いつしか当たり前になっていたけど、
やっぱり本当に偶然の重なりだと思った。
奇跡に近い。
数日間、生きたくなくて、
「死」のことばかり考えていた。
食べることを拒否したのは、そのためか。
一人で食事を見つめている自分が虚しかった。
目の前で冷めていく食材が哀しい。
人といないと全く食べることのできない自分が弱い。
たった数日で、変わってしまった。
別に、恋愛が終わったから、というだけじゃない。
ただ単に、何を目指して、何を求めて、
何を信じて、何を信じさせて、
毎晩寝て、毎朝起きればいいかが分からなくなった。
逆に言えば、当たり前にできていたことが、
何故できていたのかが分からなくなった。
息を吸うことさえ上手くできなくなって、
過呼吸が甦った。
友達が(彼女のことをこれから生きている限り「親友」と呼ぶ)、
「自分のために生きたくないなら、
私のためでいいから、生きていて」
とメッセージをくれた。
「一生のお願い」と。
受け取った時には、重すぎて、
あるいは軽すぎて、叶えられそうになかった。
でも、生きた。
「死」なんて、きっと一瞬で、
その後のことなんて考えていられない。
薬を買って、ちょっと用量を間違えてみれば?
高層マンションの非常口から、一歩だけ踏み出してみれば?
高速道路に間違えて飛び込んでみちゃえば?
電車がホームに滑り込むときに、
「おっとっと」って落ちてみれば?
その感覚を、昔から抱いていたことを、
いつしか僕は忘れていた。
切り札が手の中に舞い戻った。
求めてないのに。
そこら中に溢れている機会を、何故、
見過ごして、選択せずに、歩いてこれたのだろう?
遠い日、僕は廊下で毎日涙を流さずに泣いている子だった。
誰もいない静まり返った暗い廊下で、
壁にかかった時計を睨んで、人生をカウントダウンしていた頃。
誰も止めてくれなくて、氷点下20度の中で、
じっと白く濃淡のない空を睨んでいた毎日。
誰もが奇妙な視線を送り、
誰もが壊れ物を扱うように扱ったあの当時。
そこから、どうやって自分を偽って、騙して生きてきたんだろう。
「人生は生きるに値する」と?
孤独は埋められるものではなくて、
死も同じように、人生に隣り合わせで存在することを、
何故、数年ほど、忘れていたのだろう。
あの人がいなくなって、そんな事実を思い出してしまった。
当たり前のようにできていたことが、できなくなった。
見えない糸を信じていた自分が脆く崩れ去った。
見えない糸。
あっさりと一方的に切られてしまうものだとは思わなかった。
こんなに泣き続ける日々は、遠いあの頃以来だった。
自分が特別な存在だなんて考えたことはない。
むしろ、至って当たり前の生き方をしているだけなのに。
何故、皆ができることをできないんだろう。
何が欠落していて、何が妨げているんだろう。
自問自答は苦しく、答えは遠くて、見えない。
あの人と過ごした時間の中で、きっと麻痺していたのだ。
幸せが募るほど、孤独が深まり、
それを忘れたくて、更なる幸せを求めた。
それは無茶で滑稽に押しつけた注文だった。
親友はあらゆる手で傍にいてくれたけど、
あの人以外で埋まらないことを知っていた。
『時薬』しかないのだと繰り返した。
容赦ないけど、空論を告げない共を、優しいと思った。
時間が有り余る中で、自分と向き合えば向き合うほど、
「死」以外の選択肢は見えなくなった。
自分と対面していることが苦しくて仕方がなかった。
過呼吸が止まらない。
街ですれ違う人が、懐かしい奇妙な視線を送る。
誰もが経験する痛みだからこそ、皆、見て見ぬ振りをするのか。
あるいは。
周りの人の有難みに甘えてしまう自分も嫌。
打ち込める何かがないのも嫌。
仕事に行っても、無駄に時間を潰した。
そんな仕事をしている自分も嫌。
少しづつ人生を変えてみようと思った。
蟻の一歩くらいでもいいと思った。
苦しいのは嫌だ。
「死」が手っ取り早いことは分かった。
でも、残酷に「期待」が息を吸わせた。
これが生きていくということなんだろうか。
職を探そう、と思った。
自分が納得して、毎日生きている実感を持てる職を。
今の仕事は自分のためにならない、と思った。
どうせなら、我を忘れるような興奮度の高い職がいい。
いつもくすぶっていた想いは、今、解き放たれた。
いつだってスタートは切れるのだ。
ひたすら時間を過ごすために音楽を流していた。
電車の中で、さぞ迷惑行為だったと思う。
