萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第35話 閃光act.5―another,side story「陽はまた昇る」

2012-03-05 23:49:00 | 陽はまた昇るanother,side story
逸らさずに、聲




第35話 閃光act.5―another,side story「陽はまた昇る」


新宿の夜が明け始めた。
ビルの谷間からあわい朱に輝く光がひとすじ、すっと交番表に射し込んでくる。
デスクにまで伸びた光に瞳を細めると、周太は整理をしていた書類から顔をあげた。
入口から見える朝陽の気配がまばゆい。きれいだなと見ながら周太はそっと息を吐いた。

…昨夜は、英二の声、聴けなかった…ね、

美代との電話が終わったのは休憩時間が終わる時だった。
そのあと道案内や拾得物、喧嘩の仲裁などが立て込んで忙しいまま時が過ぎた。
昨日は金曜日だった、それで週末前の新宿らしい「不夜城」となって繁華でせわしない夜だった。
そして次に休憩に入れたのは午前1時を回ってしまった、だから英二とも光一とも電話できなかった。
それでも昨夜は、美代の話を聴いてあげられたから良かった。

…美代さん、昨夜もし話せなかったら、きっと昨夜は一人で泣いていた、よね?

昨日、美代は職場で告白をされた。
それが切っ掛けで美代は2つの感情に気がついた。
ひとつめは光一と美代の間にある感情が「家族」ではないかということ。
そして、ふたつめに気づいたのは「英二への淡い恋」だった。

―…初めてなの、こういう感じ…きっと、真面目なところがね、好き…
 本当に危険なことだった…それでも宮田くんはね、約束、守ってくれた…だから嬉しくて…約束守ってくれて、嬉しくて

美代の想いを聴いて周太は、英二のために嬉しかった。
美代は真直ぐに英二の実直な心を見つめて好きになってくれた、そのことが周太は嬉しかった。
もちろん寂しい想いは大きい、出逢って想い交してからの英二はずっと周太だけが独占してきたから。
それでも、美代の初めての恋を幸せにしてあげたい、素直にそう想えた。

―…ごめんなさい…わかってるのに…宮田くんはね、湯原くんだけ…なのに、…

美代は、叶わない初恋の予感と周太への友情に挟みこまれて泣いていた。
美代が言う通り英二は周太しか見ていない、それを自分が一番知っている。
それでも美代のように率直に心を見つめて恋してくれた相手なら、きっと英二は大切にするだろう。
だから周太は思い切って、美代に英二を映画に誘うよう勧めた、けれど美代は遠慮がちだった。

「でもね…まだね、本当に恋なのかも、自分でも解らないの。好き、たぶん恋…でも、光ちゃんの時みたいに勘違いかな、とか」

まだ美代自身が本当に恋なのか解らない、そんな途惑いを素直に話してくれた。
それなら尚更に心の整理をつけた方が良いのかな?そう想って周太は珍しく押してみた。

「ん、俺もね?よく考えるよ、そういうこと…でも、だったら会って、確かめるのも、いいと想うけど…」
「ありがとう、でも、ね?…確かめるためにね、湯原くんを寂しい想いさせるのは、私は嫌よ?」

ずばり本音を美代に言われて周太はどきりとした。
こんな恋愛話自体が不慣れで、余計に途惑ってしまう。けれど、もう隠すことも嫌だなと想う。
美代は正直に英二への想いを話してくれた、だから自分も素直に話したい。
そっと笑って周太は想うままを口にした。

「ん、…きっとね、寂しくはなるよ?でも、美代さんの笑顔がね、俺には大切なんだ。
それに英二にも嬉しいって笑ってほしいんだ…自分の心を好き、って言って貰えたら嬉しいから。そうでしょ、美代さん?」

「うん、そう、だけど…でも、」

なんとか妥協してくれそうな空気になったかな?
瞑った瞳にうつる父の笑顔に微笑んで、周太は電話の向こうへと笑いかけた。

「だからね、美代さん?明日は英二と会ってきて?それでね、ちゃんと確かめて来て?
国村への気持ちも、英二への気持ちも。きっと英二だったらね、両方とも正しい答えをくれると想うから」

ほっ、とため息が電話の向こうで零れ落ちた。
ゆっくり考え込むような空気がながれて、そしてようやく美代は頷いてくれた。

「うん、わかった…誘ってみるね?でも、断られるかもしれないけど…誘ってみる、ね?」
「ん、誘ってあげて?…明日はね、午後は予定無いはずだから、」
「うん、」

やっと、美代がすこし微笑んでくれる気配がして周太も微笑んだ。
たしか英二は午前中だけ後藤との訓練がある、そして昼に光一と自主トレーニングした後は予定が無い。
明日は土曜日だから吉村医師も休診になっている、だから英二の午後は自由のはずだった。

…だから、ほんとうは…逢えるかな?って英二から訊いてくれて…俺も非番だけど、でも、講習があるから

周太は警視庁の手話講習をずっと受けている。
同期の瀬尾と、新宿署でも一緒の深堀が誘ってくれて始めてみた。
この新宿は色んな人が集まってくる、それで周太も一度だけ聾唖の大学生に道案内を依頼された。
そのときは筆談で済ませたけれど、手話が出来たらもっと彼を安心させてあげられたかもしれない。
そう考えて周太も手話を習うことにした、だから講習会はいつも楽しみでいる。
けれど、

…けれど、英二に逢いたかった、な

光一との初恋も大切、それでも英二に逢いたくて仕方ない。
昨日すこし術科センターで逢えたのも嬉しかった、でもそのせいか余計に逢いたくなってしまった。
だから本当は、今日を誘える美代が羨ましいなと思いながら昨夜は話していた。
そうしたら美代はまた率直に言ってくれた。

「うん、宮田くん誘ってみるね。で、ね?湯原くんに提案があります、」
「ん、なにかな…?」

美代の提案だったら聴いてあげたいな?
そう思いながら相槌を打った周太に、美代は提案してくれた。

「あのね、きっと映画が終わったらお茶するでしょ?その頃には湯原くん、新宿に戻ってくるよね?
だからね、湯原くん新宿に戻ってきたら、宮田くんにメールして?それでね、お茶とご飯、一緒してほしいの。どうかな?」

「え、…でも、あの、せっかくのデートでしょ?…」

美代の提案に途惑いながら答えて、周太はすこし哀しくなった。
いま自分で言った「デート」という単語に、自分で傷ついてしまった。
ふたりきりで時間を過ごして心を重ねる「デート」を英二が他の人とする、そう気がついて落ち込んだ。
光一とは英二はいつも一緒で山に登ったり酒を呑んだりしているけれど、それとデートはだいぶ意味が違う。
いつも光一と英二が一緒なのは本当に良い友達同士でパートナーだから。

けれど、気がつけば英二は、警察学校時代から外泊日も周太しか誘わなかった。
周太が山岳訓練の怪我で外出できなかった時は英二も一緒に残って世話をしてくれた。
ほんとうに自分が英二を独り占めしていたんだな?そう気がついて周太は何だか嬉しかった。
けれど同時に、英二が初めて他の人とデートする事態に気がついて落ちこんでしまった。
自分で言いだして半ば強引に美代に勧めたくせに?自分で自分の矛盾にしょんぼりしていると、美代が笑ってくれた。

「ね、私、ほんとうは湯原くんに会いたかったのよ?
宮田くんとお話しできるのも嬉しいけど、でもね?私、湯原くんとお喋りしたいの。だから、一緒してほしいの、だめかな?」

「ん、ありがとう。俺もね、美代さんに会いたいよ?でも…、」

美代にも会いたい、こんな話の後だから尚更、会って笑いあえたら楽だろう。
でも、英二と美代が二人でいる所に邪魔をしに行くようで、なんだか気後れしてしまう。
でも、ほんとうは英二に逢いたい、でもどうしよう?
そんなふうに落ち込んだり迷ったりしている周太に、美代が率直に言ってくれた。

「あのね、さっき言ってくれたでしょう?私の笑顔が大切って、宮田くんにも嬉しいって笑ってほしいって。
それはね、私も同じよ?私もね、湯原くんの笑顔が大切でね、だから笑っている湯原くんに会いたいのよ?
そしてね、大好きな湯原くんに逢えて、幸せに笑ってくれる宮田くんのね、きれいな笑顔を私だって見たいの。ほんとよ?」

やっぱりこの友達が大好き。
うれしくて幸せで周太は微笑んで「メールするね?」と頷いてしまった。
だから今日もし美代と英二がデートで新宿に来るなら、英二とも逢えることになる。
けれど英二と美代がどうするのか周太はまだ知らない。

昨夜、美代との電話を切ると21時半だった。
もう休憩時間が終わる時だったから急いで業務に戻ると、金曜夜らしい煩雑に追われて夜中になった。
たぶん美代はあの後にメールしたから、英二は返信を今朝になってするかもしれない。
昨夜は英二は光一の実家に泊まりに行っている、きっとふたりで夜遅くまで呑んで楽しんだろう。
それでも、ふたり其々メールを送ってくれた。それを深夜の休憩時間に読んで嬉しかった。

もうじき交替で休憩時間に入るから、またメールを読みたいな。
そう考えながら左手首のクライマーウォッチを見ると5:45と表示されている。
あと15分で交替の時間になるだろう。

このクライマーウォッチは英二が大切に使っていたものだった。
こうして時間を見るたびに英二を想い出して、そして英二が自分の為に積んでくれた時と努力を想ってしまう。
この時計が見つめた英二の時間の全てが「周太を守る」と決意して努力して山ヤの警察官として立っていく大切な時だった。
そして、このクライマーウォッチは、あの卒業式の夜も英二の左手首に嵌められていた。

…あの夜に、英二が告白してくれて…それで「今」を始めることが出来た、ね?

