萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第35話 閃光act.4―another,side story「陽はまた昇る」

2012-03-04 22:42:37 | 陽はまた昇るanother,side story
見つめた想いと、温めていく時間と




第35話 閃光act.4―another,side story「陽はまた昇る」

閉会式では入賞者は最前列に整列した。
センター・ファイア・ピストル優勝者として周太は光一と並び壇上を見つめ佇んだ。
昏いトーンの姿が並ぶなか、この隣に立つオレンジとカーキの山岳救助隊服姿は長身に秀で鮮烈でいる。
底抜けに明るい目の誇らかな微笑が隣に立ってくれている、それが安心感となって周太も微笑んだ。
きっといま第9方面からも温かいまなざしで英二が見守ってくれている、父の合鍵を抱きながら。

…ね、お父さん?今からね、お父さんが立っていた、あの場所に俺も立つよ?

いま寄りそう父のきれいな微笑に周太はそっと微笑んだ。
常に父は唯一のCP優勝者として立っていた、けれど自分は光一と共に立つことが出来る。
ひとりではない、それが今の自分にはどこか安心になって温かい。
かつて父が立っていたCP優勝者の意味を知る今は、その孤独を知っているから。

「それでは表彰式を行います、センター・ファイア・ピストルの部、優勝者2名。壇上へと上がりなさい」

言葉に隣を見あげると光一は軽く頷いて「先に行きな?」と掌を延べてくれる。
でも本当の優勝者は光一、それを自分がいちばんよく知っている。ここで自分が先に表彰される訳にもいかない。
周太は「お先にどうぞ?」と目だけで微笑んだ、けれど底抜けに明るい目は笑って背中をそっと押し出してくれた。
そして周太を先にして壇上へあがると光一は、賞状授与も先に立たせて微笑んでくれた。
その様子を見て警視総監は周太の賞状を受けとり読み上げた。

「表彰状、湯原周太殿。警視庁けん銃射撃競技大会において優秀な成績を修め…」

読み上げられる賞状の「湯原」の名にすこし会場の空気がゆらぐ。
きっと今日もここに父を知る人たちがいる、その中にはあの春に、桜の下の葬儀の席で父に無礼を言った者達がいる。
あの者たちに見てほしい、この背中に背負った父の名「湯原」を見て想い出せばいい、父がこの場所に君臨し続けたことを。
たしかに父は銃弾の前に斃れた、けれどそれは父が射撃の腕で劣ったからでは決してない。
あのとき父は「尊厳と笑顔を守る」ために敢えて発砲をしなかった、そして自身の生命すら盾に誇りを懸け一人の男を救った。

あの春に桜の下で父に無礼を言った者たち、あなたに知らしてやりたい。
あのとき父が誇りと生命を懸けて救った男がいま、どれだけ温かな笑顔で生きているのかを。
あの救われた男は生命の尊厳を知り、笑顔をこめて店にひとを寛がせて、多くの温もりを贈り生きている。
どうか知ればいい、救われた男を通し父の誇りと笑顔が今も、どれだけ多くの心を救って生き続けているかを。

そうして父が命懸けで遺した温もりに、息子の自分すら安らぎ今を生きている。
そして息子の自分は父の誇りを「湯原」の名に背負い今、あなた達の前に射撃の頂点に立った。
あの春に桜の下で言った無礼がどれだけ間違いだったのか、今この背に負う「湯原」の名に恥じるがいい。
そしてどうか心あるならば、ほんの一言、一度きりでもいい。
父に心から謝って非を認めてほしい。

…どうか、一人でもいい。父に謝罪をしてほしい…そして、父の誇りが甦ったと素直に認めて?

読み上げられた賞状が周太に差し出される。
その渡してくれる人は卒業式で周太の言葉に怒って席を立とうとした男だった。
ほんの少し気まずそうで、けれど固陋な目の奥には素直な賞賛の光も佇んでいる。
この人も困った所ばかりじゃない、きれいに微笑んで周太は賞状を受けとった。

受けとった賞状を端正に奉持してから脇へと持ち直す。
その周太の一挙手一投足へ視線が注がれていく。その視線のうちに例の値踏みする男の気配が薄まったことに周太は気づいた。
11月の大会でも今日も、開会式から不躾に見ていた貪欲に感じた視線が変化している。
いったい何があったのだろう?少し不思議に思いながら周太は踵を返し階段へと向かった。
その瞳へと、いちばん見つめたかった視線が温かく映りこんだ。

…英二、

ふっと一瞬、素顔へと戻って周太は微笑んだ。
あの大好きな、きれいな切長い目が穏やかな美しい微笑で見つめてくれている。
いますぐ逢いたい、そんな素直な想いこみあげて周太は軽く息を呑んだ。

…英二?見ててくれたよね、

真直ぐに見つめた想いの先で英二は微笑んで頷いてくれる。
ほんの一瞬の見交わし合いの時、けれど温かで嬉しくて、周太は幸せだった。
ささやかでも大切な幸せを見つめながら、壇上から降りると周太は選手の列に戻っていく。
列から壇上を見あげると今度は光一の表彰が始まった。

