釜石を出ると周りは嘘のようにふだんの風景になる。嘘であれば、夢であればと人が言うのは現実と現実感がずれてしまうからだろうか。
花巻に近づくと雨が降り出した。
駅の案内所で安いビジネスホテルをと言って頼んだけど、値段は仙台と変わらない。

宮沢賢治の生まれた街らしいモチーフが歩道のガードレールにある。


見ていくのが楽しい。ここに泊まることにしたのも、イギリス海岸を始めとして花巻のあちらこちらが彼の作品のモデルになっているからだ。

しかし、街の中心部まで歩いても人影が極端に少ない。あまりのさびれようにびっくりする。

歴史のある街らしいが、賢治だけで知られていると言っていいだろう。

アーケードを抜けてメインストリートをはずれると住宅街になる。方向音痴なところがあるので地図を何度も見ながらホテルを目指す。
結婚式場も兼ねた立派なホテルで、ホ-ムレスに見えたりしないのかなと案内所の見立てを訝しく思った。

雨にけむる街並みが見える。左奥がイギリス海岸のようだ。

日が暮れるまでもう少し時間があるので、街をぶらぶらしてみる。賢治の生家はすぐそばだ。今も同じ姓の表札がかかっている。つい10年ほど前に亡くなった弟の清六もここに住んでいた。
ふと目についた鄙には稀なおしゃれな洋服店で、ボルサリーノを衝動買いした。帽子をかぶってうつむいている賢治の写真の影響だろうか。

さっきの商店街で「賢治の広場」というのを見つけた。ジオラマや昔のものをいろいろ並べている。オルガンや蓄音機や機械式のレジに見入ってしまう。古いものは趣きがある。


古い写真を見ているとにぎやかだった頃の花巻を想像してしまう。

軽便鉄道のことは賢治の作品に出て来るから知っていたが、遠野の先まで行っていたとは驚いた。

写真の中に入りたい気持ちになる。賢治の作品はモダンでなつかしい。似た作家と言えば稲垣足穂くらいだろうか。足穂と違って感傷的なところが人気の秘密かもしれない。


写真を撮っていると中年の女性が話しかけてきたので、花巻の話を聴こうと長い立ち話をした。

いったんホテルに戻って風呂にゆっくり入って、帽子を買った店で若い人が集まる店を聞いていたのでそこへ向かう。

確かに客は20代ばかりで、カウンターの右は女の子2人、左は男2人だった。まずはホタルイカの沖漬けとアスパラベーコンを頼んだ。
後ろの10人ほどのグループはうるさいくらいで、東京の飲み屋となんにも変わらない。
なんだか隣のお兄ちゃんたちと仲良くなって、その流れで女の子たちとも会話を仲介するように左右に顔を向けてしゃべった。
結局、そのお兄ちゃん、まさちゃんとひろちゃんと名乗った2人と2軒はしごして、3時まで飲み歩いた。店の女の子と彼らはレゲエを歌ったりしていた。

ひどい二日酔いで目が覚めると快晴だった。シャワーを浴びて出かける。

パスで賢治記念館に行く。待ってる間にコンビニで買ったサンドイッチを食べた。風がとても強い。記念館にはかなりの坂を登る。

ここも人が少なくて気分がいい。

「よだかの星」は子どもの頃に好きで何度も読み返した。意地悪な鷹よりもやさしい弟のかわせみやはちどりにいたたまれない気持ちにさせられた。昨日の2人との会話を思い出す。
「宮沢賢治って有名なんすか?」
「有名だよ。すごいよ」
「そんなに?」
「うん、だからぼくは花巻に来た」
「そっかぁ…地元なのによく知らないんです」
「そんなもんだよ」

イーハトーヴと呼んだ風景がこれなんだなと腑に落ちる。

ふくろうは昔から好きだった。ねこと似た顔で夜の森を飛ぶ。

「虔十公園林」は切ないという感情を初めて教えてくれた作品だ。


「釜石行ったんですか…俺ら行けないです。なんか申し訳なくて。ここもすごく揺れたけど、被害は大したことなくて」
「ああ、その気持ちはわかるよ。ぼくは心が冷たいから平気で見物に行っちゃう」
「そんなこと…」
また会話の端々を思い出す。

ミュージアムショップで中公文庫版全集の第7巻、「銀河鉄道の夜」、「風の又三郎」、「セロ弾きのゴーシュ」などが収載されたのを買った。「セロ弾きのゴーシュ」の末尾は時折ふと思い出される。

「賢治は明治の三陸大津波のちょっと後に生まれてるんだよ」
「そうなんだ。よく知ってますね」
「さっきそう書いてあるのを見たんだ。商店街でね。それで『銀河鉄道の夜』を思い出して」
「はい…」
「あれにタイタニック号らしきエピソードが出て来るけど、胎内で感じた津波の響きかもしれない」
お互い名前を告げることもなく、なんの欲得も打算もなく見知らぬぼくと付き合ってくれた。
「東北の人間はフレンドリーなんですよ」と何度も言っていた。

パスの時間待ちのつもりで同じ一角にある童話村や市の博物館も見た。連休中は全部無料だから申し訳ない感じだ。客はあまりいない。晴れているけど、風が冷たい。


城跡に登る。桜がきれいだ。

ガイドマップで賢治ゆかりの場所を歩き回る。市街にあるものはほとんど訪れた。
そんなことをしてる途中に靴底がはがれたので古ぼけたデパートに行った。あまり種類がなかったけれど仕方ない。
駅に向かいがてら切り込みそばを食べ、賢治最中を買った。
花巻に近づくと雨が降り出した。
駅の案内所で安いビジネスホテルをと言って頼んだけど、値段は仙台と変わらない。