あの卒業式の夜、英二がすべてを懸けて告白してくれた。
いま想えば、あの時はまだ英二は周太の気持ちを全く知らなかった。
それでも英二は周太を守ることを考えた進路を選んで青梅署への卒業配置を決めていた。
あの夜もし周太に想いを受入れられなかったとしても、英二は周太を援ける意志を持っていたということ。
そして今更ながら気がつかされる、英二はあのとき既に「無償の愛」を周太に与えてくれていた。

いま、英二に逢いたい。
逢って謝りたい、英二の愛情をきちんと見ていなかった自分が恥ずかしい。
確かに以前の英二は独占欲が強かった、束縛することが愛情のように想っている所が多かった。
けれど英二はあの夜、すべて捨てても周太に告白してくれた。そのことを自分はきちんと解っていなかった。

…逢いたい、英二…

大会の前と後と、ひと時を逢うことが出来た。
大会の前には抱きしめて励ましてくれた、温もりをくれた、嬉しかった。
いま光一を想っている周太だと解っていても、前以上の愛情で抱きとめてくれる。そんな英二が尚更好きになった。
そして、ほんとうは心の底で想っていた。

このまま、浚ってほしい

もう全てから英二に浚ってほしい、英二とふたり遠くへ行ってしまいたい。
そんな本音が心の深く泣きだしそうだった、叫びそうだった。
理屈なんて解らない、けれど傍に居たかった。
体を繋ぐことすら今は出来ないでいる、そんな自分のくせに英二の傍から離れたくない。
甦った初恋に光一が大好きで離れられない自分、なのに英二に浚ってほしかった。

きっと英二なら、あのとき周太が心から願えば浚って遠くへ行ってくれた。
けれどそれをすることは、英二が築きあげた「今」を全て捨てさせることになる。

まだ卒配期間の今、けれど英二は既に署内でも山岳救助隊でも信頼とポジションを得て、最高峰踏破の夢まで掴んだ。
その全てを捨てさせることなんて出来ない、自分には絶対に出来ない。
もう自分は英二に一度、全てを捨てさせてしまった、だから二度はもう出来ない。
なにより自分が一番に知っている、英二が「今」山岳レスキューの世界にどれだけ輝いているか。
そしてこの先にある最高峰の踏破に英二がさらに輝いて、今以上の幸せな笑顔を見せてくれると知っている。
その姿を誰よりも自分が一番に願っていたい、そのため自分はクライマーウォッチを英二に贈ったのだから。
このクライマーウォッチに籠る英二の大切な時間の記憶と交換に。

あの卒業式の夜、英二が想いを告げてくれた。
このクライマーウォッチを左手首から外して、そして周太を抱きしめてくれた。
あの瞬間に英二は生涯を周太に懸けると決めてくれた、そして普通の幸せも自分の家もすべて捨ててしまった。
あの瞬間の全てもこの腕時計が見つめていた、そんな想いが今は胸に迫り上げそうになる。
いま逢いたい、いま、あの夜の瞬間にいた自分が羨ましい。そんな想いが素直にこみあげてしまう。

…英二、今日、美代さんとデートするのかな…

ふたりは、どうするのだろう?
楽しい時間を過ごしてほしい、美代に心の整理もつけさせてあげたい。そして美代の初恋に幸せな記憶を作ってほしい。
そんな素直な想いがある、けれど英二が他の人と「デート」してしまうことに傷つきそうになる。
どうして自分はこんなに思い切りが悪くて弱いのだろう?
いま自分は制服姿で警察官、なのに素に戻って泣き出しそう。
こんな自分の弱さにどうしていいか解らない。

…明日は、週休…家に帰ろうかな、

こんな想いを母に話してしまいたい、そしてアドバイスが欲しい。
そう思いかけて、また母に甘えてしまう自分に気がついて周太は小さく微笑んだ。
あの14年前の雪の森の日に、母と約束をした「離れる練習」は未だにきちんと出来ていない。

…やっぱり、もうすこし頑張ってみないと、ね?

もうすこし自分だけで心を整理しよう。
でも明日は何をしよう、どこで何をしながらなら考えられるだろう?
そんなことを考えながら書類整理を終えると6時になって、先輩の柏木が交替で2階から降りて来てくれた。

「お待たせ、湯原。ゆっくり休んできて下さい、30分より長くてもいいよ?大会の後で、疲れているのだし」

いつも細やかな柏木は今日も気遣ってくれる。
この先輩はいつも、巡回で疲れた雰囲気の人間を見つけると交番に連れて来て茶を出す。
そして話を聴いてやっては疲れを少しでも除いて、それから送り出している。
そんなふうに見ず知らずの人間でも声を掛けられる優しい柏木は、よく周太にも気を配ってくれる。
今朝も優しい柏木の言葉に周太は素直に頷いた。

「はい、ありがとうございます。休ませて頂きますね、」
「ほんとうに無理しないで、休んでくださいね?土曜の朝だから、たぶん人も少ないし」

そう言って柏木は周太を2階へと送りだしてくれた。
休憩室へあがると上着を脱いで、鞄からパンの袋とペットボトルを出すと壁に凭れて座りこんだ。
昨夜は忙しくて夕食のパンを食べそびれてしまった。周太は袋からクロワッサンを出すと口に運んだ。
さくり生地がくずれて芳ばしい香がおいしい、そしてこの味が英二を想い出させて今は切ない。
このパン屋は卒配先へ立つ朝に英二が、朝食まだなんだと笑ってクロワッサンを買った店だった。
あの朝に周太と英二は一緒に生きることを決めて、そしてあの公園のベンチでキスをした。

…あの時のキスが、ね、…このクロワッサンの香で…

あのベンチで周太は、ふたりで生きる道を母が認めたことを英二に告げた。
あのときも自分は泣きながら話をした、その涙を英二はキスで拭ってくれた。
そして周太の瞳を見つめて願ってくれた。

「俺の隣に居て欲しい。湯原の隣に俺は居たい」

あのとき淡い黄色と緑の翳で、きれいな切長い目が笑ってくれた。
風が梢を揺らして木々の葉が舞いふるベンチで、静かに英二は肩を抱きしめてくれた。
ぱさりと軽い音をたてて膝から落ちた本は『Le Fantome de l'Opera』だった。
大好きな低い声で「周太、」と名前呼んで、長い指の掌が頬を包んでくれた。
おろした前髪に長い指を絡ませながら頬を寄せて、きれいな切長い目で瞳を覗きこんで。
そして、やさしい熱いキスをくれた。

…あのキスが、このクロワッサンの香だった、だから…いつも、買ってしまう

この香も熱も幸せだった、あのときのキス。
この香のキスにふれた感触に「あの夜」が夢では無かったと確かめていた。
ああ全部やっぱり現実だったんだと、怯えと痛みに裂かれても幸せだった夜の記憶を想っていた。
一夜の記憶が変えた自分に途惑って、これから自分はどうなってしまうのだろうと思った。
そして始まった英二の隣で生きる日々は、哀しみも苦しみも、いつも最後は笑顔に英二が変えてくれた。
たくさんの約束と願いを叶えて微笑んで、いつも英二は隣にいてくれた。

…逢いたい、…英二、

いま口のなかに香るのは、あのベンチでの誓いのキス。
そして心が叫び始めている、あのとき想った「夜の記憶」が心に甦っていく。
あの卒業式の夜の記憶。
英二に抱きとられていく初めての瞬間。
怯えと恐怖、逃げたい、そして体を裂かれる痛みに芯から貫かれた。
あのとき自分は何も知らなかった、大人の恋愛は体を繋げるのだと初めての瞬間に教えられた。
打ち寄せる痛みに涙が止まらなかった、それでも止めて欲しくなかった、求められて嬉しかった。
重なる肌が温かで、ふれる吐息が甘くて、あまやかで透明な感覚が幸せだった。
そして心から、英二と共に生きていきたいと願っていた。

…英二、…逢いたい、

逢いたい、今すぐにでも。
だって今の自分は羨ましくて仕方ない。
あの初めての夜にいた、あの瞬間の自分が羨ましくて仕方ない。
あんなに怖くて痛かった、それなのに今の自分は羨ましくて仕方ない。
羨ましくて羨ましくて、そして哀しい。

…とりもどしたい、

あの夜の時間を、あの瞬間を、取り戻したい。
そんな願いと想いが瞳の奥に昇って、ぽつんと涙がひとしずく零れた。
いま自分は光一の初恋を想っている、それでも英二との時間を取り戻したい。
いま口の中に香るベンチでのキスの記憶に、いま心を堰き止められない。
いま初恋が大切で光一のことが大好きで、愛し始めている。この想いに偽りは欠片も無い。
それなのに自分は、やっぱり英二に抱きしめられていたい。

…逢いたい、

ぽつんと涙がまたこぼれ落ちてパンの紙袋に染みこんでいく。
しみこんでいく涙を見つめながら周太は、きれいに紙袋を畳んだ。
畳み終わると、ココアのペットボトルを開いて、ひとくち飲んでほっと息ついた。
まだクロワッサンの香が吐息に残っている、そんな残り香すら切なくて痛い。
美代と英二は、今日、デートするのだろうか?
この命題にクロワッサンの香が切なく、痛い。
なぜ今こんなに痛いのだろう?

