1.長野県における民俗芸能
『長野県の民俗芸能-長野県民俗芸能緊急調査報告書-』(平成7年)についての問題点を指摘したものの、県内のすべての民俗芸能を網羅したものはこれが始めてであり、そのデータから見えるものも少なくない。本書はデータを報告してまでであって、「加工」という面ではその後の利用者に委ねられたといってよいのだろう。ただ、このデータをもとに長野県内の民俗芸能について触れられたことはその後の報告には見当たらない。ここでは、少しデータを操作しながら見えてくるものを取り上げてみたい。
まず概要については本書の中で田口光一氏が述べているし、『長野県史民俗編・総説Ⅰ』においても同氏が記述しているので概観するには十分であるが、あらためてここで県内の民俗芸能を総覧しておこう。
まず本書の実施要項にある「民俗芸能の種類」をここに一括示してみる。
(1)神楽
①巫女神楽(巫女舞、八乙女舞、大神楽、小神楽など)
②出雲系神楽(岩戸神楽、神代神楽、太々神楽、法印神楽、土師流神楽、里神楽、十二座神楽、二十五座神楽、神舞など)
③伊勢系神楽(湯立神楽、湯花神楽、霜月神楽、霜月祭り、冬祭り、花祭り、お潔め祭り、遠山祭りなど)
④獅子神楽(a山伏神楽、権現舞、番楽、獅子舞、能舞、b太神楽など)
(2)田楽
①田遊(田遊、睦月神事、春田打、田打舞、田植踊、座敷田植、えんぶりなど)
②田植神事(御田、お田植祭りなど)
③田囃子(囃子田、田植囃子、花田植、牛供養など)
④田楽躍
(3)風流
①太鼓踊(羯鼓踊、諌鼓踊、臼太鼓踊、ほうか、鎌倉踊、雨乞踊、ざんざか踊、楽、楽打、花笠踊、百石踊、南条踊、南無手踊、小踊など)
一人立獅子舞(三匹獅子舞、八つ鹿踊、鹿踊、鹿子踊、ささらなど)
②念仏踊(空也念仏、天道念仏、百堂念仏、六斎念仏、夜念仏、躍念仏、融通念仏、大念仏、じゃんがら念仏、題目踊、けんばい、鶏舞、御魂踊、アンガマなど)
盆踊(さんさ踊、はねそ踊、平家踊、白石踊、大宮踊、甚句踊、エイサアなど)
③小歌踊(綾子舞、鹿島踊、ヒーヤイ踊、沖縄の端踊、大蹄、篠原踊、皆一踊、花踊、チヤツキラコ、みろく踊、八月踊、クイチヤ踊、願人踊など)
綾踊(長刀踊、太刀踊、棒踊、綾棒踊、擢踊など)
奴踊(奴踊、荒踊など)
④つくりもの風流(鉾、山、山車、だんじり、屋台、だいがく、地走り、祇園山笠、太鼓台、下り羽など)
祭り囃子(祇園噺子、屋台囃子、阿波囃子、排禍囃子、皮浮立、鉦浮立など)
⑤行列風流(行道、先帝祭、幡祭り、虫送り、面行列、百物揃、大名行列など)
仮装風流(鷺舞、駒踊、鳳風舞、兎の神事、蛙跳び、百物揃、面浮立など)
⑥太鼓芸(八丈太鼓、鬼太鼓、御陣乗太鼓、お諏訪太鼓など)
(4)語り物・祝福芸
①語り物(平曲、説経節、文弥節、祭文、鼓目女歌、浄瑠璃、荒神琵琶、幸若舞、題目立など)
②祝福芸(万歳、春駒、七福神、大黒舞、夷舞、なまはげ、まゆんがなし、赤また黒またなど)
(5)延年・おこない
(毛越寺延年、小迫延年、長瀧延年、懐山のおこない、新野雪祭りなど)
(6)渡来芸・舞台芸
①伎楽系(二人立獅子舞、二十五菩薩来迎会、鬼来迎、仏の舞、面行列など)
②舞楽系(舞楽、稚児舞楽、稚児舞、王の舞、唐子蹄など)
③散楽系(蜘妹舞、つく舞、樺のぼり、梯子のぼり、竿燈、角乗り、曲芸、手品、奇術など)
④能・狂言(黒川能、能郷能、式三番、翁舞、三番里、壬生狂言、川原狂言など)
⑤人形戯(傀儡、夷まわし、おしら遊び、でくまわし、山車人形、からくり人形、燈篭人形、天津司人形、ひんここ、袱紗人形、串人形、糸繰り、人形芝居など)
⑥歌舞伎(曳山歌舞伎、屋台芝居、地芝居、万作芝居など)
⑦その他(にわか、寸劇、即興芝居など)
(7)大道芸・見せ物
(猿まわし、ガマの油売り、女相撲、細工物など)
(8)その他
※祭りや行事などの一つの名称で、様々な芸能が含まれているもの他
長野県内に夥しく分布しているのが神楽のうちの獅子神楽である。このことは別項で触れるとして、獅子神楽は県内全域にほぼ満遍なく分布しているものといえる。採り物神楽と言われる鈴や幣などを持って舞う出雲系神楽は、長野県北部に多く分布しているが、代表的なものとしては木曽郡上松町駒ケ岳神社に伝わる太々神楽がある。白い鼻高面をつけた4人で舞う四神五返拝(ししごへんぱい)では、舞台の上を跳ね上がるように舞う。力強い舞は、ときにカメラマンの格好の対象となっていて、その写真を一度は目にしたことのある人は多いのではないだろうか。この採り物神楽の分布は伊那谷にはほとんど見られず、いっぽう伊那谷で特徴的なものは湯立神楽である。季節になれば必ず報道される遠山の霜月祭りや坂部の冬祭りなどがそれにあたるが、三遠信と言われる県境域に集中的に分布していることで知られている。採り物神楽が北部を中心に分布しているいっぽう、湯立神楽は伊那谷以外では希薄なものとなる。もちろん伊那谷とは述べたが、伊那谷でも南部県境域と言った方が正しい。
田楽の伝承は少なく、諏訪神社のある諏訪地域に数例と県下に点在するように田植神事が残る。田植えの所作をするものが多いが、旧坂北村刈谷沢神明宮の作始め神事では、張子の牛が登場し、神主が祭文を読み上げると、太郎と次郎の張子の牛が境内をまわる。このとき群集が豊作を祈願して雪玉を牛に向かって投げるのである。雪を豊作の予兆とする考えは阿南町新野の雪祭りにもあり、神前に一握り雪でも供えなければ祭りが成立しないさされている。そもそも「雪祭り」(折口信夫が命名)と言われるのも、五穀豊穣祈願の必須品として雪が求められていたからこそなのだろう。雪祭りが田楽と分類される所以は、由来にある「伊勢からやってきた関氏が、田の神送りを伝えた」というところにあり、祭りの中に「田遊び」も登場する。単独ではなく総合的芸能というところから冒頭の分類でいう「おこない・延年」に分類されることが多い。いずれにしても雪祭りそのものが総合芸能祭のようなもので、いろいろな芸能が組み合わさっている。
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