宮沢賢治の生まれた街らしいモチーフが歩道のガードレールにある。


見ていくのが楽しい。ここに泊まることにしたのも、イギリス海岸を始めとして花巻のあちらこちらが彼の作品のモデルになっているからだ。

しかし、街の中心部まで歩いても人影が極端に少ない。あまりのさびれようにびっくりする。

歴史のある街らしいが、賢治だけで知られていると言っていいだろう。

アーケードを抜けてメインストリートをはずれると住宅街になる。方向音痴なところがあるので地図を何度も見ながらホテルを目指す。
結婚式場も兼ねた立派なホテルで、ホ-ムレスに見えたりしないのかなと案内所の見立てを訝しく思った。

雨にけむる街並みが見える。左奥がイギリス海岸のようだ。

日が暮れるまでもう少し時間があるので、街をぶらぶらしてみる。賢治の生家はすぐそばだ。今も同じ姓の表札がかかっている。つい10年ほど前に亡くなった弟の清六もここに住んでいた。
ふと目についた鄙には稀なおしゃれな洋服店で、ボルサリーノを衝動買いした。帽子をかぶってうつむいている賢治の写真の影響だろうか。

さっきの商店街で「賢治の広場」というのを見つけた。ジオラマや昔のものをいろいろ並べている。オルガンや蓄音機や機械式のレジに見入ってしまう。古いものは趣きがある。


古い写真を見ているとにぎやかだった頃の花巻を想像してしまう。

軽便鉄道のことは賢治の作品に出て来るから知っていたが、遠野の先まで行っていたとは驚いた。

写真の中に入りたい気持ちになる。賢治の作品はモダンでなつかしい。似た作家と言えば稲垣足穂くらいだろうか。足穂と違って感傷的なところが人気の秘密かもしれない。


写真を撮っていると中年の女性が話しかけてきたので、花巻の話を聴こうと長い立ち話をした。

いったんホテルに戻って風呂にゆっくり入って、帽子を買った店で若い人が集まる店を聞いていたのでそこへ向かう。

確かに客は20代ばかりで、カウンターの右は女の子2人、左は男2人だった。まずはホタルイカの沖漬けとアスパラベーコンを頼んだ。
後ろの10人ほどのグループはうるさいくらいで、東京の飲み屋となんにも変わらない。
なんだか隣のお兄ちゃんたちと仲良くなって、その流れで女の子たちとも会話を仲介するように左右に顔を向けてしゃべった。
結局、そのお兄ちゃん、まさちゃんとひろちゃんと名乗った2人と2軒はしごして、3時まで飲み歩いた。店の女の子と彼らはレゲエを歌ったりしていた。

ひどい二日酔いで目が覚めると快晴だった。シャワーを浴びて出かける。

パスで賢治記念館に行く。待ってる間にコンビニで買ったサンドイッチを食べた。風がとても強い。記念館にはかなりの坂を登る。

ここも人が少なくて気分がいい。

「よだかの星」は子どもの頃に好きで何度も読み返した。意地悪な鷹よりもやさしい弟のかわせみやはちどりにいたたまれない気持ちにさせられた。昨日の2人との会話を思い出す。
「宮沢賢治って有名なんすか?」
「有名だよ。すごいよ」
「そんなに?」
「うん、だからぼくは花巻に来た」
「そっかぁ…地元なのによく知らないんです」
「そんなもんだよ」

イーハトーヴと呼んだ風景がこれなんだなと腑に落ちる。

ふくろうは昔から好きだった。ねこと似た顔で夜の森を飛ぶ。

「虔十公園林」は切ないという感情を初めて教えてくれた作品だ。


「釜石行ったんですか…俺ら行けないです。なんか申し訳なくて。ここもすごく揺れたけど、被害は大したことなくて」
「ああ、その気持ちはわかるよ。ぼくは心が冷たいから平気で見物に行っちゃう」
「そんなこと…」
また会話の端々を思い出す。

ミュージアムショップで中公文庫版全集の第7巻、「銀河鉄道の夜」、「風の又三郎」、「セロ弾きのゴーシュ」などが収載されたのを買った。「セロ弾きのゴーシュ」の末尾は時折ふと思い出される。

「賢治は明治の三陸大津波のちょっと後に生まれてるんだよ」
「そうなんだ。よく知ってますね」
「さっきそう書いてあるのを見たんだ。商店街でね。それで『銀河鉄道の夜』を思い出して」
「はい…」
「あれにタイタニック号らしきエピソードが出て来るけど、胎内で感じた津波の響きかもしれない」
お互い名前を告げることもなく、なんの欲得も打算もなく見知らぬぼくと付き合ってくれた。
「東北の人間はフレンドリーなんですよ」と何度も言っていた。

パスの時間待ちのつもりで同じ一角にある童話村や市の博物館も見た。連休中は全部無料だから申し訳ない感じだ。客はあまりいない。晴れているけど、風が冷たい。


城跡に登る。桜がきれいだ。

ガイドマップで賢治ゆかりの場所を歩き回る。市街にあるものはほとんど訪れた。
そんなことをしてる途中に靴底がはがれたので古ぼけたデパートに行った。あまり種類がなかったけれど仕方ない。
駅に向かいがてら切り込みそばを食べ、賢治最中を買った。