…ほんとうは、ほんとうは…英二をすこしも、とられたくないって…想ってる、から

こんな本音の、ひとりっこで泣き虫でわがままで、弱い自分。
それでも美代の為に自分は強くありたい、だから今日の約束を美代に勧めた。
だから美代と英二が会うことを選んだなら、微笑んで頷きたい。
さあ今、自分が求めることは何だろう?自分はどうしたい?
そっと携帯を開くと着信履歴から周太は電話を繋げた。

「おはよう、周太」

コール0、それで大好きな低い声に繋がれた。
これは偶然?それとも自分と英二の運命を信じていい証拠?
きれいな低い声がうれしくて微笑んで、周太は朝の挨拶をした。

「ん…おはよう、英二。起きていたの?」
「うん、さっき起きて、美代さんへメールしたとこ」
「ん、…ごめんね?俺、勝手に英二の予定を話して…」

つきん、なにか心を刺されて痛くなる。
きっと今から英二は今日の予定をどうするのかを話すだろう。
ちいさく息を呑んで覚悟を固めた周太に、笑って英二は答えた。

「大丈夫だよ、周太。美代さんなら、別に構わないよ?午前中は俺、訓練があるから無理だけど、午後なら空けられるから」

行くことにしたんだ。
ちいさな驚きと一緒にやっぱりという声が心に谺する。
そして心を刺す痛みが深くなって吐息こぼされて、思わず周太は口を開いた。

「あ…、行くことにしたの、英二?」
「うん、美代さん映画、楽しみにしてたみたいだし。ダメだったかな、周太?」

本音を言われて、また心が刺されていたい。
こんな気を遣わせる為に自分は、美代にデートを勧めたわけじゃないのに?
こんな本音と自分の意志との間を裂いているギャップと矛盾が哀しい、それでも周太は口を開いた。

「ん…ううん、俺がね、誘ってもらったのに行けなくて。それで、今日は英二は訓練が午前だけって聴いていたから…」

なんとか言葉を押し出して、ほっと息ついて周太はちいさく微笑んだ。
ほら、やっぱり自分は拗ね始めている。
大好きな友達の美代の初恋を守りたいのは勿論、本音。
それでも自分は拗ねてしまう、きっと今にまた泣くのだろう。けれど罪悪感の涙よりずっといい。
すこしだけ自分も前向きに大きくなれるかな?そんな想いに微笑んだ周太に英二は言ってくれた。

「ね、周太?すこしはね、妬いてくれているの?」

やっぱり英二には解ってしまう。
こんなふうに拗ねても解ってもらえることが嬉しくて仕方ない。
ほっとちいさく吐息をついて、拗ねた気恥ずかしさのまま周太は答えた。

「ん、嫉妬しちゃった…自分で言ったのに、わがままだよね?」
「周太、嫉妬してくれるんだね、うれしいよ?俺のこと、まだ少しでも好きでいてくれるんだな、って想える」

少し、なんかじゃない。
いま話していてもクロワッサンの香が少し残っている。
この香の記憶にある時間をいま、取り戻したくて仕方ないのに?
きっとこの「取り戻したい」わがままは、美代から告げられた想いが引金になって気づかされている。
こんな嫉妬深い自分が恥ずかしい、光一を想いながらも妬いて拗ねている自分が浅ましくも想えてしまう。
けれどもう残り香の記憶に心も堰き止められなくて、周太は素直な想いを言葉に変えた。

「ん、好きだよ?英二…いま他のひとを好きで、身勝手だけど、でも、ほんとうに…英二をね、愛してるんだ」

愛してる。まだそう言っても許して貰える?
そんな想いと願いの向こう側で、幸せに微笑だ気配が咲いた。

「ありがとう、周太?その言葉をね、聴けただけでも俺は幸せだよ?」

幸せと言ってくれる。こんな身勝手で拗ねてしまう自分を受けとめてくれる?
嬉しいと微笑んだ周太に、英二の言葉の続きが聴こえてきた。

「だから、ね、周太?正直に言ってほしい。
俺は美代さんと映画に行ってもいいの?ほんとうに俺、美代さんとデートしていいのかな?」

そっと吐息が零れて周太は瞳を瞑った。
ほんとうは行かないでと言ってしまいたい、けれど美代の想いも大切にしたい。
そして自分は昨夜もう覚悟している。だからそのまま答えればいい、ひとつ呼吸すると周太は言った。

「ん…ね、お願い、英二。美代さんの話、聴いてあげて?」

言ってしまった。
もうこれで決まるだろう、瞑ったままの瞳に父の笑顔を見つめて周太は自分を支えた。
この父の笑顔が何のためだったか?それを想うなら自分はいま出来るはず。
自分は父の軌跡を辿って想いを見つめると決めた、だから今も『笑顔を守るため』誇りを懸けた父の想いを見つめたい。

「うん、わかった。じゃあ、美代さんのこと、たくさん笑顔にしてくるな?」

これで決まり。
ほっと息を心で吐きながら瞑った瞳の父へと周太は微笑んだ。

「ん、してあげて?だって…きっと、俺の所為だから、」
「違うよ、周太?きっとね、周太の所為じゃない。美代さんにも『時』が来たんだよ、それだけだから」
「ん、…『時』?」
「そう、美代さんね。きっと今、いろんな話を聴いてみたい『時』なんだ。
 だから、周太の所為とかじゃないよ?周太と国村が再会したように『時』が来たんだよ。ただそれだけのことだ、」

きっと美代にも「時」が来た。
本当にその通りだと周太も素直に頷いた、まさに昨日の美代はその「時」を迎えていた。
やっぱり英二には解るんだね?愛するひとの賢明さに微笑んだ周太に、きれいな低い声が言葉を続けてくれた。

「だからね、周太?周太が悪いとかは全くないよ、誰も悪くない。
 それにね、周太。俺はね、周太がいちばん大事だよ?だから嫉妬も嬉しい、わがままも嬉しいんだ。もっと甘えて?」

嫉妬も、わがままも、喜んでくれる。
もっと甘えてと言ってくれる、周太の光一への恋を知りながら。
こんな英二が自分は大好きで、逢いたくて逢いたくて、そして取り戻したい。
いますぐ逢いたいのに。そんな想いのなかで周太は英二に答えた。

「ん、ありがとう、俺もうね、いっぱい甘えてる…ね、英二?ゆうべは国村の家に泊まったんだよね…?いまどこで話しているの?」
「うん、まだ布団の中だよ?」

きれいな低い声が笑って応えてくれる。
そしてテノールの声が透って電話越しに周太に笑いかけてきた。

「おはよう、周太?宮田はね、いま、俺の腕のなかにいるんだよ?」

きれいなテノールの楽しげな声が周太に言った。
その言葉にいくつも周太は驚かされた。

「…え、」

英二のいる所で光一は「周太」と名前で呼んだ。
そして「いま俺の腕のなかにいる」と英二の居場所を言った。

…腕のなか…光一が、英二を、抱きしめている、ってこと?

そして英二は「布団のなか」と言っていた。
布団のなかで、腕のなかに抱きしめている?そんな状況になることって何だろう?
驚いている意識にふっとクロワッサンの香がよぎって、ほっと周太は吐息をこぼした。
自分が取り戻したかった時間を、光一と英二は過ごしている?

…でも、責める資格なんて、ない…だって、自分が悪いんだから…

あの威嚇発砲の後に英二は無理に周太を抱いてしまった。
そんな裏切りが哀しくて怒って傷ついて、周太は英二のことが怖くなってしまった。
そして体で繋がることが怖くなってしまった。
そんな恐怖に負けて自分は、大切な時間を忘れ去っていた。
いまその大切な時間をクロワッサンの香が想い出させてくれた。

けれど、もう、遅かったのかもしれない。

だって英二は光一に抱かれ体を繋いで「あの瞬間」を作ってしまった。
そして英二は今日、美代とデートをして心を重ねる時間を過ごすだろう。
どちらも結局は自分が拗ねていた間に、時と想いは動いてしまった。
こんなに自分はどうして弱くて愚かなのだろう?哀しいまま周太の口から質問がこぼれた。

「…ね、えいじ…英二は、国村と、あの…したかった、の?」
「大好きな宮田が嫌がるのにさ、えっちしたりなんか俺は出来ない。君もそれはよく解っているはずだろ?」

きっぱりと透明なテノールが迷いなく言い切った。
本当に光一が言う通りだろう、自分はよく解っているはずだ。
もとより光一は訊いてくれていた、英二がもし体の繋がりを光一に求めたらどうしたらいいかと。
それに周太は自分自身できちんと答えた、英二と光一とお互いに求め合うならそれでいいと。
それなのに、こんな質問をした自分は本当に未練がましくて愚かだ。
きっと光一も呆れている、英二にも呆れられて当たり前だろう。

