昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~ (二百三十二)

2022-05-12 08:00:00 | 物語り

 突然店内が暗くなり、スポットライトに照らされたマネージャーがフロアの中央に立っている。
「さてさて、紳士淑女の皆皆さま!」
「おーい! どこにレディが居るんだ!」と、上本が声を上げた。
「そうだ、そうだ!」と、同調の声。
「それは失礼致しました。では訂正させて……」
「マネージャー! ここには淑女しか居ないのよ!」と、今度は女給が叫ぶ。

「とに角、ようこそのお出で、まことにありがとうございます。
本日のビッグスター、天才マジシャンのご登場でーす! 
どうぞ万雷の拍手でもって、お迎えくださーい!」
ドラムの音に合わせて、黒マントに黒のシルクハット姿で登場してきた。
マスクに口ひげを生やした男で、「怪傑ゾロ!」との声に、「グラッチェ!」と声を張り上げた。

「なんだい、あれは。西洋式の奇術師かなんかかい?」
 初めて見る異様な出で立ちに、正三が見を乗り出した。
「知らないの? 今、大人気なのよ。とに角すごいの!」
 ひとみが身振り手振りを交えて、詳細に説明をする。
しかしあまりの興奮ぶりに要領を得ない説明となってしまい、正三にはちんぷんかんだ。

「と言うことで、どなたかいらっしゃいませんか?」
 助手の女性が、大きく手を広げている。
しかしひとみの説明に耳を傾けていた正三たちには、さっぱりだ。
「はあい! うち、うち、やりたいわあ」と、ひとみが立ち上がった。
「おいおい、分かってるのか?」
「いいからいいから。体をのこぎりで切られるのよ、くふふ」
 唖然とする正三たちを後目に、るんるんとステージに向かっていく。
「坊ちゃんと話をしてたのに、聞こえてたってことなのか」と、不思議がる正三たちに、薫が答えた。
「耳に入るのよ、自然に。目配り、気配りしてなんぼの世界だからさ」

ぷーっと頬を膨らませて、正三をつねりにかかった。
「おっと、そうそうやられてたまるか」と、ひとみを抱き寄せた。
「いやん、しょう坊。案外助平なんやね。
難しい顔してはったから、真面目なお人かと思うてたわ。
むっつり助平とかやね、けはは……。
うち、大好きやわ。真面目な助平さんは」と、正三の首に手を回してきた。
「課長! 良いお店ですね、ここは。
入った当初はくさくさしましたが、実にいい。
このひとみさんが、実にいい。気に入りました、これからはここですね」



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