憂国の花束

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秋篠宮邸と赤坂東邸は何故一体化されなかったのか。追補あり

2023-07-19 01:20:02 | 秋篠宮


平成29年(2017年)12月 お代替わりに伴う引っ越しの一環として、秋篠宮邸の改修が発表された。



😐 当初、秋篠宮邸と赤坂東邸を一体化する工事も改修工事に含まれていることが発表され、それは真に良い計画だと私は喜んでいたのだが、改修工事が終了したら、いつの間にか赤坂東邸の一体化計画が無くなっていた。
不思議なことだと思っていたら、これまたいつの間にか宮内庁HPにその説明が掲載されていた。

😐 先日13日14日、宮内庁長官と皇嗣職大夫がバトル?した、6月30日の皇嗣職大夫による発表がこれのようです。

随分わかりにくいところに置いてありました。
ホーム> 皇室のご活動 >ご活動について> 秋篠宮家のご活動> 秋篠宮邸改修について



😐 一つ目は主に佳子さまが御仮寓所にお住まいになる説明。
二つ目が赤坂東邸との一体化が見送られた経緯です。

【2つ目の変更点について】
当初、宮内庁は、秋篠宮邸と共用殿邸である赤坂東邸とを一体化する工事を計画していました。しかし、その後計画を変更し、赤坂東邸は、従来と同様に、共用殿邸として皇室全体でご活用いただくこととなりました。この点について説明します。
秋篠宮邸の公室部分は旧秩父宮邸のものです。旧秩父宮邸は妃殿下お一方でお住まいになっておられたこともあるかもしれませんが、お部屋の広さも、第一応接室と大食堂の二室を一室として使用した場合でも、旧高松宮邸の大客室一室よりも狭く、一定数以上の来客のある行事を行うことができませんでした。このような事情を踏まえ、宮内庁は、秋篠宮邸と共用殿邸である赤坂東邸を一体化することにより、一定数以上の来客のある行事も行えるようにしてはどうかと考えました。
しかし、工事計画についての検討の過程で、宮内庁は、共用殿邸である赤坂東邸が、これまで、園遊会終了後の天皇皇后両陛下ならびに皇族殿下方のご休憩や各宮家の冠婚葬祭等の行事の場所として、また、各宮家の宮邸等の改修時の御仮寓所としてなど、皇室全体でお使いになってこられたことに鑑みると、共用殿邸の機能を、ご活用の利便性の高い赤坂御用地内に維持することが必要であるとの認識を持つに至りました。そこで、宮内庁が、赤坂東邸を引き続き共用殿邸とすることについて秋篠宮皇嗣同妃両殿下にご相談したところ、両殿下は了承されました。
このようなことから、当初の一体化計画を変更し、赤坂東邸は、従来と同様に、共用殿邸として皇室全体でご活用いただくこととなりました。先日の春の園遊会の後も、天皇皇后両陛下ならびに皇族殿下方が赤坂東邸でご休憩になりました。また、秋篠宮家の行事で、一定数以上の来客がある場合には、従来と同様に共用殿邸である赤坂東邸をお使いいただいています。

😰 赤坂東邸と秋篠宮邸の一体化に横やりを入れたのは、天皇&雅子さまでした~!?
園遊会後のご歓談など御所を使えば済むこと。園遊会の主催は天皇だから、むしろ御所のほうがふさわしい。
紀宮さまの宿泊を断った天皇ご夫妻らしい。
宮家ご改修時の仮住まいって、信子さまのご自邸改修には高輪邸に仮住まいされることになっています。苦しい言い訳ですね。

😛 西村長官の発言も深読みすれば意味深です。
曰く。
まとめるのに時間が掛かったと聞いている

天皇家から横やりが入ったことを直截に書くわけにもいかず、そうかと言って何もなかったように書くのも腹立たしい。どうやってまとめようかと時間が掛かった、、、そうでしょうそうでしょう。

まとめるのに時間が掛かった理由については「承知していません」

天皇家から横やりが入ったことを書かないように苦心したのでしょう、など言えたものではないですものね。

「皇嗣職大夫から考えがまとまったので発表しますと聞いた」
当初のご一家で引っ越すという説明が違ったことについては、「結果的に違ったことについて、反省すべきだと思います」

まーたまた、西村長官とぼけちゃって、、。
天皇家の横やりには口を拭って、皇嗣職と秋篠宮殿ご夫妻に責任転嫁?
で、皇嗣職大夫が「事情を知っているくせに、何を言うか!」と怒った?