…ほんとうに、自分は弱い…でも、いまだけでも、強くなりたい。すこしでも背筋を伸ばしたい

英二も光一も選べず、大人の恋愛も出来ない自分。
そんな自分に呆れて、ふたりがお互いで楽しんでも仕方ない。
それに自分は解っている、たとえ呆れても光一も英二も周太を守ることは変えないでいる。
それだけでも幸せで得難いこと、だから責める資格など自分にはない。
そう解っていても寂しい、でも強くなりたい。そんな想いを飲み下して周太は微笑んだ

「ん、そうだね。ふたりが良いなら、それで良いんだ…ごめんね、邪魔しちゃって…」
「邪魔なんかじゃないよ、周太。君の電話は大歓迎だ」

きれいなテノールの声が明るく笑ってくれる。
光一の明るい率直さが嬉しくて周太は微笑んだ。
周太の微笑にすこし笑ってくれる気配と一緒に、光一は言葉を続けた。

「で、さ?教えてほしいんだけどね、周太」
「ん…なに?」

相槌をうったけれど瞳から涙がひとつ零れてしまった。
ほら、やっぱり拗ねてまた泣いてしまうね?自分の幼さに落ち込みながらも周太は微笑んだ。
こんな自分はまだ心は11歳になっていない、だから仕方ないだろう。
これは「開き直り」それでも認めてしまった方が、きっと少し大きくなれる?
こんな希望に微笑んだ周太に、楽しげに光一は言ってくれた。

「あまえんぼうの俺は、一晩中ずっと宮田の背中に抱きついて眠っただけ、なんだけどさ?
さあ、聴かせてよ、周太?俺と宮田の状況についてね、君は一体どんな想像しちゃったのかな?そこんとこ詳しく教えてよ?」

愉しげにテノールの声が笑っている。
この声のトーンと言葉の内容に、かくんと周太の肩から力が抜けて凭れる壁に全身を預けた。
ただ光一は英二に抱きついていただけ、ふたりは体を繋げたわけじゃなかった?
そんな認識が心をほぐして本音そのまま周太の口が動いた。

「からかったの?…そう、よかっ…あ、」

ふたりが体の関係を結ばなくて、良かった。
そう言おうとしてしまった、そんな未練が哀しく恥ずかしくて途中で周太は言葉を飲んだ。
けれど透明なテノールの声が周太を掴まえて笑ってくれた。

「よかった、そう言おうとしたね、周太?ほら、素直になりなよね、俺と宮田がホントにえっちしちゃったらさ、嫌なくせに」

本音を言って良いんだよ?
そう光一は伝えてくれている、こんな優しさがいつも光一は温かい。
きっと美代から英二へのメールを光一も読んだだろう、きっとデートのことも知っている。
そしてきっと光一のことだから、周太が英二との「体」の繋がりをどう考えているかも気づいている。

―…君は俺にとって永遠に最愛の人だ。たとえ抱くことが出来なくってもね…
 俺はね、君が幸せな姿を見つめたい、幸せな笑顔を見ていたい…だから俺に遠慮はいらない
 愛するひとの隣はさ、いちばん幸せな笑顔になれるだろ?そんな君の笑顔をね、俺はひとつでも多く見たいよ

14年前の記憶が戻ったとき光一が告げてくれた想い。
光一は「体」のことすら周太の想いのままにしろと言ってくれた。
そしていまも「素直になりなよね」と笑って光一は見守ってくれている。
それでも今は光一の本当の望みも自分は知っている、そんな本音を光一こそ黙って飲みこんで笑ってくれる。
こんな大らかな光一の愛情が大好き。そんな嬉しい安堵と、けれど英二への哀しみが混ざった想いのまま周太は言った。

「ん、…ごめんなさい、でも俺…もう英二を止める権利とか、ないから…」

すべて英二に捧げてもらいながら体も繋げず、光一との初恋を見つめる自分。
そんな自分にどうして今、英二のことを引き留める権利なんてあるだろう?
けれど本当は「体」のことはクロワッサンの香に越えられそうだった、でも今更もう遅いと言われても仕方ない。
だから自分から求めるなんて出来ない、そっと瞳を瞑って父の笑顔を周太は見つめた。

「周太、俺も聴かせてほしいよ?
俺が誰かと体を繋げることは嫌、まだそう想ってくれる?俺のこと、独り占めしたいって想ってくれるのかな?」

きれいな低い声が訊いてくれた。
こんなこと答えは決まっている、けれど本音を言っていいのか解らない。
もし「想わない」と言ったら英二は、美代と普通の幸せを築くことを選んでくれるだろうか?
もしそうだったら今、嘘をついてしまいたい。
もし英二がまだ普通に幸せを選べるなら「想わない」と嘘ついて、美代も英二も幸せになってほしい。
けれど、

―…素直になりなよね、

透明なテノールの声が笑って言ってくれた言葉。
もし嘘をついたなら、この言葉に込められた光一の純粋無垢な愛まで裏切ることになる。
そして美代はどうだろう?昨日の電話で美代はどこまでも正直に想いを話し、周太の本音にも気づいてくれていた。
そんな実直な美代に自分は嘘を吐けるだろうか?嘘のままに美代は気がつかないでいるだろうか?

…きっと、美代さんも光一も、気がつく。そして…傷つける、ね

大切な人たちに、どんな理由があっても嘘を吐いていくなんて出来るだろうか?
こんな弱くてずるい自分の本音は恥ずかしい、けれど嘘つきにまでなりたくない。
ちいさな勇気を父の笑顔に見つめて周太は素直に本音を告げた。

「ん、独り占めしたい…他のひと好きな癖に、わがままで狡いけど、でも…俺だけの英二でいてほしい、それも本音…ごめんね、」
「わがまま言って、周太。本音を話してもらえると俺、うれしいよ?」

本音を喜んでくれる。
やっぱり嘘を吐かなくて良かった?
素直なままに受けとめられる喜びが温かい、周太は微笑んだ。

「ほんと?…ん、英二が『話す約束』をしてくれたから、俺、わがままも、本音も言いやすいよ?…ありがとう、英二」
「うん、そう言って貰えると嬉しいよ?でね、周太。きっと美代さんは、俺と話してね?
美代さんにとって国村がどういう存在なのか、きちんと見つめて考えるヒントがほしいんだと思うんだけど。周太はどう思う?」

やっぱり英二は美代のことも理解している。
けれどまさか自分が美代に想われているとまでは気づいていない。
この美代の想いだけは勝手に話せない、ちいさな嘘を混ぜることに心で謝りながら周太は答えた。

「ん、…そうだね?最近の美代さん、電話でも『私、どうしたいのだと思う?』って訊いてくれる…
でも、俺、よく解らなくて。それで英二なら解るのかな、って考えてて…だから、つい、英二を誘ったらって言っちゃったんだ」
「頼ってくれたんだね、周太?うれしいよ。でね、一応もう一度訊くよ?美代さんとデートして話、聴いて来て良いかな?」」
「ん、聴いてあげて?それでね、英二…帰ったら俺に、電話してほしい。待ってるから…」

美代と英二が会うことで何かが変わる、そんな不安が自分に蟠っている。
だから英二が自分の隣でいることを確認したくて「電話」と言ってみた。
なんて応えてくれるだろう?

「わかった、ちゃんと帰って電話する。だから心配しないで?俺はね、周太のものだよ、それは変わらない。だから安心して?」

初雪の夜に結んだ「絶対の約束」は「周太の隣にどこからも必ず帰ること」だった。
あの約束も結んだ想いも、もう枯れることは無いと告げてくれるの?

「ん…ありがとう、英二?約束、守ってくれてるんだね、…『必ず帰ってくる約束』まだ、守ってくれて…」
「うん、周太。絶対の約束だろ?周太が望んでくれるなら、俺はずっと約束を守るよ。そう約束する、」

…ね、英二?ずっと望み続けたなら、生涯ずっと隣に帰ってきてくれるの?

自分が望む限り約束を守ってくれる。きっと英二なら言ってくれる、本当はそう信じていた。
その通りに言ってくれた真摯な想いが嬉しい。
英二が届けてくれた想いに微笑んで、休憩時間の終わりと一緒に周太は電話を切った。



手話講習会が終わったのは16時半を過ぎていた。
予定は16時だった、けれど質問者が多かったことで時間が延長してしまった。
終わって桜田門から電車に乗ると、今日も一緒に受講した瀬尾が笑いかけてくれた。

「湯原くん?なんか、心配事でもあるの?」
「え、…どうして?」

瀬尾の言葉に周太はすこし驚いて訊きかえした。
たしかに今日の自分は気懸りがある、それが解るのだろうか?
いつものように瀬尾はやさしく笑って答えてくれた。

「うん、なんかね、すこし上の空だから。講習中もたまに窓の外見ていたし。真面目な湯原くんらしくないよね?」
「ん、…」

頷きながら周太はすこし考え込んだ。
今日は深堀は当番勤務の時間に掛るために欠席で、いま瀬尾と周太だけでいる。
瀬尾とは遠野教場でも同じ班で話すことも多くて、今でも仲が良い。
穏やかで優しい瀬尾は、自分に向き合って努力する強さがある。そして似顔絵捜査官を目指すだけあって観察力が鋭い。
そういう瀬尾になら話したらヒントを貰えるだろうか?すこしだけ周太は口を開いた。