大音量で色々な曲を聴いた。
ひりひりする心の痛みと共鳴して、僕は無になる。
静寂は時の流れを止めて、思考を押し流す。
無意識の中の意識を持って、ICレコーダーを購入した。
気が済むまでピアノに座ってみようと思った。
自分の一秒過去を弔う作業を思い出そう、と。
唯一、今の仕事をしている中で、
辛いながらも救われたことは、
笑顔を絶やしてはいけない、ということだった。
数年前、初めて、あの人に会った時、
「気持ち悪いくらい作った笑顔だね」と言われた。
舞台を見に来たことがあったから。
舞台上で僕は笑っていた。必死に。
エンターテインメントだったから。
あの時は、まさか付き合うとは思っていなかった。
別世界の人過ぎた。
まさか数年後に再会して、
一緒にあんなに笑顔を共有するとは思ってなかった。
その笑顔を貼り付けて、時を進ませる。
何も知らない人たちは、苦しい笑顔を褒める。
犬は優しく声をかけ、猫はすり寄る。
子供はそっと触れてくる。
なんて絶望だろう。
自分の眼が輝くのが分かる。
希望を見つけたんじゃない。
過呼吸を抑え、涙を堪える。
仕事だ。プロでいなくては。
これも生きていくことだろうか。
仕打ちとは違うけど、とことん残酷だ。
結論は出ない。
まだ過去形で語れない。
極端に対称なふたつの答えを期待している。
今までの恋愛は、どこかできちんと理性を保っていたのか。
ただ単に、今回は、タイミングや人生の節目が、絡み合ってしまったのか。
前までは、他に頼れる、埋めることのできる何かがあった時代だったのか。
分からない。
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ここまでを書いたのが昨日。
とは言っても、数時間前。
そして今。
もう4:00AMだけど。
少しスッキリした自分がいる。
仕事を追えて、親友が誘ってくれて、
甘えて、自由が丘のバーで2:00過ぎまで飲んできた。
しっかりと手を握って、肩にもたれて、
静かに、密やかに、飲んできた。
ひとつ言葉を交わすごとに、
涙は浄化作用を持ち、心は平穏を取り戻した。
全てを受け入れることなんてできない。
嫉妬だって、狂気だって持ち合わせている。
涙は変わらず溢れ出す。
だけど、「死」は選ばない。
また別の友達からも連絡が来た。
ひとつひとつの言葉がグサリと刺さり、
そして、少しづつ甘く溶けていくのが分かった。
まだ痛い。
まだ切ない。
まだ苦しい。
だけど。
何らかの形で乗り越えていかなくてはいけないと思った。
明日の朝起きたら、やっぱり辛いのだと思う。
また吐き気に見舞われるかもしれない。
やっぱり「死」を選ぼうとするかもしれない。
でも、それは今じゃない。
ここまで這い上がってきた。
泣きすぎて、肩も首も痛い。
涙が出すぎて、目が更に小さくなった。
だけど、得たものは大きい。
あの人のことが好きで仕方がない。
大切で仕方がない。
見返りなんて求めない。
ただただ、自分がそうありたいだけなのだ。
もしかしたら、あの人は、そうではないかもしれない。
望みなんてない。
それでも、この気持ちは、簡単に変わらない。
全てはやがて過去になるだろう。
ただし、そのタイミングは、今、ではない。
好きな限り、もっと傷つくだろう。
でも、相手を傷つけたくはない。
守っていたい。おごりかもしれないけど。
それが生きていくことなのかな、と思った。
今回、周りにいる人達に泣き言を沢山言った。
周りにいる人達は、ビックリしていた。
まさか、渡辺整がここまで傷心するとは、と。
自分でも思っていたよりも、弱かった。
それほどまでに僕の殻を壊したあの人を、凄い、と思った。
今回の件で、あの人のことを直接知らない人は、
「ただしの味方だから」と言ってくれた。
でも誤解はしないでほしい。
あの人は敵じゃない。
弱い僕が悪かっただけだ。
あの人が悪いわけじゃない。
本当に素敵な人なんだ。
さぁ、そろそろ眠ろう。
久しぶりに、ちゃんと寝よう。
起きるのはまだ怖いけど。
一番に欲しがっているものは、まだ手に入らない。
今後も入らないかもしれない。
でも、手に入れるために、努力していきたい。
そう思えたのは、周りにいてくれる人達のおかげだ。
それだけでも、死ななくて良かった。
ありがとう。
こんなに、この単純な5文字に熱い想いを抱いたのは、
初めてのことかもしれない。