😁 宮内庁長官と皇嗣職大夫のやりとりが、奥歯にものがはさまっているようで気になっていたのですが、これですっきり~したような…。

6月30日の定例会見では1,佳子さまの一人住まい 2,赤坂東邸一体化工事の取りやめについてされたはずですが、マスコミは「佳子さまの一人住まい」を一斉に書きたてて、赤坂東邸のほうは一切触れていません。
それは報道各社とも天皇家の横やりについて知っているからではないか、と愚考いたします。

追補(19日)
園遊会後のご休憩について



😰 皇居で行われた新年祝賀の儀の後、高松宮邸にお集まりの皇族がた。
高松宮邸は現高輪皇族邸で、皇居外にあります。
赤坂御用地で行われた園遊会の後のご休憩を赤坂御用地を出た御所で行わない理由にはならないのでは?主催者は天皇なのですから。

もし、どうしても赤坂御用地内で休憩したければ、赤坂東邸が一体化した皇嗣邸に集まる、あるいは大きな部屋が余っている仙洞御所に集まる、という手もあります。天皇と皇族方のみの集まり、いわば親戚の私的な集まりですから、皇嗣邸でも仙洞御所でも誰も文句は言わない。文句があるのは秋篠宮邸を訪れたくない天皇家と、上皇上皇后のもとへあまり行きたくない雅子さまだけ?


高輪皇族邸(たかなわこうぞくてい)は、東京都港区高輪にある皇室関連施設。大正時代に東宮御所が置かれ、戦前は「高輪御殿」と通称された。1931年(昭和6年)から2004年(平成16年)まで高松宮宣仁親王と宣仁親王妃喜久子の住まいだった。2020年(令和2年)3月31日から2022年(令和4年)4月12日まで上皇・上皇后の仮住まいとして使用され、『仙洞仮御所(せんとうかりごしょ)』という名称だった。(wiki)

皇太子ご一家、赤坂東邸へ引っ越し-東宮御所の改修工事に伴い
2008.09.01 赤坂経済新聞
8月30日、赤坂御用地内(港区元赤坂2)で皇太子ご一家のお住まいが東宮御所(元赤坂)から赤坂東邸(元赤坂2)へと転居された。

皇太子ご一家の転居は住まいである東宮御所の改修工事に伴うもの。同御所は建造されてから約50年たっており老朽化が進んでいるため、ご一家の私室部分と事務棟の改修工事を行う。工事では壁をはがし配水管やガス管の交換を実施し、さらに電気系統の工事を行い省エネに優れた照明や給油設備を整える。費用は約10億円を見込む。
工事が終わるまでの期間、皇太子御一家は同じ赤坂御用地内の赤坂東邸にお住まいになる。工事の期間は来年の8月までを予定。赤坂東邸は、皇族の仮住まいと使用される共用殿邸で、皇太子ご一家が使用される期間は「東宮仮御所」として使用する。
 
 これまでにも、東宮御所の耐震工事などのため、皇太子ご一家が赤坂東邸を利用されている。

😐 2008年(平成21年)まだ生前退位の話が出ていないころの記事です。
国民が知らないところで、東宮御所が度々改修工事をしていたことがわかります。その都度当時皇太子家だった今上家は赤坂東邸を東宮仮御所としていたのですが、お代替わりの引っ越しの際は既に天皇になられていたので一時期皇居宮殿に仮住まいされていましたね。

😱 すなわち~、赤坂東邸を住まいにできるのは皇太子だけ。秋篠宮邸と赤坂東邸を一体化すれば、秋篠宮殿下が名実共に皇太子になり、秋篠宮邸を名実ともに東宮御所と認めることになってしまう。そんなのイヤ!絶対イヤー!!と、ヒスをおこされた方がいたような、いなかったような?

消えた赤坂東邸一体化計画、深読みは果てしなく。