「ん…今日、友達が初恋の人とデートしているんだ。その初恋の人がね、俺にとって大切な人で…だから、ちょっと気になって」

短くまとめて周太は話した。
すこし首傾げながら瀬尾は聴いてくれると、周太の瞳を真直ぐ見つめて、そして笑ってくれた。

「そっか、宮田くん、今日はデートなんだ。きっと、その友達って女の子、可愛い子なんでしょ?」
「え、…どうして?」

どうして瀬尾は解るんだろう?
驚いて瞳を大きくした周太に瀬尾はなんでもない風に笑って答えてくれた。

「湯原くんにとって大切で、女の子が初恋をしそうな相手、って言ったらね。宮田くんだろうな、って」

いとも簡単に謎解きをされてしまった。
そんな瀬尾はやさしく笑いかけながら言ってくれた。

「そんなに気懸りで上の空になるなんて?だったら、宮田くんに嫌だ、って言えばよかったのに」
「ん、…俺がね、友達に勧めたんだ。デートしたら?って…でも、俺…」

思わず本音をこぼして周太は微笑んだ。
きっと瀬尾は周太と英二の関係はもう見抜いている、そんな雰囲気がある。
まだ卒配期間だけれど瀬尾の似顔絵の腕前は相当になっている、それだけ人物鑑識眼も鋭いのだろう。
そんな瀬尾からしたら、周太と英二の関係くらい簡単に読み取ってしまえる。もとから英二はさほど隠してもいない。
今も瀬尾は周太の顔を見ながらすこし首傾げて、そして微笑んでくれた。

「うん、女の子の願いはね、聴いてあげたいね?しかも大切な友達だったら。だから俺、気持ち解るな?
でも、宮田くんの気持ちも、ちゃんと聴いてあげて?きっとね、まだ湯原くんがきちんと聴いていないこともあるよ?」

英二の気持ち。
たしかに今回の件では英二の率直な想いはまだ聴いていない。
でも瀬尾が言っているのは今回に限らずと言う意味のようだった、素直に周太は訊いてみた。

「聴いていないこと?」
「うん、宮田くんもね、根が真面目で背負い込むとこあるから…あ、乗換だね、」

乗換の駅に降りると、ここで瀬尾とは違う路線に乗る。
別れ際に瀬尾はまた笑いかけてくれた。

「湯原くん、自分だけで考えこんじゃだめだよ?きちんと話して、相手の気持ちを聴くこと。ね?」

周太は独り考え込んでしまう癖がある。
このことは今朝も光一に「素直になりなね?」と言われたばかりだった。
それを瀬尾も心配してくれている。きっと2人に言われるなんて、よほど自分は英二と話す必要があるのだろう。
きちんと話してみよう、素直に想いながら周太は頷いた。

「ん、ありがとう。聴いてみる」
「うん、聴いてみて?きっとね、糸口があるから。じゃ、また電話するね?」

このあいだの講習会で会ったときも思ったけれど、瀬尾は雰囲気がどこか変わった。
穏かで優しいのは変わらない、けれどなにか強靭で冷静なものが備わった印象がある。
瀬尾の話を聴く機会も作りたいな?考えながら周太は乗換のホームへと向かった。

電車の扉際に立って外を見る。
車窓は夕暮れの気配が濃い、じき夜が訪れるだろう。
もう美代は英二に気持ちを話したのだろうか?英二はなんて答えたのだろう?
いまふたりは新宿のどこかのカフェにいる。きっと似合いのカップルと見えるだろう、それが羨ましくなる。
ずっと自分が考え込んでいることが、きっとその姿を見たら生し返される。

…もし自分が女の人だったら…子供を産んであげられた、のに、

もし自分が美代のように女性だったら。
そうしたら、こんな気後れもしないで済んだかもしれない。
ずっと思っていた哀しみ、なんども考えて、婚約を言ってくれた時には覚悟もした。
子供は贈れない、けれど温かい家庭は贈れるかもしれない。そう想った。
けれどいま自分は光一のことを想い、英二と体を繋ぐことすら拒んだ。
こんな自分が温かい家庭を英二に贈れるのだろうか?

…うそつき、こんな自分は

婚約を申し込まれた時は嬉しくて、温かい家庭を贈れると心から信じた。
けれど今の自分はどうだろう?あのときの約束をなにか1つでも守れているだろうか?
必ず約束を守る誠実な英二に自分は相応しいだろうか?
考え、そして思い知らされる。女性だろうが男性だろうが関係なく自分は英二に相応しくない。

…約束を絶対に守る英二、なのに、自分は

唯ひとり愛すると言ったのに。
唯ひとり英二だけの居場所になると言ったのに。
恋したのも愛したのも英二が「初めて」だと言ったのに。
父の軌跡を辿り終る「いつか」には英二の為だけにこの掌を使うと言ったのに。
あの真摯な想いの籠る花束を受けとったのに。

…なにひとつ、守れない…光一が初恋だった自分には

美代は英二の誠実な心に恋してくれた。
命懸けで約束を守った英二の姿に恋をして、純粋な初恋を英二に捧げてくれた。
そんな美代の方がずっと英二に相応しいと想えてしまう。

…美代さんなら、子供だって産める、だから

新宿駅で降りると真直ぐ新宿署独身寮へと歩いた。
そして自室の扉を開けると周太はそのままベッドに座りこんだ。
座った拍子にポケットから携帯がこぼれて落ちる。拾いかけて、ふっと止めて膝を抱え込んだ。

…連絡する資格なんて、ない

スーツのジャケットも脱がないままで抱えた膝に顔を埋める。
真っ暗な視界の底へと、ふっと涙がこぼれていく。こんな想いをする事くらい、きっと自分は解っていた。
泣き虫の自分は拗ねてしまう、泣いて「自分はダメ」と思ってしまう。

きれいな切長い目が笑いかける、その視線の先は自分だけのものだと思っていた。
けれどもう、自分にそんな視線を受けとる資格なんてない。
結局は英二との約束を自分は果たすことも出来ない、光一との初恋を忘れることも出来ない。
もう14年間も独り置き去りにした光一の想いを、無視することが自分には出来ない。
だから光一の想いを守りたい、大切にしたい。そして自分も光一に恋している。
それなのに、

…逢いたい英二、今すぐ、逢いたい

どこかクロワッサンの香が甦ってしまう。
あの公園のベンチで、この香のキスを交していた自分が羨ましい。
あの卒業式の夜の自分が羨ましい、あの初めての瞬間にいた自分が羨ましい。
こんな過去の自分にまで嫉妬する自分が哀しい、苦しい。

もう、すべてから逃げてしまいたい

逃げたい、そう想ったとき携帯の着信音が鳴った。
ピアノの透明な旋律が静かに透っていく、この着信音は光一になる。
そっと携帯を手にとると想った通りの発信人だった、素直に周太は電話を繋いだ。

「泣いてるね?やっぱり、」

透明なテノールの声が笑ってくれる。
ちいさく笑って周太は素直に頷いた。

「ん、…泣いてる、とこ…」
「新宿に戻ってるんだろ?早くさ、宮田に連絡してやんなよ?」

さらりテノールの声が笑って勧めてくれる。
やっぱり美代からのメールを光一も見たのだろう、そっと周太は微笑んだ。

「いい、…俺よりね、美代さんの方が、英二にはふさわしいから…」
「なに言ってる?そんなこと言っちゃダメだ、ドリアード」

光一は「山の秘密」の名前で周太を呼んでくれた。
光一が大切にする山桜の木。この木の妖精ドリアードだと周太を信じて、この秘密の名を与えてくれた。
この名で呼ぶのは二人きりの時、だから光一は今どこかの山にいるのかもしれない。
きっと美代と英二が会うことに周太が考え込むと解って電話を繋いでくれた。
こんな細やかな気遣いがうれしい、微笑んで周太は唇を開いた。

「ん、ありがとう、光一…でも、俺じゃ、英二に何もあげられない…約束すら1つも守れない、だから…」
「それがどうしたっていうのさ?」

テノールの声が笑いながらも言い切った。
そして温かな笑顔が電話の向こうから笑いかけてくれた。

「あいつはね、君に何かしてほしいから愛している訳じゃない。
ただ君の隣にいたいだけだ。そのために君を守りたい、そして君から愛されたら幸せだと思ってる。ただ笑顔が見たいんだよ」

笑顔が見たい、愛されたい。
その気持ちは自分も同じこと、光一に英二にそう想っている。
けれど自分は約束すら守れない嘘つき、半年も経たないで約束を違えてしまった。

「でも、約束…全部ダメにして、だから」
「そんなこと問題じゃない、わかっているんだろ?君が居なくなること、それが一番あいつにとって不幸なんだ」

周太の瞳から涙がこぼれ落ちた。
クロワッサンの香がまた甦っていく、あの夜の記憶と英二が重なっていく。
あのとき英二が求めてくれたことは、何だった?周太は素直に想いを口にした。

「ん、…ありがとう、光一…でも、何も出来ないのがね、苦しい…」
「大丈夫、ただ君に笑ってほしいんだから。連絡しな?あとは…うん、君がえっち解禁にしてくれたら、あいつ大喜びだね」

