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ただいま冷温停止中! d( ̄ ̄;)

満員御礼スイッチオン(謝辞を追記)

2009-02-01 07:55:37 | 日記
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お天気が不安定だったこの日の大阪。
そういえば東京でのパーティーの当日もお天気はイマイチだったなあ。
そんな中を東京から名古屋から広島から近畿一円から総勢52名お集まりいただいて始まった『「虎暮らし」出版記念パーティー in 大阪』が、野球に飢えたタイガースファンの喉を潤すオアシスになり得たとしたら主催者冥利につきます。
ご参加くださった皆さん、ありがとうございました。
そして幹事としてお手伝いいただいたみなさん、どうもお疲れ様でした。
いよいよ今日からキャンプがスタート。
さ、そろそろスイッチオンと参りますか。


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幹事の分際だからプレゼントに当選しても辞退するつもりだったんですが、ぶらすトさんが10枚差し入れしてくださったタイガースのメガネ拭き(TORAYトレシー)だけは当たったら欲しいなぁ……と思っていたら見事ゲッツ!オトナゲなくも頂戴することにしました。ぶらすトさんありがとうございました。(あ、でもこれはこれで使うのが勿体無いなあ……)

【謝辞】
改めて今回お手伝いくださった「虎パ委」のみなさん、ありがとうございました。
何も考えずに軽はずみで1月31日の日取りだけ決めてしまった私です。だから、初めにメールで第一報をお送りした時、1分後に「了解、早速準備にとりかかります」と返してくれたwanちゃんのメール嬉しかったです。kisaragiさん、不肖な私にいろいろと「愛のご鞭撻」下さって、ありがとうございました。ものすごく参考になりました。yuさん、タイガースファン広しといえども、彼方だけだ、あんな横断幕を二つ返事でチャチャッと作ってこれる方は。KENちゃん、Tigers-netに掛けあっていろいろグッズを集めていただいてサンクスです。今回の引き出物として華を添えることが出来ました。西田辺さん、体力なしのスタッフにアナタのガタイは貴重でした。しかも、そのガタイに似合わん気の細やかさ優しさがアナタの魅力です。イチケンさん、カレイドさん、いろいろ巻き込んで助けていただいてアリガトウね。やっぱり皆さんあってのオフ会ですわ。


1.17から14年

2009-01-18 12:03:56 | 日記
昨日はいろんな記憶がない交ぜになって蘇る1.17
あの日もこの日のような空だった
あれからもう14年
14年経っても昨日のことのように色濃く記憶される事柄って、そんなに沢山はないだろうに

私の座右の銘

メメント・モリ

死を思へ 死を忘れるな

死ぬまで忘れるもんか
マイ・バースデーなんだし
死ぬまで忘れないけれど
死んだらきっと忘れるな
死ぬまで生きてやる!www


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大地が裂かれ、ビルも高速道路も横倒しになり、人々の佇まいが一瞬にして破壊されたあの光景を思い出したら、箱から取り出したバースデーケーキがこんな姿で現れようとも、ちっとも悲しくなんかあるもんか。我思う故に我有り。私にはウインドウに綺麗に飾られたケーキと変わらぬ姿にしか見えません。(涙目)
ちなみに右側にちらっと写っている割り箸のようなものは、土木復旧作業中のショベルらしいです。www

とあるミッションの打ち合わせと称して同じ1.17同盟のKEN氏が画策した巧妙にして狡猾、恣意的に仕組まれたバースデーパーティーのひとこま。yuさん、kisaragiさんありがとうね。味は申し分なしでした。あ、先に帰っちゃったけどwanちゃんもお疲れ様でした。wanちゃんに頂いたクッキー、すでに家族のお腹に消えてしまいました。ごちそうさま。そしてこのミッションは月末まで続くよ。

すべての虎きちへ

2008-10-11 02:16:18 | 日記
♪ 僕は夜を走る
  夜の街を走る
  走り出せば 風は吹き
  立ち止まれば 風は止む
  ねえ雨のように泣きたいね
  風のように 遣りたいね
  星のように 成りたいね
  僕らの明日のために
  今夜は星が街に降りそそぐ
  聞かせて歯を食いしばる
  男たちのために
  ああ今夜は星が 街中に降りそそぐ
  聞かせてよ涙こらえる
  女たちのために
  愛することしか出来ない
  虎きちのために