「表彰状、国村…光一殿、」

いま「国村」の後で一瞬の間があった。
なんだろうと見ている周太の視線の先で秀麗な横顔は、かすかに悪戯っ子に微笑んだ。
その微笑に周太は気がついた、前に光一が言った「2階級特進の理由」は警視総監にきっとある。
きっと光一の事だから、いかなる理由でも警視総監だろうが容赦なく平等に扱ったことだろう。
きっと彼は困ったのだろうな?思いながら見上げている壇上で賞状の読み上げが終わった。
そして光一へ賞状を授与しようとしたとき、ぱん、と賞状が警視総監の斜め後方へと飛んでしまった。

「ずいぶんとイキの良い賞状みたいですね?」

テノールの声が楽しげに会場に透って笑っている。
笑いながら光一は壇上のすこし奥まった場所へ進んで、きれいに片膝をついて屈みこんだ。
そして賞状を拾いあげると、折り目正しく姿勢を整え幹部席へと頭を下げた。

「横切る無礼を失礼いたしました」

端正な敬礼をおくって光一は警視総監の立つ演台の前に戻り会釈すると微笑んだ。
そして儀礼通りの持ち方をして真直ぐ立つと、警視総監を一瞥して階段へと踏み出していく。
そうして階段を降りる横顔から、かすかな一瞬だけ第9方面の方に目配せを送ったのを周太は見た。

…きっと光一は、英二に目配せした…きっと、何か意味がある?

光一は英二のことが大好きで、いつも電話でも英二の話を嬉しそうにしてくれる。
そんな大好きな英二に目配せをこのタイミングで送るのは、たぶん悪戯のことだろうな?
そう考えながら見ている壇上で、光一と入替わり階段を昇った3位受賞者が壇上で転んだ。

…あ、痛そう…

衆目を集める壇上で転ぶのは、体も痛いだろうけれど精神的苦痛が主だろう。
素直な同情を寄せて周太は壇上を見ていた。
そんなふうに見上げる先で今度の表彰者もまた壇上で滑りかけた。
そしてまた入れ替わり続いて壇上に上がった選手も転んだ。

なぜ3人も立続けに転ぶのだろう?こんな偶然なんてあるものだろうか。
怪訝に見ている先で選手達は軽く滑りかけまた転んでいく。
自分が壇上に立ったときは何とも無かったのに?
怪訝で心裡に首傾げながら「壇上で起きる滑落事故」について少し考えた。
この原因はなんだろう?

…やっぱり、光一が何かしちゃった、んだよね?

さっき光一が周太を先に壇上へ行かせた意図は、巻き込まない為だったのだろう。
そんな気配りを自分にしてくれる光一の優しさは嬉しい。
けれどこんなにまで入賞選手の全員を転ばせ、滑らせるなんて?
ここまでして警視庁に恥をかかせ反省を促したい、それだけの光一の怒りが伺える。

…山の尊厳と、人間の尊厳…ね、光一?

光一が敬愛する「山」そして守りたい生命の尊厳にめぐる山の掟。
これを警察組織が踏んづけたと光一は怒り、大会を制圧することで反省を促した。
そして光一は、周太の為に泣いて怒ってくれている。
あの14年前に雪の森で光一は父と会った、あの唯一度だけ会った父のため光一は「人間の尊厳」を謳いあげてくれた。
そして周太のことも光一は何も言わなくても解っている、父の隠された秘密に周太が苦しんで望まぬ道に立ったことも。
こんなふうに率直に堂々と自分の為に怒ってくれる光一が嬉しい、嬉しくて周太は微笑んだ。

…ありがとう、こんなに怒ってくれて…

微笑みながらも、でも周太はひとつ心配になった。
この光一の怒りは警察組織に向けられたもの、その組織の頂点に立つ人間の事もきっと怒っている。
だからきっといま壇上で賞状を読み上げる、あのひとは無事で済まないのではないだろうか?
大丈夫かな?心配と見つめる先で表彰式が終わり、警視総監が自席へ戻ろうと斜め後ろへと歩を進めた。

がったん、 大きな音響と一緒に警視総監は派手に転んだ。

警視庁けん銃射撃競技大会。
その最後を飾るはずの閉会式の壇上1点に視線が統べられた。
全102署・第10方面の全てから集まった警察官全員の面前で、その頂点に立つ男は呆気なく転んだ。
そうして警視庁トップは転んだ衝撃に、勲章が1つ外され落っこちた。

きっと、いま光一は愉しくて仕方ないだろう。
悪戯の支配が成功したと満足気に細い目が笑んでいるに違いない。
そして英二は困りながらも可笑しくて仕方ないだろう、きっと壇上の遭難者を真面目に心配しながら笑いをこらえている。
大好きな2人の笑顔を想いながらも周太は、悪戯の遭難者達の不運に同情をした。

すべて終わって先輩達と建屋を出ようとしたとき、ちょうど青梅署の人たちが通りかかった。
長身の英二と光一は並んでいると余計に目立つ、すぐ気がついて周太は先輩に断りを入れた。

「すみません、先日お世話になった青梅署の方に挨拶してきてもよろしいですか?」
「ああ、行っておいで?俺も知っている人と挨拶してくるから」
「じゃあ俺はここで待っているよ、電車の時間はまだあるから大丈夫だぞ」

