西向きのバルコニーから

私立カームラ博物館付属芸能芸術家研究所の日誌

BW(ブルーウェーブ)3

2005年12月08日 00時37分25秒 | 小説
 ポーッ、というかん高い時報の音が耳を突き刺し、驚いたマモルは、少し飛び上がるように再び目を覚ました。いつの間にかラジオを子守歌代わりにして、眠ってしまっていたのだ。柱時計の針は、二時を指していた。つけっ放しにしたラジオからは、既に次の番組のパーソナリティーの声がしている。
 不意にマモルは、母に頼まれていたもうひとつの用事を思い出した。それは母が移動図書館から借りていた本を、代わりに返しておいて欲しいということであった。 
 H市は東西に長く、その距離は十キロ以上ある。マモルの住むこの地域は、<太閤園(たいこうえん)ネオポリス>と呼ばれ、H市の東の端に位置しているのであるが、不便なことに、市役所を始め保健所や郵便局、それに大手スーパーや商店街に至るまで、主要な施設は皆西の端に位置していた。クルマのある家庭ならいいが、マモルはその免許すら持っていない。だから移動図書館は重宝した。もっとも、まったくと言っていいほど読書の習慣がないマモルよりもむしろ、マモルの母が重宝していた、と言うほうが正しい。
 移動図書館のバスは、毎月第一第三土曜日に、隣の町内にある、希望ヶ丘町(きぼうがおかちょう)住宅中央公園にやって来る。それも、確か午後二時から二時四十分までだった。慌ててパジャマからGパンとTシャツに着替えたマモルは、玄関の下駄箱の上に母が置いていった二冊の本を小脇に抱え、スニーカーを履き外へ出ようとして足を止めた。壁に掛けられた鏡の中に、髭面の自分がいたからだ。今履いたばかりのスニーカー蹴るように脱ぎ捨て、洗面所の鏡の前で、電気カミソリを回した。一週間ほど放ったらかしにしていた無精髭は、だいぶ長めで、時々カミソリの網目にひっかかって回転を停め、幾度か痛い思いをした。そうしてやっと外に出直し玄関に鍵を掛け、急ぎ足で希望ヶ丘町住宅中央公園に向かった。慌てて履き直したスニーカーの踵(かかと)は、踏んづけたままであった。細かい雨の粒が、時折マモルの頬をかすめるように落ちてはいたが、もう傘を差すほどの雨ではなかった。

(続く)