昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~ (二百三十)

2022-05-10 08:00:20 | 物語り

 フルバンドで演奏されるインストゥルメンタル。グレンミラーの演奏が流れると、一気に店内が盛り上がる。
女給たちに促されて、客がダンスに興じ始めた。
五三会の面々もそれぞれのパートナー相手に、ダンスに興じだした。
杉田もまた、薫のリードよろしく踊っている。
軽快なスィングジャズに乗って、みなが幸せいっぱいの表情を見せた。
そんな中、ひとり正三だけは、良心の呵責にさいまれている。
「なんてことをしてしまったんだ、ぼくは。
こんな所に、ひとり小夜子さんを放り出していたのか。
国家プロジェクト遂行のためとはいえ、か弱い婦女子を」

「どうしたの? お坊ちゃん。」と、正三を持て余し気味の女給だ。
“あーあ、今日は厄日だわ。
約束してた馴染み客は来ないし、上客だと思った男は軟弱者だし。
こんなの、どうしたらいいって言うのよ。薫さん、なんとかしてよね”
 ちらりちらりと正三に視線を送る薫、女給としての器量不足が恨めしい。
“千景さんったら、なにやってんの! ふさぎ込んでる男なんて、簡単でしょうに。
ああもう、じれったい!”

「千景さん、あちらのテーブルに回ってください」と、マネージャーが肩を叩く。
そして「お客さま、中原ひとみさんです」と、目をくるくる回す女給を連れてきた。
「なんだって? 中原、ひとみだって? 僕はね、嵯峨美智子さんが好きなんですがね。
こんなやせっぽちは嫌いだね」と、不機嫌に口を尖らせる。
「いけ好かんたこ!」と、突然に正三の頬をつねってきた。
「痛いじゃないか!」と、正三が真顔で怒った。
しかし素知らぬ顔で、正三の顔をひょっとこ顔にしてしまう女給、中原ひとみ。

「ここで、そんな難しい顔はあかんて! 楽しまな、損ですよ。ね、しょう坊」と、正三の口に吸い付いた。
“ちゅっ、ちゅっ、”と、二度三度と繰り返す。
「な、何をするんだ! そんな、ことはして、ほし……」
 言葉とは裏腹に、ざらついた気持ちが和み始めた。
「ねえ、しょう坊。なんでそんなに怒ってはるの?お 
仕事がうまく行かなかったん? 大丈夫よ、次は良いお仕事ができますって」
「しょ、正坊とは! 馬鹿にしているのか、ぼくを。
初対面の君に、なんでそんな風に言われなきゃならんのだ。
女給風情に馬鹿にされるとは、実に気分が悪い」



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