uparupapapa 日記

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お山の紅白タヌキ物語 第二章 第五話 祝言といくさ

2024-01-24 05:44:58 | 日記

 お山の大飢饉を何とか乗り越えた数年後、権蔵タヌキや尚郎タヌキたちは妖術を極め、昇級試験を順調に上り続けた。

 二級だった権蔵タヌキは三段に、あの劣等生だった尚五郎タヌキと庄吉タヌキは初段になり、一人前の立派な大人のタヌキとして認知されるようになる。

 また、おせんタヌキもまだ少女タヌキながら、昇段試験を受けられる年齢になって、いきなりもう四段と天才ぶりを発揮した。

 そんな昇段試験を目覚ましい異例の速さで飛び級し、権蔵タヌキでさえ頭が上がらない出世を尻目に、男タヌキの面々は少々渋い顔であった。

 

 

 

 お里ではおミヨちゃんと慎太郎の祝言を目前にして、村中が活気だっている。

 この年、おミヨちゃんと慎太郎のご両人以外も二組の祝言が予定されており、祝言ラッシュのおめでたい雰囲気で沸き立っているから。

 

 こんな小さなお里の村で、どうしてそんなに祝言が流行はやっているのか?

 別に単なる流行はやりで結婚するのではなく、それにはちゃんとした理由があった。

 

 この年、つまり1904年(明治37)2月、日露戦争が勃発したからである。

 事の経緯は省略するが、この戦争は日本にとって国家の存亡をかけた大戦おおいくさであった。

 

 日本中の若者たちが召集され、戦地に向かわねばならない。

 だからまだ独身の者たちは取り急ぎ身を固め、一人前の男として出征するのが常識だった。

 召集令状を受け取った者は次々郷土を離れ、戦地に向かう。

 だから祝言をあげても直ぐに離れ離れになる運命に、新婚カップルは燃えに燃えた。(なに不埒な想像してんの?出征までの短期間しかいられない定めを埋めるため、濃密な時間を持ったという意味よ!)

 

 ひと際美しく成長したおミヨちゃんと、強くたくましく、誰よりも優しい男に成長した慎太郎も燃えに燃えていた。(だから!変な想像したら、メ!!)

 祝言前日、ふたりはお地蔵さまに結婚の報告をし、いつもより豪華なお供物を供えた。

 相変わらず飽きもせず、おせんタヌキも隣で似非えせ地蔵として鎮座し、ふたりのカップルの報告を受ける。

 おせんタヌキは、いつも大変お世話になっているふたりを心から祝福した。

「おめでとう~!」の言葉を念で伝え、お地蔵さまに化けたそのお顔で精一杯可愛らしい笑顔を見せた。

 お隣の本物地蔵さまももちろんふたりを祝福するが、おせんタヌキには、

「こりゃ!おせんタヌキ!もっと威厳と慈しみを持った表情で鎮座していないと、バレちゃうじゃろ。」とテレパシーっでたしなめる一幕もあった。

 

 どうせとっくの昔にバレているのに。

 

 なのにどうして、お地蔵さまはこんな時にテレパシーを使ってまで密かに おせんタヌキをたしなめたのか?

 それは例え偽物とバレていたとしても、化けている以上どんな時でも喜怒哀楽を表に出してはいけない。

 化ける者として甘えは許されないのだ。場合によってはそれが命取りになる事もあるから。特に神や仏にすがる者の前では。

それが神仏に化けられる程の、特殊な能力を身に付けた者のたしなみである。

 化ける者の心構えとして、そんな覚悟を持たねばならぬと教えておきたい。

 

 と云っても、そこは慈愛のお地蔵さま。

 本気で怒っている訳ではない。

 可愛い娘のような おせんタヌキの成長も、おミヨちゃんと慎太郎と同様、嬉しいから。

 

 もうすぐいくさに臨む慎太郎や他に出征する村の若者を想うと、見送るおせんタヌキにも地蔵である自分と同じような加護の神通力に準じた力を持って欲しい。

 いつも隣で鎮座していると、如何なお地蔵さまでも情が移るようだ。

 きっと親心から自分の分身のように思えるのだろう。

 今は亡き、おせんタヌキの両親の思いがお地蔵さまに乗り移った親心だった。

 

 

 そしてその地蔵さまの親心の訓戒は、おせんタヌキの心にしっかりと定着し、後の危機に多くの仲間を救う事になる。

 

 しかし、それはまた別の話。

 

 

 

 翌日の祝言当日には おせんタヌキは当然として、権蔵タヌキや尚五郎タヌキ、庄吉タヌキまでコッソリ花嫁見物にやってきた。(お前たち、そんなにひまか?)

 お宮の会場に向かう際のおミヨちゃんは白無垢が良く似合い、清楚な歩く姿に誰もが息をのむ。

 

 やがてその数日後、村を挙げての出征お見送りでは、白地に赤の日の丸の旗を大勢の村人たちがはためかせ、盛大に見送った。

 

 やがて若者たちが出征すると、お里は祭りの後のようにひっそりと静まり返った。

 

 愛する夫を見送ったおミヨちゃんはその日以降、尚一層お地蔵さまに話しかけるようになる。

 何気ない日常がやけに寂しく、遠い戦地に旅立った夫を想うと、誰かに聞いてもらわねばこの身を支えられないおミヨちゃん。

 お地蔵さまの隣で聞く似非えせお地蔵さまも、思わずもらい泣きしそうになりながら、まだ若く結婚の経験もない少女タヌキは、自分の夫の無事を心から願うかのように おミヨちゃんの心情に寄り添った。

 

 そうして春が過ぎ、ジリジリと蒸し暑い夏を迎え秋になる。

 

 おミヨちゃんの元にある知らせが届く。

 

 慎太郎の戦死公報であった。

 詳しい内容は一切記されていない。

 ただ慎太郎が戦死した事実のみを知らせる内容。

 

 おミヨちゃんは茫然と立ち尽くし、偶然その場近くの茂みに居合わせたおせんタヌキは、未変身のままの素の身であったが構わずおミヨちゃんの前に駆けつけ、心が張り裂けんばかりに驚きと悲しみの声をあげた。

 人間のおミヨちゃんが聞く、おせんタヌキの初めての声。

 お地蔵さまに化けない素のままの姿で涙を流し、心からの同情を示し寄り添った。

「あなたも泣いてくれるのね。」

 目前のタヌキを抱き抱えるようにかがみ込み、さめざめと泣くふたりであった。

 

 でもその場近くに居たお地蔵さまも、心の中で密かに泣いてたのだよ、おミヨちゃん。

 

 

 知らせは瞬く間にお山のタヌキたちに伝わり、このいくさに関わる重大さに気づく。

 やがて次々に出征した若者の公報が届き、お山のタヌキたちにもお里の悲しみの喧騒が伝播した。

 

 お山の大飢饉の時、嫌な顔せず自分達タヌキを助けてくれたお里の村人。

 時に餌場で優しく声をかけ、励ましてくれた若者たち。

 茂みの奥で手を合わせ感謝した日々が、つい昨日のようだった。

 その彼らはもうこの世に居ない。

 自分達タヌキを助けてくれたのに、俺は、僕は、私は、何のご恩返しもしていないではないか!

 

 言いようのない悲しみの感情の高まりを、生まれて初めて感じたタヌキたち。

 

 これで良いのか?

 自分たちに関わりの無い事として、このままやり過ごすのか?

 何かできることは無いのか?

 

 そういう想いがお山全体に充満した。

 そしてその想いはここだけでなく、四国中のお山のタヌキたちの共通する思いであった。

 

 

 

 山が動く。

 

 

 

 

 

      つづく