(男たちへ 女たちへ/馬場俊英)

東京(2)

2008-08-24 01:22:39 | 日記
♪ 恋人よ 僕は旅立つ
  東へと 向う列車で
  はなやいだ街で 君への贈りもの
  探す 探すつもりだ
                  木綿のハンカチーフ/太田裕美

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「ムーンライトながら」は、空調の効きは最悪でしたがシートはなかなか快適でした


「青春切符」を握りしめて夜行列車で東京に向かうというシチュエーション。なんだかまるで就職列車だ。辛抱たまらず窓から叫ばざるをえなかった。

『母ちゃん、おらビッグになって帰ってくっからよ~」






実は私、東京がどうも苦手だ。
なぜだか過剰な自己意識にさいなまれる。
「歩き方で東京馴れしてへんのがばれへんかなあ…」
「“東京なんて全然普通やん!”って強がってるのみえみえかなあ…」
「東京に意識過剰な大阪人のレッテル貼られへんかなあ…」
「あまり大阪弁にこだわってたら関西の鳥谷的キャラクター視されへんかなあ…」
「かといって標準語喋って、ポロッと大阪弁こぼしたほうが印象悪いかなあ…」
「こっちの人って関西弁喋ってたらみーんなタイガースファンに思ってんちゃうん。ま、わしタイガースファンやけど…」
「エスカレータで、つい右に寄ってしまって“この関西人め!”的白い目で見られへんかなあ…」
「……」



少々空調の効きが悪いとはいえ5時間半の「ムーンライトながら」の車中は快適だ。なあに、たった5時間半じゃないか。あの時のことを思い出せば、いつでも私は「矢でも鉄砲でも持って来い」の気分になる。そう、あれは二十年以上も前、まだ私が会社に入って間もない頃のことだった。仕事で東京に宿泊出張するのは初めてだった。月曜日の午前の打合せのため、前の日からの移動だった。初めての出張、しかも花の東京。ワクワクしながら指定券を持って午後3時過ぎの「ひかり」を待っていた。予定では6時に東京に着いて、それから宿を探そうと無謀なことを考えていた。それから一息入れて夜の東京を散策する算段でいた。ところが、その日の新大阪のホームは人の波でごった返していた。シベリアからの大寒気団に日本列島はすっぽりと覆われ、朝から全国各地に大雪を降らせていたのだ。そのせいで朝から新幹線のダイヤが遅れに遅れて、私が乗る予定の時刻だというのに、まだ二時間以上も前の電車が出発できないでいた。ホームには不安と焦りを募らせる人たちで埋め尽くされていた。こちらも宿探しをしなくていけないので、すこしでも早く東京にたどり着きたかった。いきおい待ちきれず、二時間遅れで出発しようとする目の前の電車に飛び乗ってしまったのだった。まあ、その時はたかが三時間くらいデッキで立ってしのげばいいや、くらいに思っていた。そんな甘い考えを一網打尽に粉砕されるなんて思いもよらなかった。京都を過ぎたあたりからだろうか、前の電車がつかえて、ちょっと走っては止まりを繰り返していた。デッキにはすでに私と同じ考えの人で一杯で、地べたに座ることもままならない状態だった。皆、不安気にひっきりなしに落ちてくる雪を窓から眺めた。もはや途中下車出来なかった。デッキで立ちつくし観念するしかなかった。新大阪を出てから3時間たってもまだ、名古屋にすら着かなかった。デッキは喧騒な空気に包まれていた。やっと3時間遅れで名古屋についても、いまさらここで降りることは出来ない状況だった。とにかく東京に着くのを祈るしかなかった。あちらこちらで怒鳴りあう人の声が聞こえた。すでに時計は夜の10時をまわっていた。雪は相変わらずしんしんと落ちていた。いよいよ憔悴と立ち続けて足の疲労が限界に達する寸でのところで「東京駅」の看板が見えたのだった。時計は深夜の2時を回っていた。11時間の長旅だった。昭和初期、東京-大阪間を12時間で走り抜ける「つばめ」の映像をテレビで見たことあったが、私が乗ったのは「ひかり」ではなく「つばめ」だったのか。タイムスリップする気分だった。真っ黒に塗りつぶされた夜空、真っ白にペイントされた東京の街。そこに放り出された時、まるで自分が親や友達に嘘をついて、なけなしの千円札を数枚握り締めて「青臭い夢を求めて上京」したお上りさんに思えて涙が出そうになった。足もがくがく、腹もぺこぺこ、雪もしんしん降り積もる東京の地で、宿もなく私は路頭に迷っていた。とりあえず臨時で動いた山手線に乗って上野に向かうことにした。上野について雪に足元をとられながら辺りを練り歩いてオールナイトの居酒屋を見つけた時はすでに3時を過ぎていた。早朝9時から打ち合わせだ。とにかく朝までここで過ごそうと思った。お天道様のせいとは知りながら、でも、初めて訪れた東京は、街ごとチルド冷凍室で、冷え冷えとした印象しか残らなかった。私の「東京嫌い」は、そんな理不尽なものだった。

