中村彝はチェンニーノ・チェンニーニの『藝術の書』をフランス語版から半分ほど翻訳した。
その翻訳に、昭和39年、藤井久栄氏が約半分の翻訳を追加して日本語版の『藝術の書』が刊行された。彝の没年は大正13年、それから時はだいぶ経っているが、今も読み継がれている。
ところでこの本には、彝の翻訳原稿とされる冒頭部分の写真図版(下図)が載っているが、驚くべきことにこれは彝の真筆によるものではない。この不思議な事実に気付いたのは、今から10年以上前だが、今もあまり知られてない。

念のためにお尋ねしたが、藤井先生は当時大変お忙しく、彝が訳した部分の筆跡までは、特に注意を払われていなかったとのお返事であった。
そもそも芸術家の文字は、作品の真贋を判定する上で重要な参考材料になる。だから、この事実に気づいたとき、なぜこんなことが起こったのか、とても不思議でならなかった。
当時まだ彝を敬愛する多くの関係者が存命中だったのに誰もそのことに気付かなかったのだろうか。
とは言え、偉そうなことは言えない。私自身もそんなことは疑いもしなかったのだから。
その頃、私は、すでにある作品の真贋を調べるため彝の文字に関心は持っていた。
そして彼の文字、例えば「出」は特徴的な筆順で書かれているから、それが書簡類の真贋を判別する一つのよい手懸りになると美術館だよりに書いていた。
その時の私は、チェンニーニの翻訳本に載っている写真うつりのよくない原稿は検討材料に入れず、他に美術館にある肉筆書簡などを調べてその結論を出していた。
だからチェンニーニの翻訳本に載っている冒頭部分の写真原稿を初めて意識的に見たときはたいへんに驚いた。
「出」の文字の筆順がごく一般的で、彝の文字の特徴を示してない。私の先の結論からは、これは彝の真筆ではないはずだ。
私は間違ってしまったのだろうか。しかし、この翻訳原稿の他の文字もルーペで観察してみると、見慣れた彝の肉筆文字とかなり異なっていた。
が、これが彝の原稿でないと、誰が簡単に信じようか。
なぜ彝の翻訳原稿でないものをそれとしてこの本に載せる必要があるのか。多くの敬愛者が吟味したはずのこの本に。これはやはり私の間違いか。いや、そうではないはずだ。
だが私はその写真原稿についてもっと調べ、それが彝のものではないともっと強い確信を得なければならない。それにはどうすればよいか。違うと言うなら、誰が書いたのか、そこまで明らかにしなければならないのではないか、そう思った。
その翻訳に、昭和39年、藤井久栄氏が約半分の翻訳を追加して日本語版の『藝術の書』が刊行された。彝の没年は大正13年、それから時はだいぶ経っているが、今も読み継がれている。
ところでこの本には、彝の翻訳原稿とされる冒頭部分の写真図版(下図)が載っているが、驚くべきことにこれは彝の真筆によるものではない。この不思議な事実に気付いたのは、今から10年以上前だが、今もあまり知られてない。

念のためにお尋ねしたが、藤井先生は当時大変お忙しく、彝が訳した部分の筆跡までは、特に注意を払われていなかったとのお返事であった。
そもそも芸術家の文字は、作品の真贋を判定する上で重要な参考材料になる。だから、この事実に気づいたとき、なぜこんなことが起こったのか、とても不思議でならなかった。
当時まだ彝を敬愛する多くの関係者が存命中だったのに誰もそのことに気付かなかったのだろうか。
とは言え、偉そうなことは言えない。私自身もそんなことは疑いもしなかったのだから。
その頃、私は、すでにある作品の真贋を調べるため彝の文字に関心は持っていた。
そして彼の文字、例えば「出」は特徴的な筆順で書かれているから、それが書簡類の真贋を判別する一つのよい手懸りになると美術館だよりに書いていた。
その時の私は、チェンニーニの翻訳本に載っている写真うつりのよくない原稿は検討材料に入れず、他に美術館にある肉筆書簡などを調べてその結論を出していた。
だからチェンニーニの翻訳本に載っている冒頭部分の写真原稿を初めて意識的に見たときはたいへんに驚いた。
「出」の文字の筆順がごく一般的で、彝の文字の特徴を示してない。私の先の結論からは、これは彝の真筆ではないはずだ。
私は間違ってしまったのだろうか。しかし、この翻訳原稿の他の文字もルーペで観察してみると、見慣れた彝の肉筆文字とかなり異なっていた。
が、これが彝の原稿でないと、誰が簡単に信じようか。
なぜ彝の翻訳原稿でないものをそれとしてこの本に載せる必要があるのか。多くの敬愛者が吟味したはずのこの本に。これはやはり私の間違いか。いや、そうではないはずだ。
だが私はその写真原稿についてもっと調べ、それが彝のものではないともっと強い確信を得なければならない。それにはどうすればよいか。違うと言うなら、誰が書いたのか、そこまで明らかにしなければならないのではないか、そう思った。
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