そんなふうに各々すこし別れて、周太は青梅署の人たちの元へと駆け寄った。
まず全員に頭を下げると、最初に後藤副隊長に挨拶をした。

「おひさしぶりです、先月はありがとうございました、」
「湯原くん、こちらこそだよ。先月は助かった、ありがとうな。
そして優勝おめでとう。ずっと見させてもらったよ、きれいな姿勢でなあ、本当にすばらしかったよ」

大らかに温かな目で笑って後藤は率直に賞賛と祝辞を贈ってくれる。
率直に褒めてくれる言葉が温かい、賞賛の気恥ずかしさと素直な嬉しさに周太は微笑んだ。

「はい、ありがとうございます。でも、国村さんのスピードに比べたら全然出来ていません」
「いいんだよ、湯原くん。君の射撃はね、君だけのスタイルだろう?それになあ、こいつの射撃はね、クマ撃ち用だから」

笑って国村の肩を叩きながら後藤は周太を励ましてくれる。
こういう後藤の気さくで温かい雰囲気が周太は好きだった、きっと父も好きだったろう。
いま一緒に父もここで笑ってくれているかな?想いながら素直に頷いて、周太は国村と英二に向き合った。
まず先に底抜けに明るい目を見あげて周太は優勝の祝を述べて微笑んだ。

「国村、優勝おめでとう。ほんとうにね、すごかった。俺も頑張りたいって思えた、よ?」

大切な初恋相手の光一が、父の軌跡を辿る鍵「CP優勝者」の称号を廻り競う相手。
こんな現実の皮肉が辛くて、競技前には混乱するまま英二に抱きついて弱音を吐いてしまった。
けれど英二は受けとめて「父の想いだけ見つめればいい」と言ってくれた。そのお蔭で自分は揺れなかった。
いま自分はもう光一を、初恋の相手として同じ競技者として、きちんと受けとめられている。
もう大丈夫だよ?そう英二にも心で伝えながら周太は光一に微笑んだ。
そんな周太を底抜けに明るい目で温かに見つめて光一は笑ってくれた。

「ありがとうね。俺もさ、眼福だったよ?ストイックな湯原は色っぽくてさ。
 もし競技中に見えたら、マジあぶないとこだったよ?ブースの壁があってよかったって、俺は初めて思ったね」

だからどうして、こんな公の場で言っちゃうのかな?
きれいな上品な容貌で光一はすぐ艶っぽい言い回しをして楽しんでくる、けれど周太には困ってしまう。
それでもこんな明るいところは好きで、困らせながらも想いを率直に告げてくれるのは嬉しい。
でも困ってしまうな、首筋に熱が昇るのを感じながら周太は、光一に訴えた。

「…そういうことここでいわれてもほんとこまるから…こういうとこでは、ね?」

きっともう赤くなっている、こんなところで本当に困ってしまう。
愉しげに笑う光一に困りながら周太は英二を見あげた、視線の先で穏やかに英二は微笑みかけてくれる。
大らかで温かい笑顔のやさしさに、心裡ことんと本音がこぼれた。

…逢いたかった、英二

切長い目はやさしく穏やかな微笑が美しい。
ずっとこの眼差しが大会中も見守ってくれていた、そう自分は知っている。
きれいな笑顔を向けてもらえて嬉しい、素直に周太は微笑んだ。

「英二?ずっと、見ててくれたね…俺、出来ていたかな?」
「大丈夫、周太はね、ちゃんと出来ていたよ。お父さんも見てた、きっとね」

きれいに笑って英二は「ほんとうだよ」と目でも答えてくれる。
この笑顔が自分はずっと好きでいる、そして今この笑顔に逢えたことが嬉しくて仕方ない。
いま隣に立つ光一に恋をしている、それでも英二の笑顔に逢いたくて自分は1ヶ月の時を独り見つめていた。

…英二、もっと話したい。もっと笑顔を見ていたい

このまま一緒に、奥多摩へ行けたらいいのに。
そんな本音が心の底で寂しそうに微笑んでくる、けれど自分は今日は当番勤務が待っている。
でも今こうして英二の笑顔に逢えただけでも良かった。
ほんのひと時の出逢いに微笑んで周太は新宿署の輪へと戻った。



新宿駅東口交番での当番勤務合間、ふと携帯が振動した。
ちょうど拾得物の手続きが終わり席を外せるタイミング、すこしだけならと席を立ち奥で周太は携帯を開いた。
メール受信のランプが点灯している、手早く受信BOXを開くと美代からだった。
今夜は当番勤務があると昨夜の電話で話したから、気を遣ってメールにしてくれたのだろう。
なんの用かな?楽しみに周太は大好きな友達からのメールを開いた。

from  :小嶌美代
subject:会えるかな?
本 文 :こんばんは、今日は競技会お疲れさまでした!
    あのね、明日までの映画のチケットを今日、職場でもらったのね。
    急だけれど一緒に観に行きませんか?
    会ってお喋りしたいなって思って、聴いてほしいこともあって。
    お返事、お仕事の合間で無理なくね?

