庭と花の物語*西原村

小さな村の小さな庭やそこで育った花々を紹介します。季節の移り変わりとともに。

医王寺の田畑の改修工事   昔の姿が消えていく

2017年04月10日 | 熊本地震

ほぼ同じ場所です。

医王寺の田畑は地震後改修工事をしています。

 

 

医王寺側から日向、多々良を望みました。

上の写真とこの写真は同じ場所です。

様々な山野草が咲く美しい土手が多くありました。

アマナの花が咲き乱れていたのはすでに記憶だけになりました。

ここも上の写真とほぼ同じ場所です。

山野草はすべてなくなってしまったでしょうね。

この木山川も数十年前に改修されました。

洪水があったからだといいますが。

川に降りた小道も、浅いせせらぎも、子供が潜った淵も、大人も怖がった深い深い淵も。

すべてこの姿に変えられました。

馬を洗うこともなくなり、浅瀬を歩いて渡る人もなく、小魚を追いかける子供もなくなり、忘れられた川に。

私の記憶の中にのこった木山川。

石の上を飛び跳ね、小砂利で遊んだあの川はどこに行ったの。

医王寺の改修の結果が再び同じことになりませんように。

美しい村を残してほしい。

 

 

 

 


高千穂 岩戸のキクザキイチゲ  

2017年04月10日 | 山野草

高千穂峡。

3月末に友人家族と高千穂に行きました。

カメラを持参せず一枚の写真も撮りませんでした。

後で友人にメールで写真を送ってもらったので、ブログを書いています。

岩戸地区の田んぼの土手にキクザキイチゲが満開でした。

 

近くにアマナの花も咲いていました。

最近アマナを見なくなりました。

こんなかわいい花だったかと思います。

固まって数十個咲いていたのでした。

この日だけ晴れてくれた幸運な一日でした。


万徳の六地蔵   集落の入り口を守る

2017年04月09日 | 熊本地震

久しぶりにここに来てびっくりです。

六地蔵の石塔が短くなっていました。

地震で倒れて中の柱が抜けていてのです。

横に倒してありました。土台が傾いたので修復ができていないのかな。

道の奥が万徳の集落ですが、現在は半数近い家がなくなっています。

地震で全壊となったのでした。

西原の六地蔵は六面の石のお堂に六体の地蔵が刻んであります。

六地蔵だけは元の場所に建ててありました。

 

 


道路脇のイチリンソウ   4月7日雨の中に

2017年04月08日 | 野の花

 

雨の多い4月です。

車を走らせていると、イチリンソウを見つけました。

ここは大津から西原村に向かう道路です。

毎年咲きます。初めて見たのは20年以上前です。我が家の庭に植えたのもここの一株です。

雨の中に花弁が半開状態で咲いていました。

車が多いので気をつけなければいけません。

道路に沿って100m位は咲いています。

晴れた日に見たいですね・

キクザキイチゲの咲く畑の土手にもイチリンソウが咲いているでしょう。

晴れたらいいな。

 


4月肌寒い春   庭の木が遅れて花を付けました。

2017年04月06日 | 俵山

レンギョウが咲くと庭が明るくなります。

横に黒のネコヤナギがありますが。

花の時期がずれて二つの色を同時に眺められなかったのは残念。

桜も咲いた。

白のコブシも咲いた。

赤のモクレン。紫の大きな花弁は咲いても散ってもきれい。

八重先のコブシ。

ミズキとしろのミツマタ。

山桜桃梅(ユスラウメ)は母の気に入りでした。

かわいい実がなります。

あっさり味の実も母が好んでいました。

庭のすみれも咲きましたが、カメラが花の色を写せないのでブログに載せられません。

どの花も青い花になってしまいます。

とても残念です。


スミレフェア  萌の里でありました。

2017年04月02日 | 山野草

 

今日まで西原村の萌の里でスミレの展示会がありました。

多くの肥後スミレが展示されました。

雨の金曜日に見に行きました。

 

 今年は阿蘇の草原の黄スミレの開花が遅れました。

先日二重の峠に見に行きました。

しばらく探すと野焼き後の黒い台地の中に一つ、二つ見つけました。

 

この花は八重でした。

3月29日に撮った写真です。

例年は花盛りの草原がまだまだ真っ黒でした。

10日ほどしたらもう一度行ってみましょう。


宮山 八王社のイチイガシ

2017年04月02日 | 熊本地震

 

西原村 宮山。

母はミヤマと呼んだ。

集落の入り口に神社がある。

この境内にイチイガシがある。

ここは昔から正月に神楽が舞われてきた。

神楽を舞う人たちは、この集落の人ではない。阿蘇の産山の人たちである。

この神社の元宮の氏子の人たちだという。小さい子には怖い神楽らしく、多くの

子供が泣いたと聞いていた。幼少のころ一度だけ、見に行ったことがあるが、待ち時間が長すぎたこ

とと、「怖いぞ!」というおどしの言葉に負けてとうとうみないで帰ってしまった。

その神社は地震の被害を受けていた。

 

神楽殿は取り壊されていた。

神社は支えられてどうにか立っていた。

イチイガシには今もムササビが住んでいるのだろうか?