not uncommon but indescribable (photographs)

趣味で撮った写真など、徒然なるままに投稿しております。

【洛中散歩 1999-2001 その⑦】

2008年10月30日 | 洛中散歩 1999-2001

↑阪急西院駅構内にて

かって(この写真を撮った頃)は、ちょっと古びた地下道だったが
今はきれいで清潔感のある通路になったようだ。


「洛中散歩」シリーズはこれでいったんお休み。
(またいつか再開するかも…)

次回からしばらくは、昨年夏の弾丸ツアー的北海道旅行の
時の写真を掲載します。

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【洛中散歩 1999-2001 その⑥】

2008年10月25日 | 洛中散歩 1999-2001

このシリーズを撮っていた頃からそろそろ10年くらいになる。
来年くらいからまた撮ってみるか、という気もあるのだが
全く同じことはしたくないし、
町は大きく変貌して何か味気なくなっているし、
おまけに Google が洛中をほとんど占拠しているは、で
どうしたものかと思ってしまう。

今度は町の細部にこだわって、“ろうじ”や“図子”に分け入っていく、
とか新たな展開も考えてみたい。
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【なんと京都に…】

2008年10月17日 | 出来事
タカ・イシイギャラリーがやってくる!

http://www.nikkei.co.jp/kansai/news/news002736.html



そうですか外人さん目当てですか…
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【洛中散歩 1999-2001 その⑤】

2008年10月15日 | 洛中散歩 1999-2001

前回の書き込みは言い過ぎ・けなし過ぎたかなぁー
などと思いつつ、手元にあった中平卓馬評論集
「見続ける涯に火が…」をパラパラとめくると
P.313~の「近況――それからそれから波高し」という
一文が目に留まった。

いやぁー痛快なほどにズケズケとした物言い。
当時もちろん存命で現役であった西井一夫氏や重森弘淹氏も
木っ端微塵に粉砕って感じである。

まあ、西井一夫氏に向かって
「…職場闘争のひとつでもほんちゃんにやってみなよ、ベイビー。」などと
宣えるのは中平氏をおいて他にはあるまい。
少々内ゲバめいてもいるが、この2人の論争は
今でもちょっと見てみたい。
(この文中で「来るべき言葉のために」を正価2,800円
⇒1,800円にダンピング…ってのもちょっと気になるところ。
35年後の今ならネットオークションでその何十倍もの値がつくだろうに)


更にページをめくっていくと、懐かしい文章も目に入ってくる。
「奄美」、「身振りとしての映像」、あるいはアサヒカメラに連載された
「決闘写真論」の文など、当時中学生だった自分は
文章全部を暗記してしまうのではないか、というくらい
掲載誌を毎日眺めていたものだった。

それから随分と年月が流れ、また同じ文章を目の前にしている。
写真への思いはまだ冷めてはいないはずなのだが。


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【古希の写真家】

2008年10月11日 | 出来事

森山大道氏の新刊「もうひとつの国へ」を読んだ。
色々な雑誌などに断片的に発表されたエッセイに
未発表写真をくっつけたもの。
文章は身辺雑記的なものがほとんどで
西池袋に“隠遁”した話などは森山大道らしくて面白いが、
他はご本人が「こんな本つくっていったいいいのかね」と
あとがきで述べるくらい脱力な本である。
写真もなんだか緊張感がないし。
本屋でゆっくり過ごせるなら立ち読みで十分だなこれは。

森山大道ブームがやたらと盛り上がっている。
本は次々出るし、写真展には若い人が続々来るしで
今や森山大道がらみで何でも商売になりそうだ。
「担がれた神輿から、もう降りられなくなった。」
と言った人がいた。その通りなのかもしれない。
活躍されているのはファンとしては嬉しいのだが。

それにしても(確か昨日で)森山大道氏も70歳である。
怒れるビートニクス世代だった何かと反抗的な兄ちゃんも
もう立派なお爺さんである。
まあ、その兄ちゃんに憧れるガキだった自分が
すでにソコソコいい歳になってしまったのだから仕方ないが。
今となっては取り敢えず何でも世に出しておいたほうが
いいのかもしれない。

そうか同じ年生まれの中平卓馬氏も70か。
なんだかなぁー。

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【洛中散歩 1999-2001 その④】

2008年10月09日 | 洛中散歩 1999-2001

 このときの機材は、主にEOS5とライカM6及びヘキサーRFであった。

 EOSとEF20-35mmF2.8Lは90年代を通じてずっとメインであったが、ちょうど「洛中散歩」の撮影を始めた頃、三条大橋たもとの今はなき中古専門店でズミクロン35mmを確か8万円くらいで購入した。
 年式とかは良く分からない(調べようという気もない)が、外見は塗装も剥げていてパッとしないものである。

 が、撮ってみるとさすがにライカのレンズ。
 なだらかなトーンと繊細なピントはネガを見ただけでどのレンズで撮ったかがわかる程際立ったものだった。
 「レンズで写真が変わる」というのをその時始めて実感した。

 以来10年近く経つが、このズミクロンは今だに撮影行で活躍してくれている。

(上の写真もズミクロンで撮影したもの。)
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【このあいだの梯子】

2008年10月08日 | 出来事

中之島線開業を控え、やたらと小奇麗になった京阪特急に乗って
大阪Nadarの尾仲浩二「フランスの犬」展へ

ウォームトーンのプリントは自分としては基本的に好きではない。
でも被写体によっては、最上の「色っぽい」世界を見せてくれる。
「フランスの犬」では、洗面台の水にレタス?みたいなのが浮いてる写真
水面の反射が何とも艶っぽい。

尾仲氏制作の2008年カレンダーが半額になっていたので
「1983直方・北九州」と共に購入。

取って返して、寝屋川端のたこ焼き・美輝にて尾仲氏のトークショー
20分ほど遅れて着いたら狭い店内はすし詰め状態の満員
(ほとんどがビジュアルアーツの学生と見た。)
百々俊二氏をゲストに最新作「フランスの犬」「直方」をはじめ
色々な作品を写しながらのおしゃべり。
森山大道氏との出会いや、炭鉱町の旧国鉄駅前で生まれたため
線路や煙突が写真によく写っている、など
まったりとしたムードで2時間ほど過ぎる。
帰りにサイン入り写真集「フランスの犬」を受け取る。

雨模様の中、京橋からJRで大阪まで。
ニコンサロン大阪で、「大阪写真月間」のときにお隣だった
岡部文展「天晴つばめ」を覘く

おまけでヒルトンのジュンク堂に寄り、武田花「イカ干しは日向の匂い」などを購入


そぼ降る雨と土佐堀川の匂いでほとんど水浸し状態の淀屋橋から、
こちらもジメッと湿っぽい京都へ帰る。

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【洛中散歩 1999-2001 その③】

2008年10月04日 | 洛中散歩 1999-2001

「洛中」への赴き方として
人生での今までの行き方を
順に追ってみることにした。

阪急電車で親と「お出かけ」した子供の頃、
嵐電で通った中学の頃、
自転車通学を始めた高校の頃、予備校の頃
あるいは社会人になって京都で働き始めてから、と
かっての自分の足跡をたどりながら、カメラを通して
出会い頭に何か再発見できるものはないか
を探し始めた。

ほぼ3年の間、月に2回は出歩いていた。
充分に回れたとは言いがたいが、
同じテーマでよく続けられたものだと
今になって思う。
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