「ん、…会いたいし、映画もいいな。でも、明日…」

ちいさく呟いて周太はため息を吐いた。
明日は非番だけれど手話講習会が午後にある、この後ではたぶん映画の時間に間に合わない。
けれど美代は「聴いてほしいことがある」と言っている、きっとこの為に明日は会いたいのだろう。
なにか話したいのなら何でも聴いてあげたい、たぶん話題の見当はつくけれど。

…たぶん、恋愛の話、だよね?

最近の電話で美代がよく周太に聴くのは「英二のことをどう好きなの?」が多い。
どうも美代は最近、光一との関係について考え込んでいるふうだった。
そんなふうに美代が考え込んでいるのは、きっと光一が周太を見つけた事が大きいだろう。

光一は美代と幼馴染で、ふたりは恋人同士だと周太も思っていた。
けれど光一は周太に告白をしてくれた、14年前に9歳で出逢った時から変わらず想い続けてくれていた。
最初は途惑った、けれど光一の告白で周太にも14年前の記憶と想いは甦っている。

…光一は、美代さんではなくて、…俺を選んでいる、でも

でも自分は英二も愛している。
そして光一の願いを叶えることすら今はまだ難しい。
自分のこんな中途半端な揺れ方も、美代の話したいことの原因かもしれない。
こんな自分は弱い、けれど逃げずに向き合って受けとめて、きちんと向き合いたい。

…ん、あとで休憩時間に、電話してみよう

ひとつ予定を決めて周太は微笑んだ。
いま18時、たぶん20時頃から休憩だろうから電話するなら良い時間だろうな?
考えながら携帯をしまって交番のデスクへと戻った。


イギリスからの旅行者に道案内の地図を渡すと20時を少し過ぎていた。
時間に先輩の柏木が気づき休憩に入るよう勧めてくれて、ありがたく周太は2階へと上がった。
休憩室に入って上着を脱ぎ携帯を開くと、美代の番号に繋ぎながら壁に凭れて座りこむ。
すぐ2コールで出てくれて朗らかな声が笑った。

「こんばんは、湯原くん」
「美代さん、こんばんは、」

お互いに笑って挨拶をする、こんな始まりにもすっかり馴染んだ。
クリスマスに美代からの手紙を英二から受け取って、以来ずっと電話やメールをするようになった。
とくに先月、青梅のブックカフェで「ドリアード」の話をしてから美代は周太に何でも話してくれる。
けれど今夜はせっかくの映画を断らないといけない、それが申し訳ない。
何て切り出そうかな?考えかけた周太に美代から訊いてくれた。

「あのね、明日の映画、急でごめんね?新宿の映画館だし、湯原くんと一緒なら新宿もいいな、って思って」
「あ、新宿なんだね?…時間って何時からあるの?」

明日の講習会は13時半から2時間半だから、16時半には新宿に戻れる。
新宿の映画館なら、時間によっては合わせられるかもしれない。
そうだと良いなと思っていると美代は愉しそうに教えてくれた。

「うん、午前中は11:00でね、午後の回は14:30なの。2時間位なんだけど、」

この時間だと、どちらも上手く予定が合わないだろう。
ごめんなさいと思いながら周太自身もがっかりして、遠慮がちに口を開いた。

「ん、…あのね、俺、明日は13時半から手話の講習会があって。
 だから12時半すぎには新宿を出て、戻りは16時半は過ぎちゃうと思うんだ。だから…ごめんね、美代さん」

「ううん、急だったから。こっちこそ、ごめんね?」

気にしないでねと言ってくれる、けれど本当はがっかりしているだろう。
すこしでも喜んで欲しくて周太は、さっき決まったばかりの事を美代に教えた。

「ほんとに、明日はごめんね?でもね、俺、今日の大会あとの休暇がね、さっき決まったんだ。
 来週すぐなんだけど3連休に出来るんだ…だから俺ね、もうじき奥多摩に行けるよ?まだ英二にも言ってないんだけど、ね」

「ほんと?うれしいな、すぐ会えるのね?いつ来るの?平日でも私、午後半休だったら取りやすいの、」

うれしそうに美代が訊いてくれる。
すこしでも喜んで貰えたかな?うれしくて周太は微笑んだ。

「ん、火曜日の当番勤務の日がね、休暇なんだ…火、水、木の3連休になるんだけど、」
「火曜日って、ちょうどバレンタインね?ね、その日に午後半休とるから、うちに遊びに来て?でね、一緒にケーキ作ってお茶するの」
「あ、楽しそうだね?…でも俺、お家にね、お邪魔していいの?」

そういえば世の中はバレンタインだったな?
いつも母がチョコレートケーキを作ってくれる日になる、でも今年は忙しくてこの件の話はしていない。
美代との約束が午後からなら、月曜の勤務後に実家に帰れば母と14日の午前中をゆっくり過ごせる。
そんな予定を頭で立てていると、美代が愉しそうに言ってくれた。

「うん、ダメなら誘わないよ?うちの人もね、いちど湯原くん連れておいで、って言ってて」
「そう、なの…?」
「そうなの。光ちゃん以外の男の子と仲良くしてるのがね、まず珍しいでしょ?
 しょっちゅう電話するほど仲が良い友達も、湯原くんが初めてなのよ?そんなことでね、うちの人も湯原くんに会いたいです」