温かい言葉がうれしい、でも最後がちょっとストレートで恥ずかしすぎるけれど。
それに光一のことが想われてしまう、申し訳ない想いと一緒に周太は口を開いた。

「ん、連絡してみる…でも、あの、体のことは…ね?光一は、嫌じゃないの?」
「うん?君が宮田とえっちしちゃうことを、俺が嫌がるってこと?」
「ん、…」

すこし電話の向こうが考え込んだ。
でも思案顔はすぐ笑顔になって、温かいテノールの声が答えてくれた。

「そりゃね、出来れば俺だって君を抱きたいよ?でもね、俺が大事なのは君が笑顔でいることだ。
だから君が宮田に抱かれることを望むなら。あいつに幸せに抱かれてね、幸せに君に笑ってほしいんだよ。
君の笑顔に逢いたくて俺は、14年間ずっと待っていたんだから。だからドリアード、今だってそうだろ?」

隠さず堂々と想いを告げてくれる。
この明るい純粋無垢な想いも声も愛しくて、この初恋を抱けた喜びが温かい。
この初恋相手がくれる温もりに微笑んで周太はそっと訊いた。

「今?」
「今、君はね?本当はもう、宮田と体を繋ぎたいって想ってるんじゃない?」

やっぱり全部を光一は解ってくれている。
しずかに頷いて周太は素直に答えた

「恥ずかしいけど、そう…今朝、そう想えて…」
「だったらね、ちゃんと抱かれな?それでさ、もっと色っぽくなって、きれいになってくれたら、俺は嬉しいね」
「ん、ありがとう、でも…恥ずかしくなるよ?」

涙が頬を伝っていく。
この涙は励まされて嬉しい涙、そしてきっと光一の願いへの涙。
いつか自分は光一の願いも叶えてあげたい、そんな願いに微笑んだ周太にテノールの声が笑ってくれた。

「うん、恥ずかしい顔もね、大好きだよ?
さ、ドリアード?あいつに連絡してやりな。きっと本当は宮田は待ってるよ、君のいる新宿に来たんだから」

ほんとうは光一が周太を抱きしめたい、そう願ってくれている。
けれど光一は周太と英二の想いを大切にしようとしてくれている。
この大らかな愛情に自分も応えたい、少しでも今伝えたくて周太は微笑んだ。

「ん、ありがとう…光一、大好き、だよ?」
「ありがとう、ドリアード。愛してるよ…また俺とも、デートしてね?」

きれいに笑って光一は「じゃあ、またね」と優しい声で言うと電話を切った。
どこまでも周太を想って繋いでくれた電話が温かだった。

…あなたのことがね、好き…ありがとう、

左手首のクライマーウォッチは17:50を示している、もう英二と美代の話も終わっただろうか?
いま光一と話した携帯を見つめて周太は、1通のメールを手短に書いた。

from :湯原周太
subject:いま
本 文:今、どこにいますか?こちらは講習会が終わって新宿に戻りました。

クロワッサンの香を感じながら周太の指は「送信」を押した。


(to be continued)

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Unknown (深春)
2012-03-06 13:28:22
だいぶご無沙汰しております。

さて、湯原の警察官モードを拝める!と楽しみにしていた、2月の射撃大会。
これが次なるヤマかと思いきや、宮田と国村が雪崩に遭うわ、国村の告白、湯原と宮田のギクシャク、
国村と美代の実態など、まさかまさか、こんなにも読み所の波があろうとは予測しませんでした。

そして愉しく読み進むと同時に、このターンは珍しく、湯原に苛立ち抱きましたよ、自分(笑)。
ラーメン店のオヤジの時を忘れたのでしょうか?
あ、また拳銃に頼った・・・とか、
生死の境を体感したあとの宮田、さんざ想ってくれてる宮田なのだから、多少の間違いは許してやろうよ・・・とか。

宮田も国村も優しく、温かく、気長に見守ってる風であるから余計に、
これが女子会だったら、とんでもなく「説教の対象」となるだろうなあ(笑)、と個人的感想抱きました。
「想われてることに、甘えちゃ駄目」とかね~w

ただ、この回まで読んで、上記の苛立ちは、心が10才の湯原の人間臭さなのかもな、と。
前に智さんが「湯原は警察官の能力的にはパーフェクトなので」と仰ってたから、
どこかでマイナスや未熟さを出さなければ、湯原のドラマは動かないのかも?という見方をしてみました。

とか書きつつ、架空の人物であるのに、そこまで入れ込んで・・・自分。お恥ずかしい。
すっかり智さんの筆の虜です(笑)。


あと、美代ちゃんと国村の関係がこういう形だと明かされ、嗚呼、残念だなあと。
正確に書けば「関係が」よりも、国村や宮田の心を動かす可能性がある女子の「存在」が、
この物語から消えてしまったかも?なあと。

宮田母や宮田元カノ(アキナ)のような感覚の女性は、
同性からすると、かなり稀、に見えるので、
あの宮田が「数少ない女難の渦」に生まれ落ちたことはホント気の毒です。

好感のベクトルが、身近な女性の嫌悪をバネに、湯原や国村に向かってる風にもお見受けしますが、
できれば宮田には、いつか、男女平等な理解をふまえた上で、湯原への一途さを貫いて欲しいカモ。

なので美代ちゃん、恋愛対象じゃないようですが、宮田母や元カノの、女子汚名挽回、その代表として(笑)
今後のがんばりに期待したいです~


あと国村の心情、宮田や湯原を介して読むとイイですね。
湯原を抱きしめた時、動悸が早まったとか、
国村がその時の気持ちを語るより、らしい、というか。

大らかな国村ですけど、どこかミステリアスな所(なんとなくAB型ぽい)が個人的にはツボなので、
今後も、宮田目線・湯原目線で彼を追って行きたいものです。
そしていつか、智さんが温めている「国村光一オリジナルストーリー」の公開を楽しみにしてます。


返信する
深春さんへ ()
2012-03-07 00:10:42
深春さん、こんばんわ

射撃大会、ご期待にすこしは添えましたか?
「国村の悪戯大会」が副題って感じでしたが。

湯原に苛々でしたか?ちょっと泣き虫だからでしょうか?
23歳男子なのに心は10歳で凍結されていた、けれど能力と努力は秀でている。ちょっと不思議な彼は、23歳で10歳という矛盾を抱えながらも成長していきます。

>ラーメン店のオヤジの時を忘れたのでしょうか?
今日のUP分がまさにコレに関わる話の回なので、ちょっとびっくり。驚 なんか深春さんって、こういう事多いですよね??

>美代ちゃんと国村の関係がこういう形だと明かされ、嗚呼、残念だなあと。
>正確に書けば「関係が」よりも、国村や宮田の心を動かす可能性がある女子の「存在」が、
この物語から消えてしまったかも?なあと。

美代と国村の関係が「家族」であることは物語の重要なカギの1つになります。男女の紐帯は恋愛だけじゃありませんしね、別の感情でも深く結びつける。この2人も恋愛とは別の繋がりを大切にしていきます。

そして美代は「国村や宮田の心を動かす可能性」と言う意味では、今まさにその表舞台に立ったところです、ここから彼女の物語は始まります。
彼女は宮田と国村への想いを自覚することで子供時代が終わったばかり、これから「女性」として物語に大きく存在感が出てきます。

>宮田には、いつか、男女平等な理解をふまえた上で、湯原への一途さを貫いて欲しい

暫く後ですが、そういう話がガッツリ書きこまれるターンがあります。伏線は既にはってあるので推理も出来るかもしれません。
そして宮田は既に、湯原ともう1名、心から愛しているひとがいます。もちろん「男女平等な理解」のうえで成り立っています。この辺りも既にさらっとなんどか書かれています。
この先これから宮田は山ヤとして警察官として、男として沢山の出逢いと感情を体験していきます。結論を言うと、かっこいいと思います。笑

女性キャラクターの登場は、なんせ警察官の話なので難しいです、笑
個人的には花屋のお姉さんが好きなので、ちょっとPSで書いてみました。
暫くは男性キャラクターが多いですが、しばらく先に進むと女性も登場し始めます。女性クライマーも登場予定です、山ガールさんでは無く、ホンモノの山ヤの女性です。このひとは実在モデルさんがいます。

国村をご愛顧くださって、ありがとうございます。
彼の恋愛観はあんな感じで「山」中心です。彼の基本概念が「山」なのでミステリアスなのかな?と思います。大酒のみのエロオヤジなんですけどね。笑
返信する
Unknown (深春)
2012-03-08 18:25:21
>射撃大会
充分、楽しませてもらいました。
可愛い湯原のストイックな活躍がメインかと思いきや、
フタを開けたら、国村の悪戯てんこ盛りとは、ね(笑)
ウレシイ裏切りです。

>湯原に苛々でしたか?ちょっと泣き虫だからでしょうか?
いえいえ、キレイな男の子の涙は大歓迎ですよ。
そうですね・・・
泣き虫でなく「狡いから」苛々したようです(笑)

だって、彼の過去が凍結していたことは不幸ですが、
初恋を思い出し、しばし浸りたいというのは、湯原の都合でしょう?
宮田は知らなくて、むしろ、湯原の気配が少し横を向いた不安があったから
強引に求めてしまったワケで。可愛いじゃないですか、宮田。

で、自分には、湯原のあの心理が「浮気」に読めちゃったのですよ。
その罪悪感は認めようとせず・・・逆に
暗くて重い過去、10才の心を理由に、
自分をひたすら正当化するあたりが、狡すぎる、と。

そして国村は当然味方につき、宮田にはお灸を据え、
湯原の「初恋を思い出したという浮気」は、めでたく
おとがめナシで、彼の立場はキレイなまま守られました。

湯原って、こんなにも自己保身が強いの?
・・・・とガッカリも過ぎりました(苦笑)


けれど、このあとの展開で、湯原は自分の狡さと弱さに気づいてくれたみたいですね。
二股、になる後ろめたさに対してがメインのようですが、でもまあ、
少しずつ心が育っていくうちに
「自分の弱さは自分だけでなく、誰かも傷つける」ことを
知っていくのかなあ、と。

必死な湯原は、やはり可愛いです。
あ、眼福、ですね(笑)


>美代ちゃん
智さんの予言めいた言葉に、なんだか期待しちゃいますよ。
素敵な女性になってね、美代ちゃん。応援してます。

>女性クライマー
うわあ、いいんですか?そんな隠し球を今明かしてしまって♪楽しみが増します。
確かに警察官の話ですから、女性の扱い難しそうですね。
ドラマではちょいちょい、上条教場の二人が出てきましたが、なるほどあれは、
画的に華を添えるサービスだったのかなあ?と。
特に婦警さんとして活躍した場面、なかったですしね(苦笑)。

>宮田には、湯原ともう一人、心から愛してる人・・・
うわあ、これも予告として美味しすぎます。
う~ん誰だろう?
湯原母?だと、男女間はとっくに超越し、人類愛ですね。
湯原父?となれば、もう魂の領域ですよ。
まさか宮田姉?

