Tomotubby’s Travel Blog

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1970年万博にはモアイが二体あった!

2007-12-25 | 海は広いな Oceania /Big Island, Hawaii
クリスマスの今日まで大阪・千里のエキスポランドで「世界遺産 チリ・イースター島 モアイ」と題してメイン展示されていた「平和のモアイ」が実は1991年に作られた新しいもので、所謂「世界遺産」を持ち出したわけでないことは既に述べました。

大阪の街に貼られているポスターには「25年を経て。エキスポランドに 本物のモアイ、ふたたび立つ!」などと書いてあるため誤解されやすいのですが、25年前、1982年に同じエキスポランドで展示されたモアイと今回の「平和のモアイ」は全くの別物です。1982年に展示されたモアイは下の写真のように二体で、完全体のモアイと、胴体部分から切り離された「顔だけモアイ」でした。このうち、完全体の方が正真正銘の「世界遺産」のモアイで、15体の大型モアイが立ち並ぶイースター島アフ・トンガリキ遺跡の近くに今も下のように立っています。


(左)1982年展示のモアイ二体 (右)アフ・トンガリキ近くに立つモアイ

さらに遡ること12年前の1970年、大阪で行われた日本万国博でも本物のモアイが出展されていました。まさしく本邦初公開のモアイで、チリ館の前に設置されたその像は、胴体から切り離された「顔だけモアイ」でした。モアイが日本で広く知られるようになったのに、この「顔だけモアイ」の貢献度は大きかったそうですが、モアイが「顔だけ」であるような誤解を広く植え付けたこともまた事実です。

万博の際に来日した「顔だけモアイ」は、実は1982年にも再来日を果たしていました。上の写真を見ると、奥に見えるモアイがそれのように見えますが、実は違います。先述の完全体モアイの方なのです。このモアイは、万博前には下の写真のように、顔と胴の間でポッキリ破断した状態で放置されていて、「顔だけ」が日本にやってきたのです。万博後にイースター島に戻り、顔と胴が接合されて、1982年には五体満足(足はないかな?)で再来日したということです。


万博に来た「顔だけ」時代のモアイ大使

ところが、万博に出展された「顔だけモアイ」は実は複製で、万博終了後も島に帰らず日本のチリ大使館に駐留し、奈良県天理市に引き取られたという説があります。天理に行くと、市役所の敷地に「顔だけモアイ」が鎮座しているそうで、まんざら嘘ではなさそうなのです。

この噂を聞いて最初に頭に浮かんだのは、1982年にエキスポランドに展示されたもう一体の素性不明の「顔だけモアイ」です。このモアイと、万博で展示された修復前のモアイ大使がどこかで混同されてしまったのではないか。と思ったわけです。

万博のモアイの謎が解けないままに四ヶ月経った頃、エキスポランドの「平和のモアイ」展示について書かれた、とあるブログ記事に以下の写真を見つけました。今回の展示では「平和のモアイ」のほかにもモアイが展示されていたようなのです。それも「顔だけ」のモアイが。



早速ブログ主のハリーさんから写真をお借りしました。説明分を拡大してみると、意外な事実が判明しました。



なんと大阪万博には、チリ館の「顔だけモアイ」のほかに、テーマ館、つまり岡本太郎作「太陽の塔」の地下にもう一体、複製の「顔だけモアイ」が展示されていたのです。


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