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民俗文化財というもの・後編

2018-12-01 23:49:15 | 民俗学

民俗文化財というもの・前編より

 倉石あつ子氏の「長野県の味の文化財と食文化」によると、味の文化財として県選択となったのは昭和58年7月13日と古い。県一円を対象としたもので、手打ちそば、焼き餅、五平餅、すんき漬け、野沢菜漬けの5種類が選ばれた。後に、平成12年に王滝村の万年寿司、飯田市伊豆木の鯖寿司、天龍村柚餅子、飯山市富蔵の笹寿司が追加、さらに平成13年に山ノ内町須賀川の早そば、平成14年に遠山郷の二度芋の味噌田楽追加されている。当初の5種は県一円であるが、後に追加していされたものは、限定地域のものということで、当初の選択主旨の変化とも受け取られる。そもそも民俗は変容を伴うし、一円とされた5種は地域どころか家庭によってそれぞれの味や、形式をもった多様なものだったと言える。にもかかわらず選択したのは、記録作成という選択の主旨にあったと言える。今ではこれら5種を含め、販売品、いわゆる製品として販売目的として継承されている印象も強い。その実態から言ってそれを文化財と言えるのか、という指摘もあるだろうが、長野県の食文化を利用した産業振興に貢献したとも言える。とすれば、民俗文化財は前回も示したように、「由来、内容等において我が国民(ここは県と置換える)の基盤的な生活文化の特色を示すもので典型的なもの」に該当し、県民の誰もが認識する長野県らしさであることに間違いはない。

 どれほど変容しようと、あるいはよそへ伝播しようと、これらが長野県独自の食文化の「典型的なもの」といえよう。ところが、ではこれだけか、と考えると、そうでもない。長野県らしい食文化といえば、もっと多様なものが浮かぶし、限定地域ともなればたくさんの例があがるとともに、絶滅危惧的なものもあるだろう。そもそもの主旨のままで良いかは、選択無形民俗文化財というあり方からして、見直しても良いのではないかと、わたしは思う。ようは選択ではなく、追加指定されたものなどは、無形民俗文化財指定でも良かったのではないかと。

 さて、最初に話を戻そう。あるモノが現在も利用されているという主旨からまさに「由来、内容等において我が国民の基盤的な生活文化の特色を示すもので典型的なもの」として風俗習慣のひとつとして指定を考えたら、という話になっているわけだが、あくまでも現在も「利用されている」というところが注目されていた。ところが実際にモノの周囲で話をうかがってみると、モノは残っているものの、「使っていない」という話ばかり聞こえて、実際に使っているひとは、地域活性化のために科学的根拠に基づいて利用する方法を検討している。「これって民俗なのか」と問われると、ちょっと考え込んでしまった。説明しづらいから、ふつうに利用されていれば理想的、と思うのだが、もう一度色の文化財に話を戻してみると、「選択」という選択肢なら主旨は合う、と思うのだが、これでは話の最初の本旨と整合しない。地域の人々がモノを残そうとしているのなら、なんとかその思いを叶えてあげたい、そう思うのだが何か引っかかっている。難しいことを考えずに「利用されている」として認めれば良いことなのかもしれない。

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