いえ、どうせならいっそ、誰も想像だにしない限界まで妄想を広げて
・・・・・簑島部長(笑)

↑いくら登山経験者でも絶対ないセンでした~w

返信する
深春さんへ ()
2012-03-08 22:09:55
深春さん、こんばんわ。コメントありがとうございます。

射撃大会お楽しみいただけたなら良かったです。彼が出場すればマアああなります。笑

美代・女性クライマー・宮田の「もう一人」お楽しみいただけるなら嬉しいです!
簑島部長は笑いました、でもあのひと好きだな―自分。

ちょっと長文ですが、コメント戴いた件に関して捕捉です

湯原のような記憶喪失は実在します。
私の友人でも父親の急死によるショックで前後と以前の記憶をほとんど失っている方がいます。
彼の場合、ショックから小児てんかんを発症したそうです。
彼には初恋の記憶もありません、父親との楽しい記憶も3つ位しか覚えていない。
だから何かのきっかけで記憶が断片的にでも取り戻せると、本当に嬉しいそうです。
そういう彼の話を聴いていると、記憶って宝物かもしれない。そう思いました。
そして、彼の苦しみと悲しみは他人がどうこう言えないなって思います。
この友人の存在もあって、湯原を書いてみたいなと自分は想えたかもしれません。

感情は不可抗力、想ってしまったらもう、それで決まり。感情は、理屈でも理論でも覆せないでしょう?
これは湯原が国村の記憶が戻ったばかりの時に吉村医師が言った言葉の要約です。
想ったら決まり、責めたって仕方ありません。
責められて感情が覆るほど簡単なら「悲恋」は人間の歴史には存在しないでしょう?
不倫や浮気は正当化できるのか?って言うと難しいですけどね・時代と文化と宗教の背景によって変質する部分なので。
だってね、ほんの数十年前までは妾は普通に家族制度に存在していましたし。
実際オヤジの友人には、お母さんが二人いました。それで普通にまかり通っていました@横浜の話ですけどね。

そして湯原の初恋。
これは宮田と出逢うよりずっと前、だから宮田は「国村と初恋をしている湯原」を愛したことになる。
で、国村の視点だとほんとうは宮田が横やりで浮気相手になります。14年間ずっと待っていたんですから。
そういう国村の想いを、もし自分に向けられたら無視できる人っていますかね?
そして湯原は自分が13年間ずっと孤独だっただけに、国村の14年間の孤独が解ってしまいます。
ふたつ孤独な心の再会は、きっと孤独が消える瞬間です。その喜びと安心と幸せはね、大きいです。
それが吉村医師には解るから、吉村医師は2人を責めません。湯原母も、宮田も同じです。

湯原の宮田に対する怒りは「宮田の認識の軽さ」ことに重点があります。

まず、湯原は「英二に体を大切にしてほしくて国村に銃口をむけてしまった」
このことは湯原にとって残酷な決断を迫られた瞬間です。
だってね、彼の大切な父を殺したのは「銃」です。
大切な父の殺害の瞬間を自分が再現するわけでしょう?絶対に彼には出来ない「禁忌」です。
けれど、宮田が大切だから彼は「禁忌」も破ったわけです。
彼の方法は決して正しくはない、それを彼自身が一番知っている。
だから罪を背負って生きようと覚悟する、重罪人の自分は国村に返り討ちされても怨めないと想っている。
それで威嚇発砲を決意した朝、湯原は宮田にたくさんの優しい約束を遺します。
あの約束は湯原の覚悟の遺書だったんです。

この湯原の覚悟を宮田は、国村から教えられます。
「英二の体を大切にしてほしくて禁忌を犯した、そして罪は国村も一緒に背負った」
これを宮田は知っていた、それなのに宮田は湯原の体と意志を尊重できなかったんです。
この「宮田の認識の軽さ」が、湯原を傷つけた。そして国村の怒りも買ったわけです。

「自分は罪を犯しても英二の体を守ろうとした、その意味を英二は解っていないから「無理」が出来てしまう」

警察官にとって「罪」を犯すことは大変です、真面目な湯原なら尚更。
それでも「英二はたくさんの笑顔と幸せを自分にくれた」から不器用でも守りたかった。
この「罪への認識」が宮田は甘かった。
前に宮田自身も湯原父の同期・安本に対して「無神経な善意が傷付ける」と怒っています。
これを宮田は形は違えても同じことを湯原にやってしまった。

「そんな大切なひとが自分の体を無理に繋いでしまった、
この傷に裏切られた哀しみが時の経過と共に痛みだす…自分と国村が罪を犯した意味を呆気なく踏み躙っていく」

こういう痛みって、ほんとにね、残酷です。大好きで愛しているからこそ痛みが大きく残酷になる。
こういう残酷な痛みで人間は別れてしまうこと、ありますよね?
けれど湯原は宮田を信じたいんです。
「このまま離れたら英二を見つめ続ける自信も無い。けれど「いつか英二の為だけに掌を使う」そんな約束にこめられた幸せを信じたい」
この「幸せ」って「宮田に家庭の温かさを贈る」ことなんです。

宮田はお嬢様育ちの母から「家庭の温かさ」を与えられなかった、それが宮田の「罪への認識」の甘さに繋がっています。
そういう宮田の本人無自覚な哀しみを湯原は知っている、だから湯原は宮田を信じたいんです。
宮田は苦労知らずで育ったうえに母の愛が欠落している、だから要領よく嘘ついて生きることも出来る冷酷さがあった。
この冷酷さが宮田の「罪への認識」の甘さの正体です。
愛されなかった心は誰かを愛する余裕が無い、この余裕のなさが無関心になり冷酷さになっていきます。
けれど湯原は宮田の本質が持っている「生きることへの誇り」を信じているから、宮田の冷酷さを壊してやりたいんです。
その為に湯原は「宮田に家庭の温かさを贈る」ことを願っています。

そして国村は、宮田も湯原も理解しています。
だから宮田が自分の「認識の甘さ=冷酷さ」に気づいたことを瞬時に理解できるし許せる。
湯原については強く不思議な繋がりがあって、敬愛、恋慕、全ての感情で国村は見ています。
そして国村は湯原を盲愛している訳じゃない、湯原へのアドバイスは厳しめでウイットが効きすぎ湯原を泣かせます。
国村は孤独を知っています。彼自身が両親をいっぺんに亡くし、初恋とも離ればなれになった。
だから国村は「人と記憶を失う哀しみ」を知っているから人を大切に出来る。
この「人と記憶を失う哀しみ」を湯原も同じように良く知っています。

国村は「山」に産まれ生きて死ぬと自分の「山」を廻る運命を悟っている。
こんな国村の能力はすべてが山で生きる為に必要不可欠だったものです。
そして国村は「山」にある自分の生き方が普通は理解されないことも知っている。
この「山」に生きる道が「孤高」だと国村はよく知っています。この孤高に両親は斃れ国村を「孤高」にしました
国村こそ文字通り「孤高の人」なんです。
この「孤高」は同じ場所に立てる人間以外は理解が難しい。
だから「孤高」を知らない美代には心を開ききれなかったから「恋人」にはなれないんです。
そんな国村の「孤高」へと寄添えたのが田中と雅樹、そして宮田です。
対して、湯原は「孤高」の世界の住人すなわち「山の分身」として出逢った。
なぜ湯原に対して国村が直感的に恋に墜ちて「唯ひとつ」と定めたのか?
これは湯原の本質と天賦の運命「山の分身」が理由です。このことの意味は後々また書かれていきます。

あと、捕捉ですが。
宮田母や元カノのような感覚は、女性なら大なり小なり持っていると思います。
女性って、彼氏や夫のステータス気にするでしょ?
あと婚約指輪の値段とか、デートで行く店の格とかね。あれが元カノの感覚です。
子供の通信簿を比較したり、夫の収入とかも比較しますよね。
子供が泥んこになったり男が泥だらけで仕事や遊びをすると、奥さん怒るでしょ?
怪我人を見ても見ぬフリして手助け出来ない人も結構いますよね、宮田母も同じ感覚です。
こういう感覚は善悪で判断できるものじゃありません。
ただ、宮田のような外見と能力が優れた人間に対しては、こうしたステータス感覚ががつんとぶつけられがちです。
それで破綻してしまうこと、結構珍しくないかなって思います。友人で似たようなタイプがいますけどね