意外で周太は驚いた。
明るい美代は友達も多いようだった、だから自分が「初めて」と言われたことが意外だった。
けれど、思えば美代は「ドリアード」の話を他の人にはしていないと言っていた。
そんな美代は明るくて誰とでも仲良くできる反面、繊細な自分の世界も強く持っている。
そうした美代の世界に入れる人は少ないかもしれない、でも美代は周太には話してくれた。
こんな初めては本当に嬉しいな、周太は微笑んだ。

「そうなんだ?うれしいな…じゃあ、14日の午後に着くようにするね?」
「じゃあ、河辺駅まで車で迎えに行くね?その日は私、車で出勤するようにするから。材料のお買物もね、一緒にしてくれる?」
「ん、もちろん…ありがとう、美代さん」
「よかった、楽しみね?うれしいな、私の部屋の本とか見てほしいの、あと、採集帳も」

楽しそうに美代は話してくれる、明日の映画を断った埋め合わせが少しでも出来たろうか?
でも本当は美代は、明日すぐに会って周太に話したかったことがある。きっとすぐ話したくて胸につかえているだろう。
いま電話だけれど話せることなら聴いてあげたい、思いながら周太は訊いてみた。

「あの、メールの聴いてほしいことって、何かな?…今で良かったら、聴かせて?」
「え…でも、お仕事中でしょ?」
「ん。休憩時間なんだ、大丈夫だよ?」

電話の向こうが嬉しそうに微笑んでくれる。
やっぱり何かすぐに聴いてほしかったのだろうな?
ちょうど休憩がとれて良かったと思いながら周太は耳を傾けた。

「あのね…私、今日ね、告白されたの…それは断ったんだけどね、でもね…好きなひと他にいるかも?って気づいて」

美代なら告白されることもあるだろうな?
きれいな明るい瞳で可愛らしい美代は、きっと男性に好かれるだろうし告白されて不思議はない。
そう納得しながらも周太は「好きなひと他にいるかも?って気づいて」がひっかかった。
なぜ「かも?って気づいて」なのだろう、まるで今日初めて気づいたような言い回しでいる。
その好きなひとが光一なら、今日初めて気づくのではないはず。他の誰かと言うことだろうか?周太は訊いてみた。

「ん…好きなひといるって、今日、初めて気づいたの?」
「うん、今日初めて。光ちゃんじゃないひと、のこと好きって…今日、気づいて」

美代にとって光一は恋人の存在ではないかもしれない。
そう告げられた心に、かすかな安堵の吐息が素直なままこぼれた。
大切な友達が恋人と想っている光一が本当は周太を好きでいること、それが周太には苦しくて哀しかった。
自分と光一では男同士になってしまう、けれど美代は英二と周太のこともフラットに見てくれている。
だから男同士という事より、美代にとっての光一の存在が気掛りで心苦しくて、ずっと哀しかった。
けれど美代の恋愛対象が光一ではないのなら、美代を哀しませないで済むかもしれない。
そうだと本当に良いのに、そんな祈るような想いに周太は訊いた。

「国村のことは恋愛と違っていた、ってこと?…それで、他に好きな人がいる、そういうこと?」

「うん…今日、告白してくれた人のね、表情を見ていてね?光ちゃんが私を見る顔とね、全然違かったの。
それで、光ちゃん、きっと私のことは、恋とかで見たこと無いなって気がついて…それは私も同じだろうな、って。
でも私、光ちゃんじゃない人のことをね、ああいう顔で見ている時、あるなって気がついて…それで、その人を好きかも、て」

告白されたことで美代は自分の想いの有様に気がついた。
こういう事はあるだろう、周太も英二に告白されるまで自分の想いの有様に気がつかなかった。
あのとき自分も急に自覚して、そして心と想いが目覚めたように動き始めた。
きっと美代も今そうだろう、その気持ちが自分にはよく解る。
告げられた想いの事実への安堵と、友達を解ってあげられること。どちらも嬉しくて周太は微笑んだ。

「ん、…告白してもらって、気がつけること、あるね…目が覚めたみたいにね、感じて…」
「湯原くんも、そうだったの?」
「ん、そう。俺ね、英二に言って貰うまで、よく解っていなかったんだ…自分の気持ちなのに」

あの卒業式の夜、英二はすべてを懸けて告白してくれた。
その真摯な想いと響き合うよう、自分の心に英二への想いが起きあがって、幸せと切ない想いが微笑んだ。
あの瞬間から「今」の全てが始まった。懐かしさに微笑んだ周太の耳に、寂しさを隠す声が届いた。

「うん…宮田くんに言われて、気づいたのね、うれしかった、でしょ?」
「あ、…ん、」

周太の場合は告白してくれた人が自分の想いの相手だった。
けれど美代は別の人に告白されて「好きなひと」の存在に気がついている。
自分と美代だとすこしケースが違う、その違いが切ない。
それでも今すこしでも美代に笑ってほしくて、周太は口を開いた。

「ね、美代さん?好きなひといる、って気づいてね、なんか嬉しかったでしょ?」
「うん、嬉しかった。初めてなの、こういう感じ…自分もね、恋する気持ちが持てるんだって、うれしかった」

うれしそうな声が答えてくれる。
恋をする気持ちが持てた、そう想えたときは嬉しい。自分もそうだった。
14年前、光一を好きになった時は嬉しくて、その日の夜に母にたくさん話した。
あのとき母は「離れる練習が出来そうね?」と笑顔で励まして、光一に貰ったのと同じアーモンドチョコレートを買ってくれた。
そして5ヶ月前、英二を好きだと自覚して英二と生きることを選んだときも、母に話して励まされて嬉しかった。

…あ、結局いつも、お母さんに話してばかり、だね?

