Landscape diary ランスケ・ ダイアリー

ランドスケープ ・ダイアリー。
山の風景、野の風景、街の風景そして心象風景…
視線の先にあるの風景の記憶を綴ります。

私たちの星で / 梨木香歩、師岡カリーマ・エルサムニー

2019-03-17 | 

 

ちょうど今時分、三寒四温の季節のせめぎ合いが続く静かな雨の夜から始まる

心の襞に優しく触れる春の雨(慈雨)のような20通の手紙による交信。

Eメールではなく、あえて一定の時間差(猶予期間)を伴なう書簡による交信を選択したのも肯けるデリケートな内容。

イスラームを理解したいという梨木香歩の要望に、NHKラジオ日本のアラビア語アナウンサーである

師岡カリーマ・エルサムニーが紹介された。

日本人の母とエジプト人の父を持つ彼女は、ムスリムでもありイスラーム文化に関する著作、翻訳も多い。

面白いエピソードとして外人タレントの走りであったタタール人(ロシア革命の時に亡命してきた)のロイ・ジェームス(懐かしい)が、

代々木上原のイスラーム・モスクの指導者でもあった彼女の父のところに出入りして親交があったという話に親近感が湧いた(笑)

2016年から始まった手紙の遣り取りは、世界をアメリカ発の標準化で覆うグローバリズムの波に

ある意味、アメリカに先行して世界に16億の信徒を持つグローバル共同体を築き上げていた

イスラーム社会との相容れない価値観の衝突の最中だった。

9.11を発端とするテロリズムばかりに目を向けていると、この世界の混乱は見えてこない。

理解できないものを嫌悪し囲い込み遠ざけないで、歩み寄ること、知ることから異文化交流が始まる。

書簡の冒頭、梨木香歩は、カリーマの母である師岡さんから振る舞われたエジプト料理の異なる素材を根気よく融け合わせる繊細さに触れ、

私はそういうふうに、たとえばイスラームに、アラブに近づきたい。

付き合いながら、合点してゆく友人の癖や習慣を知るように、絶えざる関心の鍬を持って、

深い共感の水脈を目指したい。そう願っています。

それは交換される手紙の隅々に、お互いを思いやる繊細な言葉の機微に現れています。
 
ニューヨーク、マンハッタン、チェルシーのゲイのアパートメントに民泊したカリーマを迎えた
 
住人Jの一目見て、カリーマのムスリムとしての属性を見抜き、
 
男ばかりのパーティの最中にも係わらず、おおらかに迎え入れる人柄に触れ、
 
多くの異文化とタフに係わってきたJのコミュニケーション術を「寛容の洗練」と形容した梨木香歩。
 
そしてニューヨーク在住の間、他の予定を差し置いて、このアパートに入り浸っていた
 
カリーマの多文化社会を渡り歩いてきた柔軟さも素敵だ。
 
深刻な問題ながら、食いしん坊の二人は食を通して異文化を語る姿勢も共感が持てる。
 
カンボジアのアンコール遺跡群、ジャングルに呑み込まれたタ・ブロムを
 
遺跡を覆う樹々は、建物を包み込み運命共同体と化している。
 
破壊し浸食するのでなく、樹が建物を包み込み面倒をみていると表現する。
 
ここにも自然と文明の異なったものを受け入れる寛容の視点がある。
 
それぞれ生まれ育った環境も違い年の差の離れた二人は一年半の文通の間に
お互いをかけがえのない友人と呼ぶように友情を育んできた。
 
なんだか「エストニア紀行」の微笑ましいエンディングを思わせる。
 
これも梨木香歩の人柄か?
 
自身の顔写真を公表しない(グーグルに掲載の写真は誰?)梨木香歩が初めて本書にて公開しています(笑)
 
私たちの星で
梨木 香歩,師岡カリーマ・エルサムニー
岩波書店
 
 

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2 コメント

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お久しぶりです・・・ (鬼城)
2019-03-18 07:50:44
久しぶりの投稿が梨木 香歩なのも頷けます。
またイスラム文化に傾倒していることは知りませんでした。
最近、勉強不足をつくづく感じる次第です。
題名の「私たちの星で」は全ての事象に当てはまります。
現在の立場、宗教、政治、働くこと等々・・・
日本から世界へ、ランスケさん、日々の勉強ですね。m(_ _)m
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まだしばらく忙しい日々が (ランスケ)
2019-03-19 03:05:38
投稿した日付を見ると、一カ月ぶりの更新ですね(笑)
もうしばらく忙しい日が続きそうです。
4月になると、少しはゆっくりできそうです。

梨木香歩は岩波書店から本を出すようになって、社会的な発言をするようになりましたね。
本書も購入の切っ掛けは、あの日本が戦争をする国になった夏の国会を取り囲んだ安保法制のデモに
梨木香歩も参加していたという記述を目にしたからです。
私も居た堪れなくなって初めて参加したデモでした。
あの群集の中に梨木香歩もいたのだという事実が、とても嬉しいです。

本書の帯にも使われた言葉…
何か道があるはずだと思うのです。自分自身を浸食されず歪んだナショナリズムに陥らない「世界への向き合い方」のようなものが、私たちの日常レベルで。
文化はそれ自体が重層的に融合した異文化の結晶であり、
個人はその多彩さを映す鏡であると同時に、それぞれ尖ったり曲がったり濁ったりして、どこかに新しい色をもたらす要素となればいい、
たとえはみ出しても、地球からも人類からも零れ落ちることはできないのだから…

これが本書に込められた二人の想いを現わす特徴的な言葉だと思います。
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