(つづく)

東京

2008-08-18 01:22:30 | 日記
♪ 最終電車で 君にさよなら
  いつまた会えると 聞いた君の言葉が
  走馬燈のように めぐりながら
  僕の心に 灯を灯す
                            東京/マイペース

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青春18切符(5回綴り)と「ムーンライトながら」


かつては「特急つばめ」が東京~大阪間を6時間かけて走っていた時代があったという。その後、東海道新幹線が3時間10分で走るようになり、今では2時間半を切っている。なんでも2025年には東京-名古屋間をリニアモーターカーが40分で運行する計画があるらしい。それでいくと東京-大阪間は60分もあれば十分か。便利な反面、ますます世の中の時間軸に加速がついてくるようで不安で仕方がない。
普段、東京へは仕事でちょくちょく行く。仕事となると早く着いて早く帰りたいもの。移動手段は、いつも「新幹線」を利用している。「飛行機」はリードタイムが長くて「新幹線」と変わらない。なので「新幹線」以外は考えたことはなかった。だから今回「夜行列車」で上京するなんて思っても見なかった。


『青春18切符』


ちょっと気恥ずかしいネーミングゆえか、その名前自体は聞き覚えあった。ただ、いったいそれが何物なのかは全く知らなかった。なにせ今どき死語になりつつある『青春』という言葉。それを臆面もなく冠する商品には驚きだ。どうせなら、もうひとつの死語候補『若者』も加えて、『青春18若者切符』としてくれれば、さすがのオヤジも使うことをためらったかもしれない。

それにしても『青春』という言葉が私は不憫でならない。なぜに今の時代『青春』という響きに気恥ずかしさとダサさが同居して、こうも毛嫌いされるのだろう。それに代わる適当な言葉があるのならまだしも、それすら見当たらないというのに。何ゆえか『青春時代』に不感症の十代、二十代、『青春デリカシー』にほろ苦さを覚える三、四十代、そして『青春デモクラシー』の青臭き五、六十代。まだまだ『青春』は死語にしないでほしい。『青春18切符』には、そんな願いがこめられているのか。『青春』と銘打ったJRの心意気に拍手しよう。この切符がある限り死語にはなるまい。

今回、ご一緒したY氏の勧めで『青春18切符』で乗ることになった23:19大垣発「ムーンライトながら」。Y氏にはそれ以外にもスローライフの極意をいろいろと教えていただいた。また、初めて使う『青春18切符』についても諸々教えていただいた。利用者年齢に制限がない事や、たった4600円で上京が可能であること。それに期間が限られていることも。「新幹線」と違って確かに時間はかかるけれど、こうして「スローライフ」な旅と思えば、むしろ長い時間、電車の旅をエンジョイできること自体が贅沢といえなくもない。

23:19大垣発~名古屋~大府~豊橋~浜松~静岡~沼津~熱海~横浜~品川~東京5:05着

月光を浴びながら「ムーンライトながら」はひたすら東上する。

(つづく)