14年前に光一と出逢って初めて両親以外の人を大好きになった、あのとき少し大人になれたつもりだった。
けれど14年経った23歳の今も母に話しては励まされている、9歳の自分と行動パターンがあまり変わっていない。
ひとりっこの甘えんぼう、こんな自分は結局のところ母離れが全く出来ていない。
なんだか気恥ずかしい想いに微笑みながら、周太は美代に答えた。

「ん、嬉しいね?…気づいたきっかけがね、自分が好きな人でも他の人でもね、嬉しいのは、どっちも大切だと想うよ?」
「うん、そうだね?大切だね。でもね、…でもね、…湯原くん、…」

ふっと哀しそうな声になって美代は黙ってしまった。
いったいどうしたのだろう?不思議に思いながら言葉を周太は待った。
けれど美代はずっと黙りこんでいる。
こんなことは今までになかった、すこし驚いて周太はそっと声を掛けた。

「…美代さん、どうしたの?」
「うん、…」

ちいさく頷くような返事が聞こえて、また美代は沈黙に沈んでしまった。
なにか途惑っている哀しみに言葉を困っている、そんな沈黙は物言いたげでいる。
伝えたい想いがある、けれど言葉が解からない。そんな哀しみが繋いだ電話の向こうに途惑っている。
この途惑いの原因は何だろう?考える周太に微かな気配が届いた。

「…っ、…」

微かな涙の気配。
どうして美代は泣くのだろう?想った途端ふっと周太は気がついた。

…もしかして、美代さんが好きなのは…英二、なの?

光一と英二はよく似ている、背格好もだけれど考え方も似通っている。
そんな光一は幼馴染の美代を独り占めしてきたらしい、英二が周太を独り占めしていたように。
なぜ光一は恋愛対象では無いのに美代を独占したのか?その理由は周太には解るなと思う。

…光一はね、美代さんを家族の一人だと思っている、だから一緒にいたい、ね?

このことに周太は、毎日の電話で光一の話を聴くようになって気がついた。
突然に両親を2人とも亡くした光一は、これ以上は家族を失いたくないと願うだろう。周太が母を失いたくないように。
だから光一は美代に他の男を近づけないでいた、そんな光一と美代を周囲が恋人同士と思っても無理はない。
しかも美代は光一と高校までずっと一緒で、その後も地元のJAに勤めている。
地元のJAだから農家に生まれた美代にとって知人が多いらしい、それは農家の長男である光一の知人が多いことになる。
きっと職場の大半の人たちも二人は恋人同士と思っているだろう。

そんなふうに周囲が「光一と美代は恋人同士」とずっと扱ってきた。
だから美代が恋愛感情は無いのに光一を恋人のように思いこんでも無理は無いだろう。
きっと光一のことだから本当に恋人として扱ったことは無い、それでも美代が周囲の空気に恋人と思ってしまっても仕方ない。
こんな状況の美代だから、光一以外の男性と接点が少なかったのも無理はないだろう。

そんな美代が「好きなひと」と認識するほど親しく話した男性は誰だろう?
光一以外で美代が話すのは周太がいちばん多いだろう、けれど美代と周太はお互いに良い友達だと想っている。
あとは光一が河原で呑む時いつも誘う同期の藤岡か、英二の2人しかいない。
もし藤岡が相手なら美代は周太に楽しそうに話してくれるだろう。
けれど今、美代は途惑ったまま、隠すように泣いている。

なんでも話してくれる美代が、周太に言い淀んでいる。
あの冬富士の雪崩で光一を心配した美代は、無事な姿に安堵した涙を周太には素直に見せていた。
そんな美代が周太に隠すように泣いて、けれど電話も切れないでいる。

…きっと美代さん、俺に嫌われたら、って不安で…でも、黙っているのは、嘘つくようで嫌で…

すぐに美代が周太に会いたかった理由。
それは英二への想いを自覚したことを、周太に正直に話したかったから。
実直で正直な性質の美代だから、正直な想いを友達でもある周太に隠すことも難しい。
きっと美代はいま心から苦しんでいるだろう、周太が光一への想いに苦しんでいたように。
もしかしたら周太以上に苦しんでいる、実直で純粋な美代にはきっと友達の恋人への想いは苦しすぎる。
自分も美代に抱いていた罪悪感があるから、気持ちがよく解る。そっと周太は口を開いた。

