昨日、通夜、今日、告別式だった。
葬儀、葬送の儀、地域や時代や宗教宗派によって
段取りと言うか手順と言うかしきたりがかなり違うのも事実だろうが、
実際のところ、一生のうちに、かなり親密度の高いというか、
1親等2親等の葬儀のケースに遭遇するのはそれほど多くない。
更にいえば長い時間の中で葬式に関する記憶も徐々に薄れ、変化し、
受ける印象も大きく違ってくる。
通夜、告別式に参列会葬するレベルであれば、
式辞にそれほどの違いを感じることはないが、
当事者ともなれば、いろいろな違いに戸惑うことも多い。
例えば、今まで関西での式では、湯かん式納棺式に立ち会ったことはない。
既にお棺に納められた後に対面するのが普通だった。
「おくりびと」で行われたような死に装束に着替える納棺式は見たこともない。
ところが今回は、湯かん式はごく少数の親族、実子や一部の孫が参加、
納棺式はもう少し幅広い親族が参加した。
納棺式の際は、すでに死に装束に着替えさせられ、死に化粧を施され、
諸々の段取りの後、親族によってお棺に納められる。
うちの父の場合は、母の希望で一般の死に装束ではなく、
父の好きだった背広を着せてもらい、お気に入りの帽子とともにあった。
真綿で包(くる)むようなことはせず、手を組んだ姿だった。
今回は、死に装束の上を真綿で覆い、真っ白い衣装を着ているように
形を整えていた。
今は本当に通夜=寝ずの番をすることはほとんどないと思われるが、
ロウソク線香を絶やすことは避けると思われる。
関西ではそのため、渦巻き線香を使った記憶があるが、今回はなかった。
葬儀では、初七日の法要を一緒に済ませるところが多いと思うが、
今回もそうであった。
葬儀と初七日の法要を、一旦、間を空けるか、続けてやるかは
地域や宗派だけでなく、会館の都合もあるかもしれない。
いずれにしても一般会葬者は初七日の法要には参列しない。
最後のお別れでは、献花された花や、故人が大事にしていたもの、
彼岸まで持たせたい物などを一緒に棺に入れる。
今回は会館の特色なのか、みんなで折鶴を折って、花と一緒にいれた。
斎場、いわゆる火葬場は、場所によって規模も設備も異なる。
火葬の間、親族が待てる場所がある方が便利と言うか都合がいいが、
斎場の都合によってはそこで待てず、一旦ホールなどに戻ることもある。
これはもう地域差と言うよりは、会場の都合だろう。
収骨は、斎場職員が作法を教えてくれるが、
二人一組で行ったり、箸渡しで行ったり、これも地域差なのか、斎場によるのか。
また、のど仏など、職員が収骨に関するうんちくを語るケースとか、
ただ黙々と収骨するケースとかいろいろあるようだ。
葬儀、葬送の儀、地域や時代や宗教宗派によって
段取りと言うか手順と言うかしきたりがかなり違うのも事実だろうが、
実際のところ、一生のうちに、かなり親密度の高いというか、
1親等2親等の葬儀のケースに遭遇するのはそれほど多くない。
更にいえば長い時間の中で葬式に関する記憶も徐々に薄れ、変化し、
受ける印象も大きく違ってくる。
通夜、告別式に参列会葬するレベルであれば、
式辞にそれほどの違いを感じることはないが、
当事者ともなれば、いろいろな違いに戸惑うことも多い。
例えば、今まで関西での式では、湯かん式納棺式に立ち会ったことはない。
既にお棺に納められた後に対面するのが普通だった。
「おくりびと」で行われたような死に装束に着替える納棺式は見たこともない。
ところが今回は、湯かん式はごく少数の親族、実子や一部の孫が参加、
納棺式はもう少し幅広い親族が参加した。
納棺式の際は、すでに死に装束に着替えさせられ、死に化粧を施され、
諸々の段取りの後、親族によってお棺に納められる。
うちの父の場合は、母の希望で一般の死に装束ではなく、
父の好きだった背広を着せてもらい、お気に入りの帽子とともにあった。
真綿で包(くる)むようなことはせず、手を組んだ姿だった。
今回は、死に装束の上を真綿で覆い、真っ白い衣装を着ているように
形を整えていた。
今は本当に通夜=寝ずの番をすることはほとんどないと思われるが、
ロウソク線香を絶やすことは避けると思われる。
関西ではそのため、渦巻き線香を使った記憶があるが、今回はなかった。
葬儀では、初七日の法要を一緒に済ませるところが多いと思うが、
今回もそうであった。
葬儀と初七日の法要を、一旦、間を空けるか、続けてやるかは
地域や宗派だけでなく、会館の都合もあるかもしれない。
いずれにしても一般会葬者は初七日の法要には参列しない。
最後のお別れでは、献花された花や、故人が大事にしていたもの、
彼岸まで持たせたい物などを一緒に棺に入れる。
今回は会館の特色なのか、みんなで折鶴を折って、花と一緒にいれた。
斎場、いわゆる火葬場は、場所によって規模も設備も異なる。
火葬の間、親族が待てる場所がある方が便利と言うか都合がいいが、
斎場の都合によってはそこで待てず、一旦ホールなどに戻ることもある。
これはもう地域差と言うよりは、会場の都合だろう。
収骨は、斎場職員が作法を教えてくれるが、
二人一組で行ったり、箸渡しで行ったり、これも地域差なのか、斎場によるのか。
また、のど仏など、職員が収骨に関するうんちくを語るケースとか、
ただ黙々と収骨するケースとかいろいろあるようだ。
私事ですが、先月末に義母の三回忌を迎えました。地震と津波で、お墓の石がずれたり、ドロをかぶったりしていましたが、出来る限りきれいにして、家族だけでささやかに弔ってきました。
この震災で、地域に残った伝統ある弔いの風習も、消えてしまうのかもしれません。散々てこずらせられたにもかかわらず(苦笑)今となっては、もったいない気がします。
やはり、かみさんの方が悲しみは大きいようです。
とはいえ年齢、病気、ある程度の覚悟はできていたようです。
葬儀はいろいろと気疲れはしますが、悲しみを紛らわす効果があるかもしれません。
ドタドタしている間に終わった感があります。
お墓は大変ですね。
神戸の地震の時も多くのお墓が倒れました。
墓石同士がぶつかったのか、古い石(御影石なので風化する)は割れたり欠けたりしたものもありました。
墓がただ石を重ねているだけだったのはあの時初めて知りました。
我が家の墓石も倒れており、到底人力では起こせませんでした。
古い物の整理とともに、復旧は業者にやってもらいましたが、もう倒れないように、セメントか何かでくっつけたかもしれません。