P.S女子会こええーーーっ、 怖。て思いました。笑
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Unknown (深春)
2012-03-09 02:06:04
女子会、ふふふ♪
怖いのが出来るってことは、それだけ腹を割った相手、真剣に思う相手、なんですよ(^^)
多くは「そうだよね」と同調し、それ以上掘らず、広げず、
ささ、次の話題も話さないとね、といった感じでしょうか。
(けど↑これにも意味があるようですよ。ふふ。)

なので自分が湯原と女子会(?)したら、熱くなるだろうな、と思って。湯原愛を再確認しました!
・・・架空の人物なのに(笑)


と、応じてから、まず、智さんの作品をすっごく楽しまれてるファンの方、なんだかスミマセン。
こちらへのレスに、智さんの筆スタミナを独り占めしちゃいました~。
おそらく本日の続きをご覧になって、もっと先が読みたかったのに、、、というお嘆きが聞こえてきそうです。。。


そして、智さん。
きっとメールで個人的に伝えたかった事柄でしょうに、
手段なくて、けどキチンと言葉にしたくて、こちらに残してくださったんですよね?
一応、そうだと思った前提で書いちゃいますよ♪

まずね、ビックリなんですヨ。

いえいえ分量でなく、リアルでもこんな感じで、
自分の「ふとした言葉」から、ガチで熱いコメントを頂くというシチュエーションが。
お顔も分からないネットの世界でも、リアルと同じ現象が起きていて、ほんとビックリなんです~。


さあさあ、
智さんが書かれるひのぼの源が、コチラにしっかと残されてますので、ファンの方、ぜひぜひ読んでくださいね。
こんなこと、インタビューでもしない限り、滅多拝めませんもの。


そして自分が過去、こんな風に熱く語ってくれた方々の顔を思い出すと、
智さんのお人柄もモニタから透けて見えてくるよう(怪しい言い回しですねえ)。
真摯さが、心の真ん中に、ぶっとくあるお方ですね。
うん、きっと!
・・・たぶん(どっち?笑)


智さんのコメントに、素敵なレスをつけられない自分であることが残念ですが、
もし、読んでみたいな、ということでしたらメルいたしましょうか?
ただ、本編の創作に支障が出たら申し訳ないので(自分も読めないと泣きますw)智さんのお考え、お待ちしてます♪


で、この場で素早くレスできる補足について

>多かれ少なかれ、女性が気にする男性へのステータス

これ、よく聞かれますね~w
個人的ないち意見ですよ?確かにそういう女性いますね。
けど同性からすると、
ステータス一番主義、恋愛一番主義、安定一番主義、仕事一番主義、
は全部「同等」として受け止めるかと。
ステータス一番が優位で、恋愛一番が劣位で、という順位がないです。
みんな一番♪みんなそれぞれの価値観でよいんじゃない?という感覚。
少なくとも、自分の周りはそんな感じです。


>子供が泥んこになったり男が泥だらけで仕事や
>遊びをすると、奥さん怒るでしょ?

笑!そうですね、自分も愚痴る方かなw

けどそれは、汚れたことに対してより、
「誰が洗うんだ~、んもう!」と、後始末を自分がせねばならない、溜息みたいなものです。

特に泥汚れって厄介なんです。
靴下なんてもう、指でつまんで、くちゅくちゅっと手洗いが一番落ちるんですよ。
面倒で時間もかかる。
百均で洗濯板、今でも売ってる、売れている、背景がコレですw

旦那さんが自分で洗濯するなら、好きにさせてくれる奥さん沢山いると思いますよ~。
ただ、洗い残しがあったり、干し方が悪かったり、後かたづけできてないと、ほぼ怒りを買いますがw

子供の場合、怒りを買うとしたら「タイミングが悪い時」です。
買い物やお友達の家に向かう途中とか、着替えたばかりとか、明日から暫く雨続きだとか。

なるほど。
傍目からだと、泥んこ汚れで怒っている、と思われる光景ではありますね。
けど大概、母の頭は別の世界に飛んでますw。そこで怒ってることが多いと思われますが。。。


>宮田のような外見と能力が優れた人間に対しては、

わあ、一般人的な乙女心を語りたいwww

・・・けど残念ながら、ここらで落ちます。
ちびっこが発熱です。おそらくインフルかと。家族で巡り巡って看病三週目突入か??。。。

智さんもお気をつけくださいね。
なんだか駄文長文で申し訳ないです(苦笑)。
ではまた。









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深春さんへ ()
2012-03-09 08:59:54
深春さん、おはようございます。
お子さん、おかげんいかがですか?小さいお子さんが罹るとホント可哀そうですよね。。早く治られますように。
ウチでは甥が罹ったときはチビッ子過ぎてマスクとっちゃうので、甥以外の家族全員がマスクしました。笑

深春さんのコメント、ぜひ読ませて頂きたいです。
率直に言うと、深春さんは自分とまた違う感覚をお持ちの方なので、とても勉強になるんです。
きっとご家庭の事などお忙しいと思いますので、ご支障のないようにお願い出来たらうれしいです!
メールでもコメントでも自分は構いませんよ?
だってねえ、こんな小説WEB公開して祖母ちゃんにまで読んで貰ってる位ですから。笑
ああいうコメント全公開しても自分は問題なしです。

女性の論理って自分からすると摩訶不思議なこと多々ありです。理解は出来るけど同調は出来ないなあと思ったり。
で、女子会すげーーってなりました。笑
>多くは「そうだよね」と同調し、それ以上掘らず、広げず、ささ、次の話題も話さないとね
こうならないです、自分らなんかは。
ガッツリ1つの論題を議論してお互いの意見を話し合っちゃいます、呑みながら。議論と判断そして論理の構築ってやつを愉しむわけです。

湯原、可愛いですか?ぜひ可愛がってやってください。笑 

悩める少年が湯原です。13年分をいま一生懸命に向き合って、父の事も追いかけている。
ほんとは余裕なんか無いと思います、こんな状況の人間には。それでも湯原は、宮田にも国村にも美代にも優しさを忘れていない。母にも、きちんと配慮が出来る。
吉村医師にも言われたように、深く相手を抱きとめる優しさが湯原にはあります。だからね、宮田と国村とを択一することが一層できない。相手を深く受けとめて理解するら突き離せない、それを「自分は二股だ欲張りだ、ずるいんだ」って自責して泣いているのが湯原です。でも、これって狡いとは思えないんですよね、吉村医師の「心の成長痛」の話の感じで。
ドラマでも湯原、松岡場長を脇目もふらずに助けようとしちゃいましたよね。絶対あぶないよって山の経験ない宮田が判断ついたのに、しっかりした登山靴履いている=山の経験あるだろう湯原が冷静な判断出来ずに無茶をする。
優秀で知識も経験も湯原はある、けれど優しいから相手の気持ちにシンクロしやすいんでしょうね。それで相手の身になりすぎて冷静さを欠いてしまうし、視野も狭くなる。この視野の狭さが威嚇発砲になってしまいます、必死過ぎるんですよね湯原。
こういう彼は警察官に向かないなあって思います。相手を切り離して考えられないから、被害者や犯人と一緒に自分も傷つき過ぎちゃうし、罪悪感も抱きやすい。こういう優しすぎる人は警察や法曹の世界には不向きです、これは湯原父も同じです。
こういう優しさと弱さは紙一重の面もありますが、このタイプの弱さを責める事って自分は出来ないなあと思います。「優しさの弱さ」って強さに転化できたときは眩しいですから。この眩しさが湯原が「きれいになった」と言われる真実です。
この眩しい可能性が、宮田がべた惚れする根拠だし国村が憧れて求めてやまない引力になっています。美代もそんな湯原が大好きで「湯原くんは優しくて、きれいで。むしろね、私の方が気後れしそうなのよ」と言っています。

たいして宮田は元が賢明な性質で、ある種の冷酷さを持っています。すごく優しい男だけどこの「冷酷」が良い方へ転化すると冷静な判断力になっていく。優しさと冷酷さがいい感じでミックスしているから人心掌握がとても上手いし、人遣いも上手です。
こんなふうに短所は長所にも転化するんですよね、人間スゲーって思います。

つらつらっと長く書いちゃいました。笑

ご家族のご看病など、どうぞ深春さんも無理なさらないでください。まだ寒さ残りますし、ご自愛くださいね?そしてまた読んでお話聞かせて下さったらうれしいです。
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Unknown (深春)
2012-03-10 23:00:45
智さん、こんばんは。
甥っ子ちゃん、マスクとっちゃうけど、できる年齢なんですね。
あら、可愛い盛り。うちの末っ子と同じくらいかしら?

それと、お婆ちゃまもこちら閲覧とは。
こんばんは~@お手々ふりふり
才能あふれるお孫さんの、作品を愉しませてもらってます。


さて取り急ぎ、お知らせまで。
メルでの感想もろもろの件、承知しました。
年度末、学期末、転勤、異動もろもろ
急に用事が詰まってきました~

看病祭りも週明けには落ち着きそうですが、
そんな状況ゆえ、しばしお待たせしちゃいますけど
必ずメル致します~

では、本日これにて。
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