根幹であるべき『鉄道一家』としての一体感による相互扶助及び総合力の強化を目指す理想・理念が彼の国には無い。

 

 更にアメリカの特徴として、広い国土に人口が点在するだけで、旅客鉄道の立地条件は必ずしも良いとは言えない。

 

 農産物等、物資の大量輸送に特化し、活路を見いだすしかないであろう。

 

 事実、昨今の自動車産業の発達は目覚ましく、人の移動は自動車に取って代わられ、圧倒される状況が現れ始めている。

 

 強引な力による運営方法及び、人種差別の激しい社会環境に於いては円滑な発展は望めない。

 

 以上の観点から、アメリカの鉄道環境事情は日本にとって参考になるとは言い難い。

 

 

 

 

 

     以上

 

 

 

 

 

 セントルイスでの白人による黒人差別犯罪と、秀則に対する襲撃事件が彼にとって大きな印象と影響を及ぼし、その報告書の内容にも情け容赦のない記述が反映された。

 

 この報告書の添付資料内容はアメリカ当局に知られる事となり、後に僕は要注意人物としてアメリカ当局にマークされる事となる。

 

 

 

 

 

 僕のアメリカに対する感想

 

 アメリカという国とそこに住む人々は、人として何か大切なものが欠如しているように見える。

 

 黒人に対する憎悪と差別意識が昂じて、集団リンチによる殺害が横行する国。

 

 そもそもアメリカという国は、ピューリタンが建国したキリスト教信者が支える国家ではなかったのか?

 

 その教義により、敬虔で善良な生活を求められるはずの信者たちが集団リンチによる犯罪?

 

 キリスト教の教義では、黒人等の異人種に対する差別が許されているのか?

 

 差別や憎悪による殺害が許されているというのか?

 

 それがキリスト教なのか?

 

 白人社会に蔓延するそうした空気はキリスト教によるものなのか?

 

 

 

 

 

 否!

 

 

 

 それは絶対に違う。

 

 秀則はキリスト教信者ではないが、そこだけは違うと信じている。

 

 

 

 黒人を殺害しておきながら、平気な顔して教会で礼拝を受ける白人たち。

 

 彼らはどう見ても偽善者のそしりは免れない。

 

 そうした彼らが形成する国。

 

 秀則はそうした国に対する漠然とした恐怖と不安を帰国まで持ち帰ってしまった。

 

 

 

 百合子の秀則に対する懸念もそこから来ている。

 

 

 

「あなた、外国で辛い目に遭われたのね?

 

 私は妻としてあなたに何もして差し上げられませんが、せめて我が家でだけは、あなたのお心を温められるよう、お守りできますよう、全力を尽くしますわ。」

 

「ありがとう、百合子。

 

 心配をかけたね。

 

 でも僕はもう大丈夫。百合子や秀彦、早次を見ていると、そういつまでも沈んではいられないよ。

 

 さぁ、明日からまた頑張るか!」

 

「父さん、何を頑張るの?お勉強?」

 

 秀則はこの頃、字を覚えるのが楽しくて仕方ないらしい。

 

「お勉強かぁ~。そうだな、父さんも秀彦に負けないよう、お勉強、頑張るよ。」

 

 早次がいつものように百合子にしがみつき、ジッと僕を見ている。

 

 

 

 

 

 最近の日本を取り巻くキナ臭い情勢に懸念を持ちつつも、せめて日本の鉄道だけは人を差別しない、人に優しい存在でありたい。

 

 温かい我が家のように。

 

 そういう鉄道を作るのが僕の使命だ。

 

 そう固く決意する秀則であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      つづく