Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

水路に蓋を架ける

2008-11-27 12:41:20 | 農村環境


 自分の暮らしている空間ばかりみていると、それが当たり前だと思い、どこでもそうなんだと思いがちであるが、実は結構地域、いや行政区の考え方で雰囲気が異なるものだ。

 わたしの生まれた飯島町は、昭和50年代において全町を対象にしてほ場整備が行われた。その整備を行うにあたり、町が主体となって整備を行ったため、後の施設管理などは行政が担ってきた。全町とはいうもののもちろん該当しなかった土地や施設もあるが、割合にしたら少ない。したがってどこへ行ってもほぼ同じような景色が見える。宅地の入り口に農業用水路が流れていれば、その水路の上に直に甲蓋が架けられて家への進入路が設けられる。新規に進入路が設けられても、行政の所有で管理している施設であるから、管理者はとくに文句は言わない。とは言うものの二次製品の用水路の上を、重量のある車両が通れば破損することも考えられるから、本来なら占用許可のようなものを申請するのが筋なのだろうが、そこまで正規に行われているのか、現在は暮らしていないわたしには不明である。

 いっぽう西天流幹線水路が潤している水田地帯を流れる用水路は、昭和初期に開田事業で整備され、そのまま更新しながらコンクリート水路にはなったものの、現在もほぼ同じ姿を見せている。これらは用水路を造成したこと、また開田事業を行ったことなどからその管理を土地改良区が行ってきた。管理者が行政ではないことから、住宅を新設したからといって勝手に水路の上に蓋を架けて進入路を設けることは許されない。行政とそうではない組織という2枚看板で管理されている水田空間は、新規住人には少し不可解かもしれないが、言われてみれば正当なことであって、よその構造物に直接荷重をかけるということは、管理している側にとれば「勘弁しろよ」ということになる。それが災いして寿命が短くなる、あるいは寿命どころか直接破損させてしまうということだって考えられるからだ。

 現在わたしの住んでいる行政区に住み始める際に、側溝をまたいで住宅に入るにあたり、その荷重を軽減するようになどという指導は受けなかった。確認はしていないが、おそらく飯島町に近い形式といえる。個人の宅地ならそれほど大きな車が入るということはないだろうが、事業者だったら違ってくる。そういう意味では逆に行政とはことなった組織が管理している方が、しっかりした対応ができるのかもしれない。どちらが良いかなどとは言えないが、いずれにしてもわたしが知っている空間とは違う世界を垣間見る。

 同じようなことが水田地帯の道路にも言える。写真は南箕輪村での光景である。子どもたちが未舗装の水田地帯の真っ只中を家路に向かう。けっこう未舗装の道が多い。かつての農村地帯の様相であるが、実は同じように飯島町ではこうした光景はあまり見ない。ようはほとんどの道路は舗装されている。なぜこれほどの差が出たのか、とそんなことを考えると、現在に近い時代に整備された空間は、水田の大きさが大きいため、道路にしても水路にして条数は少ない。したがって、小区画であるがため道水路が多い西天竜の水田地帯では、まず道が狭く、条数も多いとくるから、それらを効率的に舗装していくことができなかったともいえる。行政の管轄範囲の違いがこれほど空間の彩を変えてしまうということ、意外にも意識している人は少ないかもしれない。
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