「ね、美代さん、教えて?…英二のね、どこを好き、かな?」
「…うん、…きっと、真面目なところがね、好き…やっぱり、解っちゃうね、湯原くんには…」

涙を呑む声が穏やかに応えてくれる。
すこし吐息をこぼす気配がして、それでも美代は言ってくれた。

「あの、ね?…クリスマスイブの時にね、みんなで、藤岡くんと光ちゃんと…宮田くんと。
河原でね、いつもみたいに焚火して、ご飯食べた…そのときにね、宮田くんが、約束してくれたの。
俺は国村の生涯のアンザイレンパートナーだから約束する、あいつを必ず支えて守ってみせる。
どんな最高峰に立った時でもザイルで繋いで守るよ。そして世界一に愉快なことを、あいつに一生させるよ。
そんなふうにね、私に約束してくれたの…嬉しかった、そんなふうにね、私に約束してくれた人は、初めてだったから…」

ぽとん、涙がこぼれる気配が電話をはさんで揺れていく。
この涙の気配は美代の涙、そして周太の涙だった。
電話に繋いで一緒に零れる涙をしずかに指で拭うと、周太は微笑んで頷いた。

「ん、英二はね、絶対に約束はね、守ってくれるよ?」
「うん…だって、ね?富士山でも…ほんとうは雪崩に、ふたりは遭ったんでしょ?…
たぶん光ちゃん、それで怪我したんでしょ?…だって、カラオケ屋で会った時、ちょっと左肩が痛そうだった…言わないけど」

ほんとうは美代はすべて見抜いて気がついていた。
けれど光一の誇りをきっと美代は理解しているのだろう、だから言わないでいる。
こんなふうに賢明な美代が周太は好きだった、この大好きな友達の想いを今は聴いてあげたい。
しずかに周太は美代の声を聴いていた。

「それでね、気がついたの。宮田くんが、光ちゃんのこと、救けてくれたって…
あの光ちゃんが怪我をする、きっと本当に危険なことだった、でしょ?…それでも宮田くんはね、約束、守ってくれた。
宮田くん、本当に光ちゃんを無事に連れて帰って来てくれた…だから嬉しくて…約束守ってくれて、嬉しくて、それで…きっと」

ふっと沈黙がおりて涙の気配が強くなる。
しずかに周太の頬にも涙が流れていく、その涙がどこまでも温かい。
温かな涙のなかで周太は心から、美代の想いが嬉しくて、温かくて微笑んだ。

…ね、英二?英二の心を見つめて、恋した人がね…俺の他にも、いてくれるよ?

ずっと外見ばかりを英二は求められてきた。
美しい外見を求められるまま英二は体を繋いで、置き去りにされる心の痛みに泣いていた。
そんな英二のことを美代は、ただ真直ぐ英二の誠実な心を見つめて恋してくれている。
美代との約束を命懸けで守った英二の、強靭で誠実な心に、美代は初めての恋を捧げてくれた。

…ありがとう、美代さん…英二の心を、真直ぐに恋してくれて

自分が愛する大切な英二の心、それをこんなふうに想ってもらえた。
そのことが心から嬉しい、そしてこんな純粋な初恋を捧げてくれた美代がもっと好きだと想えた。
これは英二にとって本当に幸せなこと。英二が今の自身の生き方を肯定できる、嬉しいこと。
そして自分にとっても英二が素直に生きる「今」を肯定されたことが嬉しい。
心からの感謝をこめて周太は想いを声にした。

「ね、美代さん…英二はね、素敵だよ?きっと…美代さんの初恋にね、相応しいひと、だよ?」

ほんとうに心からそう想う、率直な想いに周太は微笑んだ。
肩の力を抜くような呼吸が電話の向こうで聞こえて、遠慮がちな哀しい声が聞こえた。

「ごめんなさい…わかってるのに…宮田くんはね、湯原くんだけ…なのに、…」
「ん、…」

英二は周太だけ。そのことは自分がいちばんよく知っている。
誰にでも平等に英二はやさしい、けれど英二が心から愛するのは周太しかいない。
それが解るから周太も、あの卒業式の夜に英二の想いを受入れてしまった。
あと他に英二が愛しているのは周太の母だろう。自分たち母子だけを英二は見つめている、周太の父の想いを抱くように。

けれど今の自分はこうも想う、きっと、人は愛することは割り算じゃない。
いま自分自身が英二と光一の2人を、それぞれに愛しているからこそ心から解かる。
もし出逢ったなら愛情に限りなど無いかもしれない、その形はきっとすこしずつ違うけれど。
そして、大切にしたい愛情を同時に2つ抱くことは難しい、自分も泣いてばかりいる。

けれど英二は自分よりずっと賢明で、大きな心を持っている。
大きな心の英二だから全てを懸けて周太を愛せる、その為には心の成長も早く出来る。
あの雪崩の後に光一に諌められ、英二は独善的な愛情から大らかな無償の愛へとたった1ヶ月で成長させた。
そういう大きな心と賢明さを持っている英二なら、美代の想いも受けとめる方法が解かるのかもしれない。

…でも、きっと。自分はね、英二が他の人を見たら…いっぱい嫉妬する、きっと

泣き虫で本当は寂しがり屋の自分は、英二が他の人を見たら確実に拗ねるだろう。
けれど美代には幸せに笑っていてほしい。初めて出来た大切な友達の美代、その初恋に幸せな笑顔を贈ってあげたい。
こんなに大切な美代を哀しませるかもしれない、そう思いながら自分は光一に恋してきた。
その罪悪感に自分は泣いてきた、それに比べたら拗ねて泣く涙の方がずっと幸せだ。
だから泣いても構わない、この友達の初恋を少しでも幸せにしてあげたい。

