森林破壊の背景には、島民人口の爆発的な増加が想像できる。憑かれたように巨大モアイが作り続けられた時期─17世紀の半ばには、権力者の管理のもと、労働力を提供する1万人を超える島民が存在したといわれる。この数は、現在チリ本土から食料の供給を受けて暮らしている島民人口3000人を大きく上回っている。いったい彼らは何を食べて暮らしていたのであろうか?
人口が爆発的に増えた過程で、島民たちの食生活もまた大きく変化したのが判る。貝塚にあたるゴミ捨て場の遺跡を調べると、入植当時のものには、沖合に生息するイルカの骨が魚の骨より数多く見つかる。ところが15世紀を境にして、イルカの骨はゴミ捨て場から消えた。人々は森林破壊によって、沖へ漁に出るためのカヌーの素材すらも入手できなくなったらしい。さらに、森林が消えたことで雨による土地の浸食は進み、土地はますます痩せていく。森林はもはや自己回復が不能になってしまう。イルカに替わる島民のタンパク質源は二枚貝や鳥類であったが、増え続ける彼らの食欲がこれらの種も次々と絶滅に追いやっていく。島随一の集落ハンガロアの町外れ、滞在中宿泊した IORANA HOTEL にほど近い洞窟アナ・カイタンガタには、今も鮮やかな鳥人の壁画が残るが、そこには食人を物語る人骨すら見つかっている(アナ・カイタンガタにおける食人については、儀礼的な側面も否定できないことを付け加える)。
人口が爆発的に増えた過程で、島民たちの食生活もまた大きく変化したのが判る。貝塚にあたるゴミ捨て場の遺跡を調べると、入植当時のものには、沖合に生息するイルカの骨が魚の骨より数多く見つかる。ところが15世紀を境にして、イルカの骨はゴミ捨て場から消えた。人々は森林破壊によって、沖へ漁に出るためのカヌーの素材すらも入手できなくなったらしい。さらに、森林が消えたことで雨による土地の浸食は進み、土地はますます痩せていく。森林はもはや自己回復が不能になってしまう。イルカに替わる島民のタンパク質源は二枚貝や鳥類であったが、増え続ける彼らの食欲がこれらの種も次々と絶滅に追いやっていく。島随一の集落ハンガロアの町外れ、滞在中宿泊した IORANA HOTEL にほど近い洞窟アナ・カイタンガタには、今も鮮やかな鳥人の壁画が残るが、そこには食人を物語る人骨すら見つかっている(アナ・カイタンガタにおける食人については、儀礼的な側面も否定できないことを付け加える)。