昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~ (二百三十一)

2022-05-11 08:00:23 | 物語り

 ひとみの差し出すグラスを手にし、口に運んだ。
「な、なんだ、これは。酒か、こんなものが。苦いし、泡だらけじゃないか!」
「初めてなん? ビールというお酒ですよ。おいしいですやん、うち好きやし」
 正三からグラスを奪い取ると、一気に飲み干した。
「お前の、その顔。ひげが生えてるぞ、あははは!」
ひとみの口の周りの白いリングに、思わず笑い出した正三だ。
「ほんなら、しょう坊にも作ってあげるし」と、また吸い付いてきた。

「あらあ、だめやん。そうや、正坊も飲んでみいて。
そうしたら、白いおひげができるし」と、溢れるほどに注がれたグラスを差し出した。
「いやぼくは……。こんな酒は苦手だけれど」と言いつつも、ちびりちびりと口にした。
「だめやって! ぐいっといかな、あかんて! ごくごくと喉を鳴らして飲み干しいな」

「君はどこの生まれだ、どうにも言葉づかいが変だ」
「関西ですう、兵庫県の明石という所ですわ。
これでも、お父はんは子爵でしたんえ。
けど戦争に負けてしまっては、あきません。
もう、毎日毎日愚痴ばっかりで。
暮し向きも立ち行かんようになってしまい、お母はんは病に倒れてしもうて。
それでまあ、長女であるうちに一家の生計が伸し掛かってきた言うわけです。
とは言うても、中々に厳しゅうて。
子爵という面子が邪魔しまして、あちらではどうにもならず。
で、こっちゃならいいかな? と思って来てはみたものの、ここもまた難しゅうて」

「子、子爵さまあ? そ、そんなお方の娘が?……」
 あっけにとられる正三を、またひょっとこ顔にして吸い付いてきた。
「けはは。引っかかりましたな、しょう坊も。
もうこっちゃの殿御は、みんな引っかかりはるわ。けはは……」
 大きく口を開けて、屈託なく笑うひとみ。
呆気にとられる正三、といってまるで腹が立たない。
むしろ特有のアクセントとも相まって、正三も笑ってしまった。

「坊ちゃん、ご機嫌のようで」
「何ですか、このやせっぽちは」
「坊ちゃんは、色気たっぷりの女が好みだろうに」
「いいんだ、いいんだ。たまには、茶漬けもいいさ」
「茶漬けって、しょう坊! そんな言われ方したの、初めてやわ! 
やっぱり、いけ好かんたこやわ!」



最新の画像もっと見る

コメントを投稿