美代が英二に抱いた初恋は「結婚」は出来ない、それを自分が一番知っている。
もう英二は自分と婚約してしまった、この婚約を英二が覆すことは絶対にないだろう。
英二は思ったことしか言わない出来ない、だから婚約も生半可な覚悟でしたわけじゃない。
生涯かけて周太の隣を居場所と決めて、最高峰からも必ず帰って周太を守って生きていく、それが英二の幸せになっている。
もし周太が本気で婚約を破棄したいと言ったら英二は頷くだろう、けれど英二は周太を守ることは止めない。
そんな英二の頑固なまでの実直さは自分が一番知っている、そんな英二だからこそ母は息子の自分を英二に託してくれた。

きっと英二は美代を選んでしまうことはしない。
それでも美代の初恋を英二なら大切にしてくれる、結婚は出来なくても幸せを贈ることが出来る。
すぐには英二にも解らないかもしれない、けれど英二の心を真直ぐ恋してくれた美代の想いを、きっと英二なら大切に出来る。
そういう英二だから自分もこんなに想ってしまう、愛している。
そして本当は、わがままな一人っ子の自分だから独り占めしたい想いもいっぱいある。

…英二が大好き…今すぐだって逢いたい。でも、今、自分が言うべきことは…

瞳の奥に昇ってくる熱を周太はしずかに心へ呑みこんだ。
どうか幸せな時間を友達に贈る、そのための勇気を今ください。
ちいさな祈りに周太は目を瞑った。瞑る瞳のなかに父の笑顔を見つめながら周太は微笑んだ。

「あのね、美代さん?明日はね、英二は休みなんだ…だから、映画に誘ってみたら?」
「ありがとう、でも…友達なだけなら、うん、って言えるけど、ね?…ちょっと、もう、言えないよ?」

ちいさな驚きと微かな涙を隠した声が、瞑った瞳の向こうに聴こえてくる。
やっぱり美代は率直に遠慮をしてくれる、こんな美代はやっぱり大好きな友達だと想える。
大好きな友達の声を聴きながら周太は、英二が贈ってくれた言葉を見つめた。

―…周太にはね、恋愛すらも望むまま自由に生きてほしいんだ
 だから周太?たとえもし周太が他のひとを愛してもね、俺は受け入れたい
 それがたとえ自分の帰る場所を失うのであっても構わないんだ、もう俺には『山』があるから
 そしてね、周太が他のひとを見つめてもね、俺が周太を愛することは変わらない

英二は無償の愛を周太に贈って、自由に生きろと笑ってくれた。
ほんとうは自分こそが英二に無償の愛を贈ろうと思っていた、だから今ここで自分も英二に贈ってあげたい。
ほんとうは寂しがりで泣き虫わがままな自分、けれど絶対の約束で愛してくれる英二に少しでも多く幸せを贈りたい。
そして大切な友達の初恋に、すこしでも幸せな時間を贈って大切にしてあげたい。

…ね、お父さん。お父さんのね『笑顔を守る誇り』をね、俺に、継がせて?

父は自分の尊厳を奪われても「笑顔を守る誇り」に潔く微笑んで生きた。
そんな父に自分は守られて、ふるような幸福のなか育てられ愛されて幸せだった。
あの父の想いと愛情に報いていくには、こんどは自分が父の誇りを継いでいくこと。
自分はあの父の息子、だから今、ここで出来るはず。
お父さん、どうか見ていてね?きれいに周太は笑って告げた。

「自分で言うの恥ずかしいけど…英二は俺を愛してくれてる。でもね、美代さん?
英二は心の大きなひとだから、きっと美代さんの気持ちもね、受けとめてくれるよ。きっと英二は喜んでくれる。
きっと英二はね『ありがとう』って言ってくれるよ…だからね、美代さん。明日はね、英二と映画に行って、楽しんできて?」

言い終えて、そっと周太は息を吐いた。
こんな自分でも言えた、そう想った途端に涙がひとつこぼれて頬を伝っていく。
瞑ったままの瞳に映る父の笑顔に、そっと周太は微笑んだ。

…お父さん、俺でも言えたよ?でも…ほんとうは、…ほんとうはね、英二に逢いたいのは、俺なんだ…

大切なふたりの為に考えて想いを伝えられた、それが嬉しくて、でも本当は寂しくて。
やっぱりまだ自分は11歳にもならない子供で、英二に甘えたい気持ちに寂しくなってしまう。
こんな自分は自身を支えるのが精一杯なほど弱くて泣き虫で、だから守ってくれる英二と光一を愛してしまう。
こんな自分だから女の人と結婚して守るような生き方は到底出来ない、それを母も理解している。

それでも今は、自分は強くなりたい。
美代の想いと真実を守るために、自分は強く立って笑顔でいたい。
こんな泣き虫でも自分だって男。だから女の子は守りたい、それも大切な友達なら尚更に守りたい。

…お父さん、いま、弱虫の俺に力を貸して?大切な友達なんだ、だから…

こみあげる寂しさと涙を諌めながら周太は、瞑った瞳うつる父の笑顔に勇気を祈った。



(to be continued)

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