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【四○】コンパス

 方位を測定するための器具で、自由に開閉できる二本の足を持つ。
 道に迷ったカルサワ君【一二】は、服を脱いでコンパスの両足を左右の手でつかみ、足手まといと呼ばれる姿勢をとった。すると四つの方角、つまり春夏秋冬を指し示そうと自然に片足が上がって爪先までピンと伸び、いつしか彼が方位自身となっていた。ただし十二面それぞれが常に自転をしながら互いに公転【三二】しあっているため、方位がめまぐるしく変化して瞬間的にしか役立たないうえ、くるくる回っているうちに視界がすべて灰色に溶けて世界からすっかり取り残されてしまった。カルサワ君はそれが自棄コンパスだとは知らなかった。裸身盤だと思っていたからこそ服を脱いだのだ。春先を求めてラインダンスの踊り娘のごとく足を上げ下げしながら高速回転を続け、いつしかジャイロコンパスとなって計らずも他人の役に立っていることがカルサワ君の唯一の慰めであろうか。それでいてコンパスを手放せないのは、使うたびにホテルが備品としてカルサワ君を回収してくれるからである。

リンク元【三四】オーガスト先生
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